第10話・色あせない想い出



 それから二ヶ月ほど過ぎたある日のこと。

この辺り一体を強い嵐が襲った。辺境伯領では、嵐の日は領民の皆は家に引きこもり仕事は休みとなる。勿論、学び舎も休校となった。子供がいない学び舎内は静かで、建物は凄まじい風に煽られてミシミシ鳴る。窓ガラスから見た外は、灰色の厚い空がもの凄い勢いで流れていき、領主館を覆う木々は、頭を引っ張られるようにして体を大きく揺らしていた。


 雨は強く窓ガラスを叩き付ける。先生方の誰もが自室に籠もり思い思いに過ごす中、クランベルはライアンの部屋を訪れていた。


「ライアンさま。ここの編み目がなかなか上手く出来なくて……」

「どれ、貸してご覧なさい。ここはこのように一つ目を飛ばして編むと良いですよ」

「なるほど。さすがライアンさま。編み目が綺麗ですわ」


 暖炉の前で二人は椅子に座り、レース編みをしていた。傍からみる二人の様子は、孫と祖母のように仲睦まじい。側に控えていたバンは二人の為にお茶を入れると、静かに退出していた。


 ライアンの今の姿は、老いた夫人の姿をしていた。ここに来てから初めて知った事実だったが、ライアンは元々女性で王宮にいた頃は、魔法で男性と性別を偽っていたらしい。鼻の良い獣人達には、姿を見破られているのもあって、公の場に出るとき以外では、現在の老婦人の姿でいることが多いらしかった。


 ふとライアンの胸元に目をやれば、レース編みで出来た蝶のブローチを付けていた。ライアンの自作だろうか? 羽の部分が細かな網目模様で、どうしたらそこまで編めるようになれるのだろうか? と、クランベルはため息を漏らした。


「ライアンさまのように上手くなるにはどうしたら良いですか?」

「ベルさまは初めてでしょう? それだけ編めたらたいしたものですよ。何度もやっていくうちにコツが掴めてきますよ」

「そうかしら? 結構、不器用かも……」

「不慣れなうちは皆、そうですよ。始めから上手い人なんていません。私も実はロマ前陛下から教わったのです」

「えっ? ロマ前陛下に?」


 ロマ前陛下は男性なのに、レース編みが出来たなんてどういうことなのかと、疑問に思うクランベルに、ライアンは言った。


「あの御方には病弱な妹ぎみがおりましてね、妹ぎみを大切に思われていたロマさまは、ある年の妹ぎみの誕生日の贈り物に悩まれていて、妹ぎみが好きなものを送ることにしたのですよ」


 その話の流れでクランベルは何となく察した。以前からちょくちょくロマ前陛下について、ライアンからは聞かされている。ロマ前陛下は、独特な世界観を持っているような人だ。斜め上の発想の持ち主でもある。もしかしたら……と、思ったらその通りだった。


「妹ぎみがレース編みの手袋を欲しがっておられると、女官達から聞きつけたロマさまは、自分で編んで贈ろうと思われたのです。そこでレース編みの講師を密かに招かれて指導を受けられたのですが、これがなかなか思うように行かず……」

「結局誕生日までに出来なかったのですか?」

「いいえ。手袋には出来なかっただけで、ショールにしてお渡しになられたのです」


 ライアンが思い出し笑いをする。


「ロマさまが拘る美学と言うものがあるらしく、講師の方にあれこれ口出しをして、先に進めなかったこともあり、ただ延々と編み続けて終わってしまったみたいです。でも、最終的に何とか形に収め、妹ぎみにお渡しになったら喜ばれたようでした」


「そうですか。良かったですね。でも、ロマさまは凄いですね。自分で編んで妹ぎみに贈られるなんて。なかなかそう考える男性もいないのではないでしょうか? ロマさまは手先が器用だったのですか?」


「ええ。あの御方は一度、見て覚えたら絶対に忘れない記憶の持ち主なのですよ。それだけに教える方も大変だったみたいですよ。うっかり間違えると、どうしてそうなったのか説明を求められますから」

「それは厄介かも」

「それでも皆にとって、憎めない御方でした」


 ライアンが微笑む。クランベルはライアンから聞くロマ前陛下の話が好きだった。


「このブローチは、実はロマさまから頂いたものなのです。こちらは試作品で作った物だが、思いのほか上手く作れた。取っておけ等と言って……」


 ライアンが胸元のバラのブローチに目をやる。改めて見ると、そのブローチは色あせることも無く存在している。恐らくライアンが保存魔法でも使っているのだろう。思い出と共にそのブローチは彼女の胸元で輝き続けているように思えた。それが何となくクランベルには羨ましく思えた。

 


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