第104話 あのおっさん

『えー、で、何するんですか? ルイハはナンパを待てって言ってましたけど』

「だから待ってるよ」

『御主人様…二胡子様がひとりで静かに佇んでいる神々しいお姿に話しかける勇気を持てる猛者はいないんじゃないですかね〜』


 この世界では珍しい黒髪も相まって、二胡子はまるで幽霊か精霊か、ともかく霊的な存在にも見える。


「いや、そんなことはない」

『ご主人さまが言うならそうなんですね』


 魔剣が納得している。あれで説明になるとは、慣れたものだ。軽く(?)カオスである。


 そして、醸し出されるカオスに打ち勝った猛者がいた。


「お嬢ちゃん、俺と一緒にカフェに行かないかい?」


 二胡子に話しかけてきたのは、洒落者ほど洗練されてはいないものの、おしゃれなイケメンのカテゴリには入りそうな青年だった。


 これで二胡が彼氏募集中の年頃の娘であれば内心ほくそ笑みでもしたのだろうが、二胡で、男である。


「ローリランのソウカンミが食べたい。奢って」


 こうなるのは必定であった。


「通だね!安くはないけど、太っ腹になろうじゃないか」


 青年のほうも少し変わっているようだ。


 ローリランでは何故かVIP席に通された。どこの店舗でもVIP席が付属しているらしい。


 密談に最適なVIP席が当たるとは、流石二胡だ。


「それで、協力してくれるの?さん」

「あれ、気づいてたか?」


 青年が不敵に笑った。


「うん。《マーク》してたからね」

『マーク?ああ、大精霊がブラックリザードマンの時にやってたやつですか』

『ちゃっかりしてますね〜。っていうか魔剣よく覚えてたね〜』

『記憶力には自身があってな』


 魔剣が胸を張る。それいいことなの〜? と聖剣が聞くと、黙ってしまった。


「にしても、よく俺だって思ったね」

「人の顔は絶対に忘れないんだ。細部まで思い出せるから便利だぞ。まあ、お前を見たときは驚いたけどな」

『稀有な才能だね〜』

「すごい才能なんだね。記憶力もすごいや」

「それくらいはあって当たり前なのが星5だからな。自慢にもならない」


 本当に何も自慢せず、町娘は断言した。


『だってさ〜』

『へふ…。すんません』

「ところで、どうしてこんな回りくどいことをしたの?」


 魔剣を無視して二胡が町娘に問いかける。なお、その意識の半分はパフェに向いている。


「まあ簡単に言えばお前を試すためだな。危機管理能力がなさそうだったし」 

「よく言われるけど、ひどくない?」

「いいじゃないか。見た目で舐められやすいのは長所だぞ。少なくとも闇の世界ではな。悪人ホイホイなんて呼ばれてる星5がいるくらいだ」


 話しつつ、町娘もまたソウカンミを食べる手が止まらない。見た目は男なので町娘というのは少しわかりにくいが。


「まあ、分からなければ情報を落として帰るだけだがな」

「いい情報があるの〜?」

「そういうことだ。仕事だからな。たまたま耳に入ってきた話だ。話の流れで落とそうかと思ったが、折角だから俺も作戦に参加しよう」

「オッケー。そういえば名前は?」

「名前か?即席だから考えてなかったが…んじゃラオスにでもするか」

「なんで?」

「知らないか?伝説の剣聖の名前だよ。今はしがないおっさんなのが面白いんだ」

「ふうん?」


 剣聖ってなんやねん、というのが二胡の正直な感想である。武闘大会で優勝したら勇者だから、剣道大会で優勝したら剣聖なのだろうか。


「この前の武闘大会も、お前と同じ抽選枠でエントリーしてたらしいぞ。お前もあってるはずだよ。普通のおっさんなのに、偶に風格がある。受からなくてよかったと奥さんにシメられながら笑ってた」

「あ、あのおっさん?」


 喧嘩の仲裁をしがちな普通の、偶にやたら風格のあるあのおっさん。


 剣聖なんていう大層なものだったらしい。


「その奥さんが、元は王女様だってのも面白いよな」

「そうなの?リアンに妹が?」

「呼び捨てはやめとけよ。そういうことじゃなくて、別の国だよ。一目惚れやら何ならあったらしい」


 恋バナというか、噂話が好きらしい。以外だ。


「にしても、うまいなこれ」

「でしょ?」


 やはりローリランのパフェは世界一だと確信した。


 ◇◆◇


 聖水の乙女の屋敷に来た時から、おかしいとは思っていた。まあ、星5ならそういうこともあるかと思ったのだが、やはり間違っていなかったらしい。


「なあ、俺いるか?」


 部屋でティータイムを楽しむ錚々たる面々に、町娘…ラオスは迷わずツッコんだ。


「え?」

「まずそこにいるのは俺の同僚二人だな?それだけで十分にオーバーキルだな?あとここ聖水の乙女の屋敷な?で、そこで何やら初めて見る色味のハーブティーを入れているのは王弟だな?んで、そこのクッキーをつまんでるのは教皇夫人の息子で、教会が全面協力してるらしいな?」

「そうだね」


 ラオスは頭を抱えるのをなんとかこらえた。


「いるか?俺」

「いるわ!人手、しかも男手よ!大事だわ!」

「え?何?」


 後ろから聞こえてきた声に、振り向く。白髪の青年を背負った美女と、その隣でダークエルフの血を引いているらしき少年を、覚束ないながらおぶった美少女がいた。


「何だこのカオス。あ、大丈夫か?」

「大丈夫じゃないのは見てわかるでしょ?リアン、あの芋頂戴。体力回復するやつ!」

「あ、だいせ…うん、わかった」


 王弟が呼び出したと思しき扉から、何かしらの植物と思しき物体を取り出した。


「ダークエルフの子?」

「青葉よ!あ、二胡くん手伝って」

「何すればいい?青葉は二人に任せて大丈夫そう?」

「ええ。ダークエルフの子をルイハのところに」

「お任せあれ〜」


 二胡がルナからダークエルフ風の少年を受け取る。


「お嬢さん、大丈夫ですか?」


 すかさずレオニが声をかける。下心が透けて見える。美少女は敏感にそれを感じ取ったようで、あからさまに嫌そうな顔をしていた。


 レオニも傷ついたような顔を作る。


(やっぱコイツ嫌いだな)


 魂からして適合していない気がする。


「取りあえずこれを飲んでください」


 ルイハはいつも通り冷静に対処し。


「ふう…。結構回復しました。ありがとうございます」


 謎の食べ物を食した青年が意識を取り戻し。


「大丈夫かい?とても美人だね」


 レオニはナンパし。


「落ちてたよ」


 二胡が奇跡のバランスで青葉と呼ばれた青年にかつらを付け直していた。


 やり場に困った視界に、ふと困惑した様子の、教会から来た青年が映る。


 まさか人生で、ここまで教会の人間と心を通わせることになるとは思わなかった。

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