◇どんどん明かされていく真実
第12話・亡き母はイモーレル国の者
「ほほう。これは見事だ」
「そうでしょう? ここにいる職人さん達が作ったものよ」
翌日。クランベルは父を連れてルドラード工芸館に来ていた。学び舎は休日なので、バンをお供に連れている。コージモは目利きに優れている。その父親から感嘆の声が出たと言うことは、ルドラード工芸は、大商人の目から見ても優れていると、認められたと言うことだ。
クランベルはルドラード工芸がこの辺境伯領内で、伝統工芸として周知され、保護されているのは知っていたが、辺境伯領の外ではあまり知られていないことを勿体なく思っていた。公布してはどうかとライアンに言ったこともあるが、この地は辺境にある為、王都民を初め、イモーレル人達は興味を持たないだろうとのことだった。
それなら他国相手に販売してはどうかと思ったのだ。ライアン曰く、イオバは税さえ納めていれば、その地の領主が何をしていようと関心すらないようだ。自国の王がそれではどうかと思うが、そのイオバの関心のなさから、死んだはずのクランベルは生き延びることが出来た。
イオバはライアンを宰相から罷免する時に、辺境伯領を田舎と馬鹿にし、「向こうは何も無いだろうからむこう三年、税は免除してやる。退職金は出せないがこれに感謝することだな」と、恩着せがましく言ったらしい。
幸い、王宮側からこの地を訪れる者もいないので、王の目を掠めてライアンは、この国では見下される獣人をこの地へ匿い、人間達の共存の場所を作り上げてきた。
王都や他の領地からもどんどん獣人達や、貧困の差に苦しむ人間達がここに逃れてきているらしいが、今の陛下を始め、側近達は気にしてもいないらしい。
それをライアン子飼いの者達は、どうにか気付かせようとしていたらしいが、陛下が聞き耳を持たず不審を買い、閑職に追い込まれているとの事だった。
昨晩ライアンは「陛下は前ロマ陛下を慕っておられたはずなのですが……」と、寂しそうに呟いていた。その時の事をふと思い出していると、何やら塞ぎ込んでいると思われたようだ。コージモが心配していた。
「ベル。どうした?」
「お父さま。何でもないの。ただ……」
「ただ?」
「この国はどうなってしまうのかと思って」
「そうだな。この国がどうなるか、それはあの若造が考えなくてはならないことだ。おまえは強制的に舞台から降ろされた。あとはあいつの責任だ。あいつがどうなろうと自業自得だ。そうなる前に、勇気ある決断をしてくれればいいがな」
父はクランベルが、それは考えることではないと言い切った。クランベルの知るイオバは思慮深い者ではない。
祖父やライアンから聞いていた、前ロマ陛下が人間味溢れる興味深い人だけに、どうして彼のような人が後継者に選ばれたのか不思議でならなかった。
血縁者が流行病で次々命を落としたとはいえ、他にも後継者となりえる者がいたのではないかと。前ロマ陛下のような人ならば、血縁には拘らず有能な者を後継者に指名して育てるぐらいのことは出来るはずなのに。
ライアンはコージモに、ロマ前陛下は志半ばで急死したと告げた。もしかしたら前ロマ陛下は、イオバ以外に他に見出した者がいたのではないだろうか? それを見咎めた者に殺されてしまった?
クランベルは邪推したくなる気持ちに抗えないでいた。
「お父さま。どうしてロマ前陛下は、私をイオバさまの妻にと求められたのでしょうか?」
「それは……。ライアンさまから何か聞いているか?」
「いいえ。何も」
「そうか。ではまだ明かすことではないかもしれないな。その時が来たらライアンさまから話があるだろうよ」
「ライアンさまから?」
「いま私の口から言える事は、おまえがこの国に嫁ぐことはロマ前陛下が切望されたことで、爺さんにとっては希望だった」
「希望?」
「爺さんはおまえが両国の架け橋となってくれることを望んでいた。おまえの亡くなった母親は、イモーレル国の者なのだよ」
「お母さまがイモーレル国の者?」
クランベルは、初めて聞かされる話に驚いた。物心ついた時には、母は病で亡くなっていた。母親について何も聞かされてなかったが、てっきり母親は帝国の者と思い込んでいたのだ。
「ロマ前陛下に託されて、おまえの母はミデッチ家の別邸にて育った。爺さんはそのことを内緒にしていたから、そこで初めて彼女に会った時、爺さんが年甲斐もなく、若い女を囲ったのだと疑って批難した。その事でおまえの母とはしばらくは険悪な仲だったな」
その時の事を思い出したのだろう。コージモは苦笑した。
「おまえは、母親そっくりに育った。セーラはおまえのようにストロベリーブロンドの髪に、新緑色の瞳をしていたよ。食いしん坊で好奇心に溢れたところとか、母さんに良く似ている」
セーラとは、クランベルの母親の名前だ。懐かしむような父親の声に泣きたくなった。コージモは、後ろに黙って控えていたバンに声をかけた。
「バン。これからもベルのこと、くれぐれも頼むぞ」
「はい。旦那さま、心得ております」
何気ない父の言葉が、先の見えない未来を暗示しているかのように思われた。
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