第33話
薄紅、レモン色、瑠璃……鮮やかだけど柔らかい、見たこともないような色とりどりの花々と果実。むせかえるような、でもどこか安らぐ植物の香り。岩壁にはめこまれ、どこからともなくその空間に忍び込んだ光を爛々と照り返す水晶。つんと冷たくて気持ちいい空気。地面からみずみずしく生い茂る雑草の絨毯の上にしばらくへたり込んだポレットは、地下世界とは思えないその光景に、白昼夢を見ているかのようにうっとりと辺りを見回した。
「綺麗、すっごくきれい……」
まるで悪戯好きな妖精に魔法を掛けられたかのようだった。先程の壁画の空間とはあべこべの、絵本で読んだ妖精の故郷のような景色。ポレットはほっぺたを軽くつねったが、跡が赤くなっただけだった。
「うわっ!」
その時、後ろで叫び声と共にドスンという音がした。ポレットが後ろを振り返ると、穴から吐き出されたジュリアンが草むらの中で尻もちをついている姿が目に入った。
「いてててて……」
痛そうにお尻をさするジュリアン。どうやらまた着地に失敗したようだ。ポレットはすっくと立ちあがってやれやれと首を軽く振った。
「ジューリアン、この試練が終わったら道場でビシバシ鍛えてあげるからね」
ポレットの冷たい視線にばつが悪くなり、慌ててそっぽを向いたジュリアン。彼はそのままゆっくりと立ち上がり、草花が生い茂る不思議な空間を辺り一面見回した。
「ここは……ここも遺跡内部なの?」
「なの?って言われても、あんたのほうが詳しいでしょ。それにしてもここって地下のすっごく深い場所よね?なのになんでこんな楽園みたいな風景があるのかしら?」
ジュリアンが腕組みをしながら何か思案している最中に、モンシロチョウによく似た薄緑色の斑点がある蝶がポレットの頭上に止まった。どうやらこの空間には生き物もいるらしい。そういえばどこからか水が流れる音も聞こえてくる。
「おかしいな、第二ルートにこんな場所はなかったはずだよ」
ジュリアンから発せられた台詞に目が点になるポレット。
「へ?どういうこと?」
「昔よくコリンヌと2人でペリエ遺跡に関する本を読んでいたのさ。それには当然第二ルートを選んだ4人の日記や、宝物を奉納する遺跡管理局の記録も含まれていて……。そこには迷路、パズルのような図形の解読、目に見えない床とか、あとはある場所に松明を灯すと浮き上がる紋様とかさ、いろいろな仕掛けや知恵試しのことが書いてあった。でもこの空間のことは何も書いてなかったんだ。深部の宝物庫以外、どの場所もさっきの壁画の空間のような暗い場所だったって書いてあったよ」
ポレットの頭に止まっていた蝶が羽をゆっくりと羽ばたかせ、危うげに飛び立っていった。ポレットは呆然とした表情でジュリアンを見た。
「じゃあ私たち、今どこにいるの?」
おとぎ話のような風景とは不釣り合いに、ポレットの胸は恐怖でバクバクと音を立てていた。その様子を見たジュリアンは落ち着いた様子でポレットの目を見た。
「とにかくマチアスが到着するのを待とう。こんな時だからこそ、大人に任せたほうがいいと思うんだ」
「そ、そうね。子供2人で何ができるって訳でもないし……」
ガサガサガサ……。草が不自然に擦れる音が前から聞こえてきた。2人が一斉にその方向に目を向けると、数十メートル先に2つの人影が見えた。それはボロをまとった子供と、その子供に手を引かれたコリンヌだった。
「コリンヌ!」
ポレットが声を上げたものの、コリンヌは後ろを振り返らずに子供に手を引かれたまま前方に向けて走っていった。
「コリンヌ、行っちゃだめだ!」
ジュリアンは前方めがけて駆け出そうとしたが、ポレットは慌てて彼の手と服を掴んだ。急に引き留められた格好となったジュリアンが、珍しくポレットに非難がましい視線を向けた。
「ポレット、離してくれよ!コリンヌが……」
「ねえ、あれ見て!」
ジュリアンはポレットが指さした方に目を向けた。その先にはあるはずのものがなかった。二人をこの空間に吐き出したはずの穴、その場所は他の壁と同じように小さな水晶の原石がキラキラと輝く岩があった。
「穴が……ない」
◇◇◇
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