第6話・逆らう者はいらない
「おい。あの帝国女はどうなった?」
翌日。処刑するはずだった王妃のことを思い出したイオバは、ヨワーゴに闘技場の様子を見てくるように命じていた。執務室の机に両肘をついて報告を聞く。
「闘技場に妃殿下の姿はありませんでした。恐らく乱入してきたあの野生の熊に食べられたものと思います。断頭台側に大量の血痕の後が残されており、落ちていた縄や、残されていた服の切れ端にも血がついていましたから」
「そうか。熊に喰われたか」
臣下からの報告に、イオバはわざとらしくため息をつきつつも、口角は上がっていた。政略結婚で嫁いで来た嫁のことなど、彼にはどうでも良かった。
イオバは大伯父であるロマ前陛下の事を、本当の祖父のように慕っていた。幼い頃に両親や、祖父母を流行病で亡くしていた彼にとって、近しい血縁と言えばロマ前陛下のみ。物心ついた頃には、養子に迎えられて、陛下の後継者としての道を歩んでいた。
ロマ前陛下には大層可愛がられた。大抵の我が儘が通るぐらい、好き放題に伸び伸びとやりたい事をさせてもらっていた。でも、ただ一つだけままならないことがあった。結婚問題である。
彼は結婚なんてまだまだ先のことと考え、夜会で綺麗な令嬢達との恋愛の駆け引きを楽しんでいたが、それを大伯父は快く思っていなかったようで、許婚との婚姻を早めると言い出した。よほどミデッチ家との縁を望んでいたようだ。
「おまえが素行を改めないのならばこちらにも考えがある。そうなればおまえには残念だが、王位継承権の剥奪も考えている。良く考えておいて欲しい」
と、最後通告までしてきたのだから。納得がいかなかった。今まで自分は次期王となる者として教育を受けてきた。その自分がどうして嫁いでくる相手の為に、なぜ他の女性との縁を切らねばならぬのかと。
相手はシオーマ帝国一の、大富豪貴族令嬢等と持ち上げられてはいるが、元を辿れば商人が興した成り上がり貴族の娘。その成金令嬢を慮ったような行動を強いる、前陛下の考えが分からなかった。
多額の持参金を持ち込んだクランベルに、お金で自分が買われたように思えて良い気がしなかった。それに加えてあの女は、この国では嫌悪されている獣人らを、堂々と伴ってきた。そんな女を妻にしなくてはならないなんて嫌気が差した。
「あの女は王妃になる為に、金で国家を買ったような女だ。処刑されて当然の女だったのだ。最期には獣に喰われるなんて当然の酬いだな」
「陛下。死人に鞭を打つような発言はどうかと……」
「どうしたんだ? ヨワーゴ。おまえらしくもない」
ヨワーゴの表情は暗かった。イオバの言いなりになっている彼にしては、珍しい反応だった。
「陛下。元宰相にはどう申し開きするおつもりですか?」
「あの口うるさい年寄りか。別に放っておけ」
ヨワーゴは元宰相の事を気にしていたらしい。元宰相がこの件で王宮に再び、踏み込んでこないか恐れているのだろう。気の小さい奴め。と、心の中で罵る。
「元宰相は妃殿下の処刑には最後まで、反対されておりました。証拠もなしに、一方的に断罪するなどと愚の骨頂だと申されて……」
厄介な老いぼれだと思った。元宰相は一部の旧大臣達と共に、前ロマ陛下からイオバの養育を頼まれていたこともあり、何かと言動にケチを付け、イオバの考えが間違っているとばかりに、散々諫めるような発言を繰り返してきた。イオバにとっては、目の上のたんこぶ的な存在で目障りでしか無かった。
それで戴冠した数日後に、罷免を言い渡していた。しばらく大人しくしていたと思ったら、王妃の処刑をどこからか聞きつけて来て、イオバに取り次ぎを求めてきたが、会う気にもなれず、面倒くさいとばかりにヨワーゴに丸投げしていた。
「あの老いぼれを恐れているのか? ヨワーゴ」
「いえ。そうではありませんが……」
「しっかりしてくれ。あれはすでに引退した身だ。おまえが気にするほどの者でもない」
ヨワーゴは元宰相の影響力を恐れていた。それは前ロマ陛下の後ろ盾があったからだ。今この国の王は自分なのだ。逆らう者はいらない。王宮から追い出した奴に、何か出来ようはずもないのに。
「余の判断に逆らう者は皆、処分する」
「陛下」
「その指揮権はおまえに任せる。失望させてくれるなよ」
そう言ってヨワーゴの肩を叩いてやると、彼はビクリと首をすくめた。イオバは不要な者はいらない。邪魔になった者はヨワーゴに切り捨てさせるつもりだった。
「明日には王都中に鎮魂の鐘を鳴らしておけ。王妃が闘技場に現れた熊に襲われて亡くなったとふれを出せ。あの老いぼれがそのことを耳にするのは一ヶ月後になるだろう。彼の地は遠いからな」
イオバはようやく邪魔な存在が亡くなってくれて、清々したと笑った。
「……陛下。シオーマ帝国にはこのことをお伝えしますか?」
「わざわざ伝える必要があるか? 帝国は海越えた先にある国だ。そんな国から押付けられた花嫁だぞ。しかも王族でもない。今まであいつのことを心配して、身内の誰か訪ねてきたりしたか?」
「それはないと思いますが……」
ヨワーゴの歯切れは悪かった。何を心配しているのか分からない。今この国の王となっているのはイオバだ。この国は王制だ。その王が決めたことに、横槍を入れる方がどうかしている。例えそれが元宰相であろうとも。
「使用人が4名しかいないなんて、あの女はきっとミデッチ家でもいらない者だったのだろう。放っておけ」
「陛下……」
そう言いながらも一瞬、不安が過ぎった。ミデッチ家は目も眩むような財宝と、国家予算に匹敵するほどのお金を付けて、クランベルを送り出してきた。そこに何か意味があったとしたら? と、思ったが、それは気にしないことにした。
実際、この国では嫌われている獣人を、使用人として連れてくるような常識知らずの娘だ。ミデッチ家でも、奴隷と馴染むような頭がおかしい令嬢には、手を焼いていたに違いない。
「しかし、陛下──」
「黙れ。余に意見する気か?」
「申し訳ありません」
「もう良い。下がれ」
「はっ」
これ以上、辛気くさい顔を見ていられなくてイオバは手を振った。ヨワーゴはすごすごと引き下がるしかない。静かに退出していく彼の背を見送り、そろそろあいつも終わりかなとため息が漏れた。
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