第14話・バンの気になる女性


「ベルさま。眠れないのですか?」

「ええ。何だか落ち着かない気がさせられてね。夢を見たわ」


 真夜中に食堂でお湯を沸かしていたら、見回りをしていたらしいバンに見つかった。


「ミルクでもご用意しましょうか?」

「大丈夫。自分で用意するわ。あなたも飲まない? ハーブティーを入れるけど?」

「頂きます」


 バンと向かい合った席に着く。


「寝付かれないほど怖い夢でも見られましたか?」

「そうじゃないけど。懐かしい夢を見たのよ。あなたと出会った頃の。あなたに危ないところを助けられたわよね」

「当時のベルさまは警戒心が薄かったですから。護衛達も冷や冷やしていた事でしょう」

「本当よねぇ。あの後、もの凄く反省したわ。身なりの良い娘が一人で街をふらついていたら、良くない男に絡まれるって身をもって知ったもの。あの日は酷くお父さまにも叱られたわ」


 クランベルは懐かしんだ。あの頃、バンは孤児院で暮らしていた。男の手からクランベルを助けた後は、自分が世話になっていた孤児院に彼女を連れて行ったのだ。そこのシスターからミデッチ家に連絡が行き、乳母や護衛が迎えに来たのだった。

 そしてそれがきっかけでバンに会いに、クランベルが孤児院に通うようになり、彼と離れがたく思った娘の様子に思うところがあったのか、父のコージモがバンをミデッチ家で、執事見習いとして雇い入れると言い出した。それから長いこと、バンはクランベルの側に仕えてきた。


「バンが我が家にやってきたのは、10歳の頃だったかしら?」

「はい。クランベルさまが7歳の頃でしたから」

「あなたとはそれからの長い付き合いになるわね」


 クランベルはバンを見つめた。少年の頃から綺麗な顔立ちをしていた彼は、成人してますます凜々しい顔付きになってきていた。彼と目があうと、落ち着かない気にさせられた。


「バンは誰か良い人いないの?」

「いきなりどうしましたか?」


 クランベルが入れたお茶のカップを、大事そうに両手で包み込んだバンが問いかけてくる。


「ミーシャがね、ブルアンと結婚を考えているらしいわ。あの二人は、こっちに来てから交際していたのね。全然、気がつかなかったわ。お父さまに言われて気がついたの。私って駄目ね。その辺が疎くて……」

「仕方ありませんよ。あの二人はベルさま第一に考えていますから、交際を隠していましたし。夜中に目を覚ました旦那さまに、ブルアンの部屋に二人ではいるのを、目撃されてしまってバレたらしいですから」

「そうなの?」


 クランベルの父のコージモは、しばらくこの領主館に滞在する事が決まり、現在客間に泊っている。そんな中で発覚した二人の交際に驚きながらも、クランベルは祝福していた。バンはため息を漏らした。


「そのことでベルさまは、私にも誰か気になる女性がいるのではないかと気になったのですか?」

「ええ。あなたは女性にもてるもの。彼女の一人ぐらいいてもおかしくないわ。逆にいない方がおかしいと思って……」

「ベルさまの理屈で言えば、私はおかしい部類に入るのでしょう。付き合っている女性はいませんよ」

「そう。気になる女性は?」

「正直に言えばいます」

「誰? あ。私が知っている人?」


 身を乗り出すと、バンは顔を顰めた。


「あなたさまがもっとも良く知る御方です。でも、ベルさまは鈍いですからね。その想いが成就するには時間がかかりそうです」

「私が良く知る人……? そして私のせいでバンの想いが相手に気付かれないの?」


 クランベルの頭の中で、ここ最近知り合った女性達の顔が思い浮かぶ。でも、誰一人としてバンと接触しているようには思えない。バンは仕事に忠実でいつもクランベルの側に影のように控えているのだ。


「もしかして……、私が障害になっていたりする?」

「ベルさま。余計なことを考えておられますね?」


 バンは苛ついた様子で椅子から立ち上がる。クランベルは動揺した。彼を不愉快にさせてしまったらしい。こういうことは、いくら主従関係でも、彼には踏み入って欲しくない部分だったのかも知れない。


「バン? ごめんなさい。余計な事を聞いてしまって」

「違いますよ。そんなんじゃない。俺はずっと──、あなたさまだけ……」

「バン……?」


 何か言いかけたバンは口を噤むと、ベルをその場に残し、足早に食堂から出て行ってしまった。後には、彼の口付けたカップだけが恨めしそうに残されていた。



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