第2話

「あの子がね、あなたに会ってお話したいことがあるって言うのよ」

「ジュリアン君が?」


 あの泣き虫ジュリアンが私に?ポレットは腕組みをしながら首を傾げた。


(昨日のお礼かしら、何だか面倒臭いわね……)


「それで声を掛けたってわけ。ジュリアンったら、図書館であなたを見掛けたから一緒に来てくれないかって息を切らせて家に駆け込んできたのよ」


 ポレットは心の中で忌々しく毒づいた。


(何の用事か知らないけれど、ママにお願いせず自分から話しかけてくればいいのに。そんなんだから虐められるんだわ)


「え~と、ジュリアン君は今どこに?」


 ジョゼットが二回手を叩いた。どこに居たのか、高級そうなダークスーツに身を包んだ若い男が音もなくジョゼットの元に駆け寄ってきた。


(わあ、随分ハンサムな男ね)


 ポレットは思わずこの男に見惚れてしまった。


「マチアス、ジュリアンをここに連れてきて頂戴」

「かしこまりました」


 そう言ってマチアスという男は静かにカフェの外に出て行った。


「すぐ近くに待機させているからそう時間はかからないはずよ」


 そう言いながらジョゼットは腕時計をちらりと見た。それはポレットが母親の目を盗んで読んでいた婦人誌によく広告が出されている、平均年収の3年分はする王家御用達の超高級時計だった。まさか実物を目にする機会が来ようとは。ポレットはあんぐりと口を開けて時計に魅入ってしまった。


「ケーキだけじゃ物足りないでしょう。何でも好きなものを頼んでいいのよ」

「そ、それじゃあガレットとオレンジジュースを」


 ポレットは目の前の若さ、美しさ、富、地位のすべてを持ち合わせた女性に圧倒されていた。若干25歳のジョゼットは10歳の双子と9歳の男の子の三児の母だというのにウェストは少女のようにほっそりとしており、背も高くスタイルも抜群だった。膨らんだ柄尻に水色の石がはめ込まれた金スプーンを持つ細く長い指、アンティーク調の薔薇柄マグカップをそのスプーンで掻きまわす落ち着いた所作……彼女のあらゆる体の部位、動作の一つ一つがグレイスフル&エレガントだったのだ。ポレットは微熱に浮かされたかのように彼女の一挙一動を目で追っていた。


(こんなに若くて綺麗なお母様がいるのはどんな気分かしら。それにしても何でこの素敵な女性からジュリアンが産まれたんだろう……)


「お連れしました」


 マチアスと呼ばれた男が音もなく横に立っていたので、考え事をしていたポレットは思わず体を震わせた。


(この紳士は東洋の島国ジャポレーンにいるニンジャとかいう武芸者の元で修行をしたのかしら……)


 彼の横には白金色の髪を掻きながら恥ずかしそうにそっぽを向いた少年が立っていた。ジュリアンだ。


「ジュリアン、ご挨拶は?」

「ちわ……」

「ジュリアン!」

「はっはい!あの、マドモワゼル・アルカン。こんにちは」


(相変わらずオドオドしちゃって……)


 ポネットは呆れた表情でジュリアンを見た。


「まだお早うじゃないかしら、ムッシュ・アポリネール」

「あ、うん……そうだったね」


 ジュリアンはポネットの眼をまともに見ずもじもじとしている。ポレットはおどおどしている奴を見ると一言いいたくなる性質たちだったが、ジョゼットの手前、既の所すんでのところでこらえた。


「ジュリアン、私がいると話しにくいでしょう。少しの間図書館を散策するから、その間にお話を済ませなさい」

「はい、ママ」


 そしてジョゼットは去ってしまったが、近くではマチアスという男が直立不動の姿勢で立っている。ポレットはハンサムな殿方の存在に落ち着かずちらちらと彼を見た。その様子に気付いたジュリアンは、会話のきっかけができたと言わんばかりにポレットに話しかけた。


「ああ、マチアスなら大丈夫。元軍人だから口は固いんだぜ。僕の許可がない限りママにだって何も話さないよ」

「あら、そうなの?何か他の人に聞かれちゃまずい話?」

「うーん、他の人に知られると恥ずかしいというか……」

「だいたいさ、なんであんたのママが仲介するのよ。男だったら自分から話に来なさいよ」

「いや……それは……その……」


 マチアスが優しい笑顔を浮かべながらポレットを宥めた。


「ジュリアン様は随分お悩みになられたのですよ。確かにジョゼット様にお願いはされましたが、それでもご自身の意思で女性への御声掛けを決心されたのはこれが初めてなのです。貴方のような素敵な女性に緊張してしまうのは無理からぬことですよ」

「す、素敵な女性……」


 ハスキーボイスの甘い囁きに酔いしれるポレット。


「マチアス、いいよ別に……確かに僕は意気地なしで……」

「ま、まあ私もそんなに忙しい訳じゃないから」


 マチアスのイケメンっぷりに、現金なポレットは話を聞いてあげようという気になった。


「ほ、本当?」


 目を輝かせてこちらを見るジュリアンに、ポレットは急に緊張してきた。これはもしや、もしかして……告白というやつでは。ポレットは無意識に髪を手櫛で整えた。


「実はさ」


(で、でも、私たちまだ10歳だし……でもでも同級生にもカップルは何組かいるし……でもでもでも、許嫁の話になったらどうしよう。落ち目の小説家であるシモン・アルカンの娘と貴族の出で大富豪のアポリネール家では格が違い過ぎるわ。ああ、これが身分違いの恋ってやつなのね)


「実はさ、一緒に宝探しをお願いしたいんだ」

「へ?」


(た、宝探し?)


◇◇◇

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