第15話・これが恋???


「ベルさま。今日は遅いのですね? バンと何かありましたか? バンは珍しく、他の皆さんと一緒に先に食事を終えていましたよ」


 翌日。バンを不快にさせてしまったと思ったクランベルは、彼に謝ろうとした。しかし、彼の様子は平然としていながら、二人きりとなるのを避けているようだ。クランベルが話しかけようとすると、さっさと教室から出て行ってしまう。そこに少し悲しい気持ちになりながら、学び舎での授業を終えて食堂に来ると、ミーシャが聞いてきた。


 考え事をしていたせいで、普段よりも食堂に来るのが遅くなっていた。食事を一人で済ませた後、この場には、ミーシャしかいなかった。調理場では水洗いの音はするから、ブルアンはいるのだろう。ミーシャは彼の仕事が終わるのを待ちながら、後片付けを手伝っていたようだ。二人が付き合っていることを知るクランベルは、羨ましい気持ちにもなった。


「別に……。何も無いわ」

「そうですか?」

「バンが何か言っていた?」

「いえ特には……。ただ、ベルさまを置いて先に食事をするなんて彼にしては珍しいと思って。もしかしたら喧嘩でもしたのかと」


 普段のバンは、クランベルを優先して、彼女より先に食事を済ませるなんて滅多になかった。その習慣を破って先に食堂に来ていたバンの態度に思う所があったのか、またはミーシャもバン同様に、クランベルとの付き合いが長いので、そこで何か察する部分があったのかもしれなかった。


「喧嘩はしてないわ。でも……、私が悪いのだと思うわ」

「何があったのですか? ベルさま。私で良かったら相談にのりますよ」


 クランベルの塞ぎ込んだ様子に、ミーシャが心配する。クランベルとしては、急にバンとの関係が変化していきそうな不安に胸がいっぱいで、それにどう対応して良いのか分からなかった。

 ここは姉のように頼りにしているミーシャに、相談して解決方法を教えてもらった方が良いような気がしてきた。そこで昨晩あったことを話してみた。


「ベルさまは悪くないですよ。あの男がヘタレなのがいけないんです」

「ミーシャ?」


 話を聞いたミーシャは、バンを貶した。ヘタレなどという聞き慣れない言葉に疑問が残るが、ミーシャが息も荒くして言う。


「あの男は周囲に牽制するだけ、牽制しておきながらベルさまに自分の気持ちを上手く伝える術を知らなくて──、きっと今、自己嫌悪に陥っているのですよ」

「そうなのかしら?」

「ベルさまはバンのこと嫌いですか?」

「嫌いじゃないわ。ただ、彼を目の前にすると気持ちがソワソワして段々落ち着かなくなるの。私、どこかおかしいのかしら? こんなことは初めてで戸惑っているわ」


 ミーシャの問いかけに首を振ると、彼女が安心したように見えた。


「全然、おかしくなんてありません。良い傾向だと思います。そのうちベルさまにも、その気持ちの正体が分かってきますよ。ベルさまは聡い御方ですもの」

「これは何かの病気かと、疑っていたけど違うの?」


 自分の気持ちの変化に戸惑っているベルには、この自分でも持て余してしまいそうな気持ちに、そのうち答えが分かってくるとミーシャに言われて安心した。


「違いますよ。あ、え──っと、そう悪い病気ではありません。私から一つだけ言えるとしたら、バンも同じ状態にあると思います」

「バンも私と同じ状態?」

「はい。なので、気にすることはありません」


 しかもこのそわそわとした落ち着きのない状況に、いつも平然としているバンも陥っているらしい。ミーシャが可笑しそうに言った。

 しかしクランベルは、ミーシャのようには笑えなかった。バンが自分と同じ状況? 彼は常に自分の側にいる。

 彼も自分と同じ状況にあるとしたら、自分からこの奇妙な病を移されたのではないか? 


「……バンは私から感染した?」

「何となくベルさまの考えたことは分かりましたが、これは伝染病でもなくてですね……」


 ミーシャが困惑している。そんなに重傷な病なのかと見当違いなことを考え始めた時、調理場からブルアンがにゅっと顔を出した。彼は洗い物を終えたらしい。話が聞こえていたらしく、言い淀むミーシャに代わって言った。


「それはね、ベルさま。恋ですよ。ベルさまはバンに恋をしているんだ」

「恋? これが?」


 目を見張るクランベルを前にして、ミーシャがブルアンの袖を引いた。


「ちょっとブルアン。余計な事を……! こういうのは二人の問題で……」

「オレはまどろっこしいのは嫌いだ。教えて差し上げたら良いじゃないか。ベルさまは知りたがっているんだから、それを教えて何が問題だ?」


 こそこそと二人は語り合う。自分の気持ちを自覚したクランベルは、顔を真っ赤に染めながらもバンとの今までのことを振り返っていて二人の会話に注目してなかった。


「そういうのは当事者の問題なの。本人が自分で気がつかないといけない問題よ。私達だって自分達で思いを伝えあってその結果、付き合い始めたでしょう?」

「ああ。何も問題ないだろう? バンは散々、周囲にバレバレな態度を取っていたのだから」

「本人にそれが伝わってなかったら意味ないでしょうが? 馬鹿ブルアン」

「なに? あいつ、ベルさまに告ってないの? マジか?」

「マジよ。ベルさまはバンの気持ちを知らないのよ」

「二人とも何の話なの?」


 ようやく我に返ったクランベルは、二人の様子が気になった。途端、ミーシャとブルアンは、歯切れが悪くなった。


「ま、まあ。ベルさまは普段通りに過ごされていれば良いという話ですよ。後にきっと笑い話になるでしょうから。なあ、ミーシャ」

「えっ。ああ、そうね。大丈夫です。ベルさま。こういうのは時が解決しますから」


 そんなに深刻に受け止めなくて大丈夫ですよと。二人は苦笑し、「明日も早いのでしょう? さっさと寝ないとお肌に悪いですよ」と、食堂を追い出されてしまった。部屋に戻ってからはぐらかされたような気がしてならなかった。



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