第20話・捕らわれたロージ
バンに蹴られて天高く飛ばされたロージは、その後、地下牢へと繋がれることになった。ロージの半鳥人姿を見て怯えていた兵達は、彼女が元の人間の姿に変わった途端、皆で取り押さえてきてあっけなく捕まったのだ。
地下牢へ入れられて、ロージはギャンギャン喚いた。
「あんた達、ここから出しなさいよっ」
「なんであたしが罪人みたくなっているのよ!」
「あたしを誰だと思っているのっ。こんなことして、ただじゃ済まないわよっ」
「イオを呼んで! あんた達じゃ話しにならないわ。さっさとイオを呼んできなさいよ」
「ここから今すぐ出しなさい!」
ロージが何を言っても、彼らは彼女の半鳥人の姿を見ているだけに、危険人物と見なした。その為、彼女の言いなりになる者など、ここには誰一人いない。
ロージは散々、当たり散らしたが牢番は耳栓をして聞き流し、彼女は囚人として牢にいることを余儀なくされた。
「どうしてよ。なんで誰も来てくれないの? イオ。グイリオ……」
初めのうちは強気でいたロージも、数時間も経つと段々心細くなってきた。そこへ面会人が現れた。
「囚人の様子はどうだい?」
「何も変わりありません」
「そうか。ご苦労さま。これで少し、見逃してくれないかな? しばらく席を外してくれないか。用が済んだら呼ぶから」
「……畏まりました」
「グイリオ?」
聞き覚えのある声にロージが鉄格子に駆け寄る。すると彼は、牢番に金貨3枚を渡していた。この国では金貨1枚で庶民なら一月分の稼ぎとなる。牢番は思わぬ大金を大事そうに懐にしまうと、躊躇うことなくその場をグイリオに明け渡し離れた。牢の中は彼と二人だけになった。
「やあ。ロージ。調子はどうだい?」」
「グイリオ。お願い。助けて。あたしをここから出して」
やっと自分の味方が現れたと、ロージは期待した。
「皆、酷いのよ。あたしをいきなりここに連れてきて閉じ込めて」
「仕方ないよ。きみはそれだけのことをしたんだ」
「あたしはただ、ウサギを見つけて興奮しただけよ。そりゃあ、いきなり半鳥人化して皆、驚いたと思うけど。皆に怪我もさせてない」
「きみが危害を与えたかどうかって事は関係ない。今まで人間だと思っていたのに、きみが半端な変身をしたのがいけなかったんだよ」
「どうして?」
「分からない?」
グイリオが呆れたように言う。
「鈍いのかな?」
「失礼ね」
「この国では獣人は嫌われている。それは知っているだろう?」
「そんなことぐらい分かっているわ。でも、あたしは獣人じゃなくて……」
「そういう事じゃないんだ。この国では人間以外の存在は恐れられ、嫌われている」
「じゃあ、鳥人も? エルド国ではそんなことなかったのに」
彼女のエルド国という言葉に、ハッと息を飲むような気配が彼の後方であったが、ロージは目の前のグイリオしか気にしてなかった。
「皆、きみの変化した姿を見て何と言った? 化け物呼ばわりだっただろう?」
「イオは違うわ。あたしのことを天使だって言ってくれたもの。あたしの羽を気に入ってくれていたしね」
グイリオは後ろを振り返った。
「陛下。彼女はそう申しておりますが?」
「それは余が間違っていた。余はなんと恐ろしいことを……」
牢屋にはグイリオのみが来たのかと思ったら、イオバも姿を見せた。ロージは笑顔を向けた。
「イオ。あたしを迎えに来てくれたんでしょう? ここから出してくれるのよね?」
「余をそのように呼ぶな。吐き気がする」
「イオ? どうしたの?」
今まで自分を崇めるように見つめてきていたイオバの変化にロージは訝った。彼は二人でいるときは自分のことを「私」と、言っていたのに、今は一線を引いたように「余」と、称している。
「きさまは今まで余を騙してきたんだな? 記憶喪失などと偽って、余に近づくことを目的に、エルド国から侵入したスパイだったとは」
「何の話? あたしはエルド国出身だけどスパイなんてしていない」
「では何だ? エルド国は海を越えた遙か向こうの国だと言うぞ。この国までどうやって来た?」
「船で来たわよ。帝国からこの国に向かう船に間違って乗ってしまってしまったの。知らない国に着いて途方に暮れて、鳥の姿で彷徨っていたら、肩を誰かに打たれて落ちた場所がたまたま王宮だっただけよ」
「そのようなこと信じられるか」
顔を顰めるイオバの態度の変化に、ロージは戸惑った。あれだけ自分のことを愛していると言い、情熱的に見つめていた彼の姿はそこになかった。以前から疎んでいたような態度を見せてくる。
「イオ。あたしを疑うの?」
「庭園での騒ぎを聞きつけて、余が見たのは頭部から上半身が鳥で、下半身が人間のなんとも言えない姿の女だった。それがきさまの正体なのだろう? ロージ」
「そうよ。それはあたし」
「きさまに騙された。あのような化け物だったとは」
「酷い。化け物だなんて。イオはあたしのことを天使だと言ってくれたじゃない?」
「あれは勘違いだった。きっと幻覚でも見ていたのだろう。グイリオから聞いたぞ。きさまは余の飲み物に薬を盛っていたらしいな」
嫌悪も露わに言うイオバに、ロージは意味不明な事を言われどういうことだと、グイリオを見た。
「ロージさまが毎朝、お食事の前に陛下に必ず飲ませていたあの薬ですよ」
「ああ。透明の水薬ね。あれは確か疲労回復の薬だと聞いたけど? それに薬を飲んだ後のイオは、元気な様子を見せたじゃない」
「グイリオが言った通りだった。余はきさまに薬を盛られ続けていたのか」
「ちょっと待ってよ。あの薬は女官が用意してあたしに渡して来たから……」
「何? きさまに協力する内通者が他にもいたのか?」
「その辺りは私が調べますので、陛下はお気になさらず」
「済まないな。グイリオ。頼む。こうなっては余の頼れる者はグイリオしかいない」
イオバはロージの話しなど聞いてくれなかった。自分に都合良く話しを作り上げ、ロージを疑っていた。その一方でグイリオを妄信的に信じている。イオバの異変にグイリオが関わっているのは明らかだった。
「グイリオ、あんた──」
「さて、陛下。こちらのロージさまはいかが致しますか?」
「そうだな。すぐにでも始末したいところだが……」
「服毒させるのは如何ですか? 陛下が望むなら眠るように死ねる薬をご用意しますが?」
「グイリオ。おまえに任せる。一度は愛した女だ。苦しみの少ないように頼む」
そう言ってイオバは、何の躊躇いもなく踵を返した。その背に向かってロージは叫んだ。
「イオ、イオ! お願い。あたしを信じて。こいつの言う事なんて信じないでっ」
「ロージ。余を欺いていたきさまのどこを信用しろと言うんだ。いい加減にしろ!」
「イオ!」
「もしかして……、きさまがキミラに毒を盛ったのか?」
「ち、違うわ。それはそこにい……!」
振り返ったイオバに問われて、本当の事を言いかけたロージだったが、まだ鉄格子の側に立つグイリオから背中に氷水を浴びたような、ゾッとするような目線を向けられてその先が言えなくなってしまった。
「きさまのせいでキミラは亡くなった。きさまが犯人なら、処刑した王妃は無罪だったのだな? とんでもない女だ。きさまを信じたせいで、二人の女性の命を無駄に奪ってしまった」
イオバはロージを罵る。数時間前までは散々、愛していると言いながら、ロージの本性を見ただけでその愛が冷めるくらいだから、彼の愛なんて所詮その程度のものなのだろう。
これ以上、薄っぺらい愛に付き合って、都合の良い女でいることもない。そう思うと馬鹿らしく思えてきた。
アハハと笑い出すと、イオバとグイリオが「どこか気でもおかしくなったか?」と、似たような反応を見せたものだから滑稽に感じて一層、可笑しく思った。
「キミラ妃は確かに亡くなったみたいだけど、クランベルはのうのうと生きているわよ」
「な、何?」
誰も触れてこなかった真実を告げると、イオバが顔を青ざめさせた。グイリオがまさかという顔をする。その反応に胸がすく思いがした。
「あたし見たのよ。王宮の中庭にいたわ」
「あの帝国女が生きていた? どうしてそれを先に教えない?」
「だって誰にも聞かれなかったから」
ロージは暢気に言ったが、それを聞いてイオバは慌ててその場から立ち去った。グイリオはその背を黙って見送る。
「あら。あんたも行かないの? 金魚の糞さん」
「おまえがクランベル王妃を見てからだいぶ時間が経っている。今更、捜したってどうにもならないよ」
グイリオはイオバが去ると、ガラリと口調を変えた。こっちの方が彼の素であることをロージは知っている。
「あの人、処刑済みの人をどうやって捜すつもりかしら? クランベルは大熊に食べられた事になっているんでしょう? 生き返ったことにでもするのかしらね? 馬鹿馬鹿しい」
「おまえは本当に演じるのが上手いな。馬鹿な女にしか見えないよ」
グイリオの褒め言葉にしては、険のある言葉にロージは笑う。
「あたしは馬鹿だけど、悪巧みには頭が働くの。あたしはもう用済みでしょう? こうして捕まったからには、もうあんたの手伝いは出来なさそうだけど?」
「もう少しだけ付き合ってもらえるか? 悪いようにはしない」
「まだ、あたしを利用する気? 勘弁してよ。中庭で半鳥人化した時に気がついたけど、あんた、あたしに何か盛ったでしょ?」
「さすがに気がついていたか」
「あたしは成人しているから、半鳥人化状態をある程度抑制する事が出来る。でも今回は、異様に気持ちが高ぶって抑えきれなかった。何か盛られたとしか考えられない」
「おまえはウサギのことしか頭になかったようだから、気付かれないと思っていた。失敗だったな」
ロージが睨むと、グイリオはしれっとして応えた。悪びれる様子がないのに苛立つ。
「あんたって恐ろしい人ね。イオの信頼を勝ち取って置きながら、その裏では手の者を放って、イオが新たに迎えた側妃のあたしが、鳥人だったと噂を立て、王の支持率を下げて信用を失わせている。何を企んでいるの?」
「余計な好奇心は身を滅ぼすよ」
詮索するなら殺すと言われ、ロージは鼻を鳴らした。牢に入れられた状態で助かる見込みは少ない。仕掛けたのは目の前の男だ。この男に命の生殺与奪権は握られている。ロージとしては、もうどうにでもなれというやけっぱちの気持ちでいた。
「馬鹿だなぁ。せっかくチャンスをあげると言っているのに」
「チャンス?」
「さっきおまえが言ったじゃないか。元王妃が生きているって」
「ああ。あれね。それがどうしたの?」
「彼女をオレの前に連れて来てよ」
「……? 何するの?」
「彼女をオレのものにする」
微笑むグイリオに嫌な予感がする。彼の言葉を聞いてロージは反対した。
「止しなさいよ。あの子は頭でっかちのつまらない女よ。しかも死んでいることになっている」
「おまえは反対なのか? 以前から彼女のことを、良く思って無いような発言が多かったけど?」
「反対よ。あんな女、大嫌い」
「ふ~ん。可愛いじゃないか」
「可愛い? 地味な女の間違いじゃない? イオにも相手にされなかったような、面白みに欠ける女なのよ。あんたとは釣り合わないわ」
「まだ何も始まってないのに、決まり切ったように言って欲しくないな。ロージ」
グイリオの怒ったような飴色の瞳が、ロージを捕らえる。ロージはグイリオの瞳に弱い。彼に見つめられていると、頭の中が痺れたようになって、訳が分からなくなってくる。
「おまえはオレの為にある。そうだろう? ロージ。おまえのすべき事は何だ?」
嫌だと反論したいのに、彼を前にすると何も言えなくなる。彼の意に反した行動を取ると、氷水を浴びたような冷たい視線が返ってくる。それがとてつもなく耐えがたくて、彼の言いなりになってしまうのだ。
瞬きもせず、粘着質のような視線に、全身が絡め取られていくような縛りのようなものを感じる。その一方でそれが心地よくも感じられて逆らえないでいると、唇が勝手に応えていた。
「……分かった。あんたの言うとおりにする」
「良い子だ。ロージ」
グイリオは再び微笑んで、牢の鍵を開けた。それを見てロージは白い鳥に変化した。
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