第4話・頼もしい助っ人たち
「……ル、ベルさま!」
「ん……?」
誰かが必死に呼びかけてくる声で目を覚ますと、執事のバンの顔が目の前にあった。どうやら気を失っていたらしい。
「気がつかれましたか? ベルさま」
「バン」
ここはどこかと体を起こすと、自分達は処刑台のある舞台下にいた。クランベルは、バンの膝を枕にしていたようだ。
「私の処刑はどうなったの? それにあの熊は? 今、巨大な熊が目の前に現れて……」
「ベルさま。もう大丈夫です。何も心配いりませんよ」
「怖かった。もう駄目かと思った……」
「貴女を絶対に死なせやしません。私がついています」
忠実な執事の言葉に目頭が熱くなる。処刑台に上がった時はもう駄目だと諦めていた。生きていて良かった。と、眦からこぼれ落ちた熱い滴が頬に伝わった時、背後から声がかけられた。
「ベルさま。済まねぇ。やり過ぎた」
「ブルアン……?」
自分の側で跪いているバンの脇から、申し訳なさそうに大男がひょっこり顔を見せた時、クランベルは不覚にも笑ってしまった。焦げ茶色の髪と、同色の瞳を持つ大男は熊獣人であるブルアンで、彼は長身のバンよりも一回り大きい体格をしているが、頭の上に出ている丸い耳が愛らしく感じられて怖さが全く感じられない。
人の良さが顔立ちに現れているような、優しい顔立ちをしている。彼は何か悪さをしてしまい、親に叱られるのを恐れている子供のように、バンの後ろから顔を出してクランベルを見ていた。
「どうしたの? ブルアン?」
「ベルさま。あの大熊は俺だ。ベルさまの処刑を止めようと、獣化して仲間と共にあの場に乱入した」
「……! あれはブルアンだったの?」
「はい。処刑台にいるベルさまを見たら気が急いてしまって。ベルさまを早くお助けしようとしたら……」
「私に驚かれてしまったと言う事ね。驚いたけど、でもおかげで助かったわ。ありがとうブルアン」
「ベルさまっ」
ブルアンにお礼を言っていると、ミーシャが数名の男達を連れてやってきた。彼らは熊獣人で、ブルアンと同じく頭に丸い耳と、お尻に丸い尻尾がついていた。
「ミーシャ。あら、テトロさんじゃない。それに皆さまも。どうしてここに?」
「ベルさま。皆さんは協力者なんです」
「協力者?」
テトロを始めとした熊獣人達は、気の良い行商人達で、いつも新鮮な野菜や果物、小麦などをクランベルの住む離宮へ届けに来てくれていた。クランベルも仕入れの際に居合わせたりしたので、彼らのことは見知っている。
「皆、ベルさまを助ける為に獣化してくれて、人間達を追い払うのを手伝ってくれました」
「それじゃあ、あの観客席に現れた大熊達はあなた方だったの?」
「はい」
「驚いたわ。でも、ありがとう。皆さんのおかげで命拾いしました」
「いえいえ、オレ達は妃殿下の為なら例え火の中、水の中いつでも駆けつけますよ」
「無実の妃殿下をギロチンにかけようだなんて、この国の人間達はいかれている」
「国王が馬鹿なせいだな」
熊獣人達は、クランベルの無実を信じてくれているようだった。
「皆さんは、私の無実を信じて下さるの?」
「勿論です。妃殿下はオレらを助けて下さったでは無いですか」
「えっ?」
「オレ達は普段、下町で暮らしていて自分達の手で育てた野菜や、果物や穀物などを売って生計を立てていますが、いつも人間達に馬鹿にされ、安く買いたたかれていました。それがブルアンさんに出会ってから、全て言い値で買い取ってもらえるようになりました」
「それはブルアンが行っていた事でしょう? お礼ならブルアンに……」
食品の買い出しは、ブルアンの仕事だったと言えば、熊獣人達は「それでもですよ」と言う。
「この国のことは妃殿下もご存じでしょう? 貧富の差が激しいことを。その中でも最下層にいるのは、オレら獣人と、貧困に喘ぐ貧乏な人間達。それが下町に集っている。それでも前ロマ陛下の治められていた頃はまだ良かった。救護院や孤児院など作られて、貧しい者達は無料で治療を受けられたし、新しい仕事を始めるまで補助金が受けられた。子供を孤児院に預けることも出来た。だけど、今の陛下になってからは、そう言った保護を受けることが出来なくなって、多くの者達が困窮して飢えに苦しみ、病気を抱えて死んでいった。もうこの国はお終いだと皆が諦めていました」
「でも、妃殿下が離宮に来てから少しずつ、希望が見え始めたんです」
「ブルアンさんは、オレらの作る作物を姫さんが美味しいと言っていたと言って、買い取ってくれていました。その上、離宮ではこんなに沢山の食材は必要無いからと言って、オレ達から購入した作物をお裾分けだと言って、孤児院や救護院に分けてくれた上に、炊き出しまでしてくれていました」
「ミーシャさんとコマさんは、ブルアンさんのお手伝いがてら、下町の困窮した者達や、孤児院などに顔を出して、妃殿下が離宮にあっても、そんなに必要ないからと言っていたと言って、真新しい毛布やベッドカバーにタオル、一度も腕を通してなさそうな既製服をくれて、お湯を湧かして風呂にも入れてくれました」
「こちらの恐ろしく綺麗なお兄さんには、暴漢から子供達を助けてもらった際に、己の身を助ける為にと、護身術を教えてもらいました。あとは妃殿下からだと言われて孤児院や、救護院に寄付金が毎月届けられていました」
「それというのも、妃殿下がオレ達に気を留めて下さったおかげです。陛下でさえ、オレらのことなど気に掛けることなどないのに。有り難いと思っております」
熊獣人達は口々に言い、クランベルに感謝していた。
「オレ達は、陛下の言ったことなど信じていません。他の獣人達だって妃殿下はえん罪に違いないって言っている」
「妃殿下のような御方をえん罪にかけるなんて。人間達は見る目がない。罰当たり者だ」
獣人達は憤慨していた。自分の事を思い怒ってくれる彼らの気持ちが、クランベルには有り難かった。イモーレル人達は、クランベルが断頭台に立った時、誰もが歓声に湧いていた。誰一人として彼女がえん罪ではないのかと疑う素振りもなかった。
「私のしてきたことは無駄ではなかったのね?」
「ベルさま。あなたさまは頑張って来られた。皆、それを認めています」
クランベルの呟きに、椿色の瞳が首肯して応える。自分にはこんなにも味方がいてくれたのだと、胸が熱くなってきた。
クランベルは嫁いで来た日に、華やかな王都の裏側では貧困に喘ぐ人々がいると知り心を痛めていた。この国は貧富の差が激しい。その差をどうにか出来ないかと思いつつも、お飾りの王妃には出来ることが限られている。今まで歯がゆい思いをしてきた。
幸いだったのは、宛がわれた離宮は「おまえにくれてやるから好きに使えばいい」と、イオバに言われたこと。その為、バンやブルアン達と相談の上、離宮に置いてある無駄な物を省き、必要最低限で暮らすことを決めた。獣人達が作っても売れないという食物を大目に買い、余分な食材や品物を孤児院や救護院に届けさせた。離宮に置いてある飾り壺を幾つか売って現金化し、寄付金を届けさせたりもした。
それによって全ての獣人や、力なき人々を救えたとは思わない。助けられたのは、ごく一部の者だけ。逆にそのことで助けた人に期待を抱かせ、それ以上のことを求められた時に、どうしたらいいのか? その事が常に頭の中でついて回った。
そう考えると、自分のしている事はほんの些細な事で問題解決には至っていない。無駄な足掻きのようにも思われて、一度だけ王宮に出向き、寵妃の元に顔を出そうとしていたイオバに出くわし、言上したことがある。しかし、イオバはいい顔をしなかった。
「身分差があるのだから、貧富の差が出るのは当然のことだ。この国を良く知りもしないくせに、金持ちの道楽で余計な口出しをするな。よそ者のお前は離宮で大人しく引っ込んでいろ」
そう言って「さっさとこの場から出て行け」と、手で追い払われた経緯があった。
夫のイオバからは何も求められていない。そればかりか「よそ者」発言から、自分は「帝国から来たお荷物」としか思われていないのだと、嫌でも悟る事になった。
でも、こうして獣人達からお礼を言われて、ほんの小さな事でも自分がやって来たことは、無駄では無かったのだと思えた気がした。
「これは私だけでは出来なかったことよ。これもみな、ブルアンやミーシャ、コマやバン達の協力あってのこと。皆ありがとう」
至らない自分に付いて帝国から同行してくれた、頼もしき獣人達がいなければ自分は挫けていた。お礼を言えば、ブルアンや、ミーシャは気恥ずかしそうにしていた。バンはむすっとしている。どうも彼だけ他の獣人達に名前を認識されていなかったことを知り、面白く思ってないようだ。感情をあまり露わにすることのない、彼の意外な一面が見られた気がして、クランベルはクスッと笑った。
「ベルさまぁ──」
「コマ」
「ベルさま。無事で良かった……」
そこへウサギの獣人コマが駆けつけて来た。ふわふわの亜麻色の癖毛に、琥珀色の瞳をした人懐こい少年で16歳になる。帝国から来た仲間うちでは一番、年若くクランベルは弟のように可愛がっていた。彼は抱きついてこようとしたが、彼女を横抱きにしているバンに、長い足で蹴られて叶わなかった。
「邪魔だ」
「酷い~。バン兄(にい)ったら、狭量だと嫌われるよ」
「放っておけ」
意味不明な言葉に首を傾げると、バンは渋面を作り、コマやブルアン達は苦笑する。
「ねぇ、バン。これからどうするの? 私の命は助かったけど、皆がそのことで罰せられたりはしない? 私は罪人のままだし……」
闘技場に大熊が現れたことで、皆がパニックに陥り、クランベルの処刑を見に来た人々は逃げていったが、いつ陛下が処刑場に残してきたクランベルを思い出し、処刑のやり直しをする気になるか分からない。
そうなったら罪人である自分を庇ったバン達が危ういことになる。不安に駆られそうになると、バンは大丈夫だと微笑んでいた。
「心配はいりませんよ」
「そう? 帝国に帰るの?」
クランベル達がここから逃げ出し、助けを求めるとしたら自分達の祖国、シオーマ帝国しかないように思えた。しかし、バンは首を振った。
「いいえ。ルドラード辺境伯領に今から移動します」
「ルドラード辺境伯領? あそこは確か……」
ルドラード辺境伯領と言えば、元宰相が治めている地だ。今は亡き前ロマ陛下の忠臣だった人で、イオバが王となってから不興を買い、宰相を辞して自領へ帰ったと聞いている。その元宰相のもとへ身を寄せる?
「あちらには話が付いております。何も問題ありませんよ」
「バンさま。準備は整いましたかな? ルドラードへの道はわしが開きます」
クランベルが疑問に思っていると、バンの背後から見覚えのある老婆が姿を見せた。
「牢番さん」
「妃殿下。間に合って良かった。ささ、後始末はわしらにお任せ下さい」
「無理はなさらないで」
クランベルをえん罪に追いこんだ陛下のことだ。彼の非道な行いが彼らに向かわないとも限らない。不安に駆られると、老婆や熊獣人達が任せて下さいと胸を叩いた。
「大丈夫ですよ。クランベルさま。我らを信じて下さい。それよりもサッサとこの場から退散しないと、あの陛下が姫殿下のことを思い出したら大変です」
熊獣人達は「さあ、お早く」と、言い、老婆を促す。
「ライアン殿。お願いします」
「かしこまりました。では妃殿下の側近の御方がた、クランベルさまの側に寄って下さい」
老婆の口調が変わった気がする。それと老婆の名前にも聞き覚えのあるような……と、訝っている間に準備は調ったようだ。
バンと共に立っている場所へブルアン、ミーシャ、コマが集う。老婆が何やら呟き始めると、皆の周囲を取り囲むように丸く光の輪が現れ、そこから柱が立った。
老婆は魔法を扱えたらしい。それも上位魔法の転移術。牢番さんはもしかしたら……? と、思っている内に、温かなものに包まれて、体が浮上するのを感じる。
「妃殿下。また後で」
「皆さん、お気を付けて」
光の輪の外から見守るように老婆を始め、熊獣人達が手を振ってくる。彼らの言葉が再び会えるような気安いものに思えて不思議に思ったのだけど、その理由が分かったのは転移してすぐのことだった。
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