◇死んだことにされて辺境領に身を潜めることになりました

第5話・ようこそ。ルドラード辺境伯領へ



「ベルさま。着きましたよ」

「え? もう着いたの?」

「はい。ここが目的のルドラード辺境伯領です」

「ここが? ルドラード?」


 クランベルは目を疑った。さっきまで闘技場にいたのだ。それが数秒で、遠方にあるルドラード辺境伯領まで移動したという。とても信じがたい。

 目の前に広がるのは緑の大地。その中に点在する、白壁にちょこんと赤帽子を乗せた可愛らしい建物。恐らく領民の住まいだと思われる。


 その先に広がる青い海は圧巻だった。潮風が鼻先をくすぐる。

自分達はそれらを見下ろすように存在する、高台にある二階建ての建物を背に立っていた。背後に立つ建物は、白壁に屋根や窓枠、玄関ドアが緑色の配色の、どっしりとした大きな建物だった。領主館のようだ。


「凄いわ。瞬きする間にもう一瞬で到着するなんて。牢番さんは素晴らしい魔術師ね」


 この世に魔法が存在することは知っていた。でも、転移術を体験したのは初めてのことで興奮した。


「お褒めに与り光栄です」

「え? 牢番さん?」


 振り返り声がした方を見ると、たった今、別れてきたばかりの老婆と、熊獣人達も姿を現した。彼らも転移してきたようだ。


「ようこそ。ルドラード辺境伯領へ」


 熊獣人の一人が声を掛けてくる。他の熊獣人達は微笑んでいた。


「もしかしてあなた達は、ここに?」

「そうです。我らが移ってきたのは最近のことですが、ここは良い所ですよ。ここの領地の皆は心温かくて、獣人達の私達にも優しく接してくれます」

「領主さまが人種関係なく受け入れて下さるおかげで、この領地では皆が仲良く暮らしています」

「妃殿下もすぐに気に入りますよ」


 先に移ってきた者達が言うのだから、それに間違いはないだろう。彼らの言葉を照れくさそうに、老婆が受け止めていた。それを見て察したクランベルは、老婆に声をかけた。


「ありがとうございます。宰相ライアンさま。処刑されそうな私を助けて下さり、バン達と共にこの領地に匿って下さったこと、感謝致します」


 潔く頭を下げると、バンやミーシャ、コマやブルアンも「ありがとうございます」と、それに続く。


「いやあ、止して下さい。頭をお上げ下さい。それよりも妃殿下には、私の正体がばれていたようですね? いつお分かりになったのですか?」

「今ですわ。牢番さんが魔法を扱えるだけでも驚きなのに、高度な技である転移術を用いて数名の者を同時に移動させましたし、熊獣人さん達がここの領地の事を誇らしげに語るのを、あなたは横で自分が褒められたように、嬉しそうに見ていらっしゃいましたから」

「これは参りましたな」


 ライアンは自分の顔の前で片手を振って見せた。すると三角耳と顔の傷が消えて、老齢の白髪頭に額や目の際に深く皺がよった男性の顔になった。クランベルが見知っている宰相の顔だ。


 彼女以外、みな驚かなかった。皆はライアンが魔法を使って、姿を変えていた事を知っていたようだ。その事からこのクランベル奪還計画は、以前から皆が計画していたのではないかと察せられた。


「やはり宰相さまでしたね」

「宰相は罷免されたので、元宰相になります」


 予想があたって微笑むと、苦笑が返ってきた。ライアン元宰相は、クランベルがこの国に嫁いできてから色々と気遣ってくれた人だ。帝国から連れてきた獣人のバン達を見て態度を変える事もなく、彼らにも親しく接してくれた。その理由に思い当たった。


「ライアンさまも獣人だったのですね? そんなあなたがどうやって前ロマ陛下とお知り合いに?」

「まずは館の中に入りませんか? そこでゆっくりお話を」


 ライアンは、正体がばれたせいか、宰相として接していた頃の口調になっていた。そのライアンに促されて、バンにエスコートされて館の中に入る。ミーシャや、熊獣人らは遠慮したのか後に付いて来ることはなかった。通された応接室では、バンが茶器を借りてお茶を入れてくれた。


「牢屋で私が話した闘技場でのことを覚えておられますか?」

「はい。覚えております。そこでは毎日のように獣人達の命を掛けた闘技が行われていて、観客はそれにお金を掛けていたと聞きましたが?」

「私がロマさまと出会ったのは、その闘技場で私が獣人奴隷として飼われていた頃です。あの御方はお忍びで闘技場にいらしていたようで、そこで行われていた獣人闘技に胸を痛めたのでしょうね。門番に抗議をしていました」

「なんか想像がつきます」

「妃殿下は、前ロマ陛下にお会いしたことがあるのですか?」


 ライアンが不思議そうに聞いてくる。クランベルは婚礼前に、この国を訪れたことはない。生前のロマ前陛下と会う機会はなかったはずなのにと、言いたそうだった。


「いいえ、ありません。でも、前ロマ陛下について以前、祖父から聞いたことがあるのです。祖父が若かりし頃、イモーレル国に商談に行った折り、そこでロマさまが無銭飲食して、食堂の店主から憲兵に突き出されそうになっていたのを救ったことから、親しくなったと大笑いして教えてくれました」


「そうでしたか。それは初耳です。私と知り合う前から、ロマさまは、ミデッチ家の前ご当主さまとは親しくなさっておいででしたから、その時のお話でしょうね。ロマさまは、王太子であった時から、ちょくちょく王宮を抜け出していたと聞きますし」


「もしかして、ライアンさまもロマさまを保護した形ですか?」


「まあ、そうですね。私の場合はロマさまが喧嘩を売った相手が悪く、ならず者あがりでしたので、その日、稼いだお金を握らせて黙らせました」


「それでロマさまは?」


「悪かったな。と、おっしゃいましたね。全然、悪びれる様子も無く。その顔に苛立ちましてね、自分の命をかけて稼いだ金が無駄になってしまった。どうしてくれると、八つ当たりしたところ、おまえの失った金を明日から何倍にもして稼ぐ方法があるぞ。と、言われて興味を示した私が馬鹿でした。王宮に連れて行かれて年中、ろくな休みもなく、王太子付きの侍従として、こき使われることになりましたからね」


「その頃は獣人の姿で、お勤めを?」


「いいえ、とんでもない。人間に化けろと言われました。ロマさまを助ける際、私は人間の姿に変化していましたが、助けた後にうっかり変化を解いてしまいましてね、魔法が扱えることがバレてしまったのですよ。それを見たロマさまから、他の者にバラされたくなかったら、大人しく自分の言うことを聞けと脅されまして、いやあ、酷い目にあわされたものです」


 そう言うわりに、可笑しそうに言うものだから、口で言うほど、酷くなかったように思われる。


「始めは王宮の右も左も分からず、どこから出て来た田舎者かと、周囲に馬鹿にされていた時もありましたが、5年ほどした頃でしょうか、私の働きに目を付けた当時の宰相さまが、側に置きたいとロマさまに言って下さり、その後、みっちり扱かれて何とか宰相としての立場を得る事も出来ました。ロマさまの言った、あの頃よりも何倍もお金を稼ぐ身になれましたよ」


 ライアンは寂しそうに笑った。そこには亡きロマ陛下との思い出を、振り返っているようにも思えた。辛かった過去も、今は昔のような感じなのだろう。

そして知っていましたか?と、訊ねてきた。


「この地は伝説の跡地でもあるのですよ」

「ルドラートが伝説の地? もしや、あのお話の中にあった先住民の?」


 クランベルは牢屋の中で、ライアンから聞いた話を思い起こしていた。この国には聖獣が治める聖都と呼ばれる高度な文明都市があり、独自の文化を持っていて、宮殿や街並みは、目が眩むような黄金で作られて大層、栄えていたと。


「もしかしてここには、その遺跡とかあったりするのですか?」

「そうですね、散歩していてそこからある日、ひょっこり遺跡の欠片が出てくる可能性はあるかもしれませんね」

「それは楽しみだわ」


 クランベルは嬉しそうに言いながらも、このままでいいのだろうかとまだ不安はあった。


「でも本当に宜しいのですか? 私達を匿ったりして? ライアンさまにご迷惑では?」


 ライアンは、自分の力をロマ陛下以外には隠しているような素振りだったが、あの処刑場で急にクランベルが姿を消し、離宮からもバン達が消えれば、いくらクランベルに関心のないイオバでも、異変に気がついて捜索をかけないとも限らない。

 元宰相であるライアンが、罪人のクランベルを匿ったと知れば、イオバはさらに辛く当たるのではないだろうか?


「私のことなら大丈夫ですよ。ただ、妃殿下には謝らなくてはならないことがあります」

「なんでしょう?」

「妃殿下の命をお助けするためとはいえ、あなたさまの許可なく、亡くなった事にさせて頂きました」


 申し訳なさそうに、ライアンは頭を下げてきた。


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