第11話・父との再会



 嵐が過ぎ去った数日後のこと。

領主館を訪ねて来た者がいた。ライアンに呼ばれて応接間に顔を出したクランベルは、訪問者を見て驚いた。そこには6年前に、この国に嫁ぐにあたって別れたきりの父、コージモの姿があった。茶髪に琥珀色の瞳をした柔和そうな顔立ちの中年男性が、椅子から立ち上がった。


「ベルっ」

「お父さま」


 近寄ると抱きしめられる。父は少しやつれた表情で目元に涙を浮かべていた。


「どうしてここに?」

「ライアンさまから知らせをもらった。イモーレル国でおまえが大変な目にあっていると。すぐにでも飛んで来たかったんだが、乗っていた船が嵐に見舞われて他国に流れ着き、何とか立て直して再び船を出すまでに一年費やし、ここまでようやくたどり着いた。途中、立ち寄った港でおまえが死んだと噂になっていて気が気でなかった……」

「お父さま……」


 父娘とで再会を喜び合い、隣り合った椅子にお互い腰を下ろした所で父からこれまでのことを聞かれたので、クランベルは嫁いでからの日々を語った。

 父はライアンからの手紙で何となく詳細は伝えられてはいたものの、実際に娘の口から夫のイオバに蔑ろにされていたと聞くと憤慨した。


「あの若造めが……。ベルのどこか気に入らないというんだ。許せん」

「お父さま」

「我がミデッチ家自慢の娘だぞ。容姿に教養、性格。どこをとってもケチのつけようがない娘なのに。あいつは見る目がないのか?」

「お父さま。身内贔屓が過ぎます」

「いや。別に本当のことだから謙遜する必要はない」

「お父さまったら」


 クランベルの父は、商売のこととなると厳しい目で見るが、実娘のこととなると評価が甘くなりがちだ。クランベルはライアンがいる前で、真顔で肯定する父を恥ずかしく思った。


「コージモ殿。クランベルさまには申し訳ないことを致しました。あなたさまのお怒りはごもっとも……」

「ライアンさま。あの若造が娘にしたことは許せませんが、あなたさまがこうして匿って下さったおかげで娘は命を救われました。それには感謝致します。ありがとうございました」

「コージモ殿」


 コージモはライアンに礼を言いながらも、不快な表情は隠さずに言った。


「ライアンさま。娘はもうこの国では死んだことにされました。死人がこの国にいる

必要はありませんよね?」

「お父さま?」

「私は娘を殺すために嫁がせた訳じゃない。この子の幸せを思って嫁がせたのです。まさか嫁ぐ前にロマさまがお亡くなりになられるとは思わなかったし、はるばる海を越えて嫁いで来た花嫁に対しての、この国のなさりそうには落胆致しました。イオバ国王が愚鈍であるとは思いませんでした」


 コージモは怒りを露わにした。目の前にイオバがいれば殴り付けたい所だっただろう。怒りをぶつける相手がいないことで、コージモはライアンに矛先を向けようとしていた。


「お父さま。不敬ですわ」

「何がだ? ベル。ライアン殿はもう宰相職を罷免されている。一辺境伯にしか過ぎない。我がミデッチ家はシオーマ帝国一の大富豪貴族。多少は横柄な物言いも許されるだろうよ」

「お許し下さい。ライアンさま。父は私に対する感情に揺れ、理性が欠けている状態のようです」

「大丈夫ですよ。ベルさま。この世の中に子供の幸せを願わない親などおりません。コージモ殿は、6年前に愛娘であるベルさまを我が国へと送り出して下さった。身を切る思いだったと思います。それなのにあなたさまを理不尽にも傷つけ、あまつさえ命すら奪おうとした非道な振る舞い、けっして許せるものではないでしょう」


 コージモ殿の怒りは当然です。と、ライアンは甘んじて受け止める様子を見せた。コージモはクランベルの手を取った。


「ベル。帝国に帰ろう。この国のクランベル王妃は亡くなった。おまえを利用するだけ利用して死に至らしめたこの国など没してしまうがいいさ」

「お父さま」

「さあ、ベル。お父さまと一緒に帰ると言っておくれ。おまえはよくやった。もう我慢することはない」


 クランベルは父と向かい合った。そこへ「失礼します」と、声がかかり茶器を乗せたワゴンを押してバンが入室してきた。


「バン。良いところに来た。おまえからも言っておくれ。おまえだってベルをこの国に置いておくのは良い気がしないだろう?」

「お父さま。卑怯よ」


 父のコージモは、クランベルが実家にいた時から、バンの発言に重きを置いていることを良く分かっていた。それと有能でありながら、娘の為に一歩後ろに控えて余計な口出しをしないバンの姿勢もコージモは買っていた。


「旦那さま」

「何だい? バン」

「旦那さまは、ベルさまがどうしてここに隠れ住む事になったのか、一連の流れはご存じでしょうか?」

「ああ。大体はこちらのライアンさまから聞いたし、詳細はベルからも聞いた。冤罪をかけられて処刑されそうになったと」


 バンはちらりとクランベルを見やる。クランベルは頷いた。彼がこれから何を言おうとしているのか察しがついていた。


「その通りです。ベルさまは冤罪をかけられました。側妃さまを毒殺した犯人は別にいるのです」

「まさかその犯人を捜し出そうとでも言うのか?」

「ベルさまは納得されていません。一方的に言いがかりを付けられて、王に断罪されました。我々もこのままにしておいて良いとは考えておりません」


 コージモは腕組みをして唸りだした。


「つまりおまえ達は事の真相を明らかにしたいと? そう言うのだな?」

「そうよ。お父さま。この事は陛下と私の不仲だけの問題に収まらない気がするの。陛下の独断にしては私を処刑するまでの動きが速すぎた。処刑場所となった闘技場の集客率の高さから言っても、誰かの計画的犯行に思われて仕方なかったわ」


「しかし、誰がおまえのことを?」


「それは分からないけど……。一般的に考えたなら私がいなくなって得する人でしょうね。でも、一番得をするはずの人が亡くなってしまったのよね」

「陛下の寵妃キミラさまか?」

「ええ。本当なら陛下は彼女と婚姻したかったはずだもの。その彼女が毒殺されて、激高した陛下に私は犯人扱いされてしまったから、他の誰かよね」


 コージモは怪訝な顔付きになる。どう思いますか? と、クランベルはライアンに目をやった。ライアンは思案するように言った。


「私が王宮を去ってから、子飼いの者達から定期的に知らせが届いていたのですが、どうもその陛下は新たに側妃を迎えられたようです」

「キミラ妃を亡くされてから一年経ちましたものね。一体、どなたを?」


「その女性の素性は詳しくは分かりませんが、キミラ妃が存命の折から側に置いていて、キミラ妃に陛下との仲を嫉妬されて、揉めていたこともあったようです」

「キミラ妃が存命の折から? ライアンさまはご存じでしたか?」


「いいえ。私は陛下がキミラ妃以外にも、他に女性がいたとは知りませんでした。恐らく私が宰相職を罷免されてから、王宮に招き入れたのかも知れませんね」

「その女性が怪しくないか? キミラ妃と揉めていたのだろう? 恐らく嫉妬してキミラ妃に毒を盛って殺害し、何食わぬ顔で陛下に言い寄り、ベル、おまえに罪を被せた」


「お父さま。それはいくら何でも早計すぎますわ」

「そうか。一番、怪しいと思うんだが」


 娘を連れて帰ろうと説得していたはずの父が、探偵のような推理を展開していた。帰国のことは頭から抜けているようだ。ライアンもコージモの発言で気になったようだ。


「確かに不審ではあります。その娘はある日、突然どこからともなく現れたとありますから。王宮の庭で肩に矢傷を負い、倒れていたのを陛下が発見し、保護したそうです。その事は箝口令が敷かれ、王宮で彼女は客人として暮らしていたとか」

「王宮ってそう簡単に忍び込めるものですか?」


 クランベルは首を傾げる。ライアンは首を横に振った。


「いいえ。屈強な門番はおりますし、王宮内では兵達が随時警備しておりますから、空から飛んでこない限りは無断で侵入は難しいでしょうね」

「空?」

「じゃあ、鳥人か」


 コージモが思いついたように手をポンと打つ。話がどんどん脱線してきているようだ。


「お父さま。シオーマ帝国ならまだしも、ここはイモーレル国ですよ。私は6年、この国に住んでおりますが、鳥人の方にお会いしたことはないです。この国に鳥人の方は住んでおられませんよね? ライアンさま」

「ええ。イモーレル国には鳥人はおりません」

「じゃあ、渡り鳥なのかもしれない。どっからか流れ着いたのかも」

「どうしてそう思うの? お父さま」


「さっきの話にあっただろう? 王宮の庭で肩に矢傷を負い、倒れていたって。もしかしたら獣化して鳥の姿になっていたのを、何も知らない狩人に矢を射られて、墜落したのが王宮の庭だったのかもしれない」

「なるほど。そうかも知れませんね」


 それまで黙って皆の話を聞いていたバンも頷いた。皆の関心は、そのイオバが新しく側妃として迎えた女性に向けられていた。


「聞けば聞くほど怪しいとしか思えませんね。その女性は今、陛下の側近のグイリオ

卿と義理の兄妹になったようです。彼のお父上が、養女に迎えられたそうなので」

「グイリオ卿?」

「コーニル伯爵のご子息で、母親が陛下の乳母を務めておりました。陛下とは乳兄弟になります」


 ライアンの説明で、何となくイオバの側近でそのような名前の者がいたことを、クランベルは思い出した。


「側妃を亡くして悲しみにくれていた陛下をその娘がお慰めして、すぐにお手つきになったようです。その娘を陛下はいたく気に入り片時も離さないらしいです」


 クランベルとしては、陛下が誰を愛そうと別に気にならない。ただ、寵愛していたキミラ妃が亡くなった後に迎えられた娘が、陛下の乳兄弟の父親の養女になったと言うのが気になった。単なる偶然なのか? 意図的なのか?


「旦那さま」

「どうしたバン?」

「そう言えばベルさまがこの国に嫁がれてから、ミデッチ家からイモーレル国側に、化粧料は毎月支払われていたと思うのですが、未だに支払われたままなのでしょうか?」

「あ──、くそっ! 便りがないのは良い便りだと今まで思い込んできたからな。まさかこんなことになっているとは思ってもなかった。こちらに連絡がないことを良い事に……!」


 どうやらミデッチ家は、未だに支払いを続けていたようだ。バンの指摘に、コージモはしてやられたと憤った。

 イオバは、クランベルを処刑しておきながら、その実家であるミデッチ家にはその事を知らせずに、王妃は生きていると思わせて化粧料を払わせてきたのだ。


「あの野郎……」


 コージモの口調が段々と荒くなっていく。バンは苦笑した。


「旦那さま。もう払う必要はありませんよね? 表向きにはベルさまは亡くなられたことになっておられますから」

「そうだな。徹底的にむしり取ってやろうか」

「ねぇ、お父さま。そしたらお願いがありますの」


 今まで何も知らずに、イモーレル国側へ払い続けてきたお金を回収させてもらうと意気込む父に、クランベルはある事を頼み込んだ。


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