第103話 青葉とルナと大精霊

「ルナ。何でこんなところに?」

「おじさん、また騙されちゃって。…やっぱりあんただった?」

「うん。一応確認だけど、ルナの言うあんたっていうのは、僕のことかな?」

「あーうん、そう。白い髪の滅茶苦茶美形な」

「光栄です。白い髪ってことはやっぱり僕で間違いないんだよね」

「うん。なんか藍色になってるけど。っていうかどうしたその顔。顔だけ見ると別人だね。きれいだし纏う僕不幸感があんたにしか見えなかったけど」

「なんか悲しいな。この顔はまあ、主様の手伝い、というか仕事だよ」

「そうなんだ。羨ましいなその顔。まあ、不幸呼んでるのは乙だけど。絶対あんたにはなりたくないけど」


 自分でも嫌だなと思う青葉は苦笑した。あとちょっとムカついた。


「僕もそう思うよ。あと、僕も天職が奴隷なルナにはなりたくないかな」

「酷い!」

「いやでも、この状況はもう自分から奴隷になりに行ってるようなものじゃないか」

「そんなこと無いわよ!ちょっとおじさんが騙されちゃっただけよ!」

「この短期間で、こんな稀代の悪環境下に?」

「いやまあ、否定はしないけどさ」

「というか、主様から聞いた話だと主様に助けてもらった後わざわざ奴隷に戻ったんだよね。2回も」

「うん」

「もう天職でしかないよ…」


 ルナと青葉は何度か会っている。ルナの天職が奴隷なこと、そして青葉の不幸体質故である。


 まあ、久しぶりでもこうやって軽口を叩きあうくらいの仲ではある。


 一応苦楽(楽はほぼ皆無)を共にしてきた仲間だったりするのである。


「おい!なにサボってんだ!あ?侵入者か?ふざけんじゃねえぞ!」

「ごめんなさい、ノウキン様」


 ルナが見つかってしまったようだ。


「うるせえ!」


 ノウキンというらしいマッチョが鞭を振りかざす。


「キャア!」


 奴隷が天職とは思えない、女子力の高い悲鳴である。ぶっちゃけマゾではと危惧していた青葉は、とりあえず安心した。


(まずい、これは死ぬ…!)


 一方のルナは結構ヤバい状況だったようだ。しかし、一向に痛みが襲ってこない。


(…これ死んだか?)


 ルナは一瞬思った。しかし、顔を上げたことによってそれは杞憂だったことがわかった。


「大丈夫?」

「え?」


 青葉がルナを庇っていた。尚、攻撃無効なためダメージはゼロである。痛覚無効も持ってるし。生命力高いし。


 ものすごい攻撃に襲われても、青葉が庇えば大凡問題などないのだ。


「あんた…何した?」

「普通に庇っただけだよ」

「いや、無傷やん」

「うん。僕攻撃無効らしくて」

「怪我の功名だね!」

「ああ、確かに。ふふっ、何の因果かな」

「えっ何唐突に。怖い」


 ルナがちょっと引いている。青葉も奴隷が染み付きすぎているルナに引いているので二人の距離感は同じくらいである。


「てっめえらー!」

「おっと」


 ノウキンがまた鞭を振り回した。今度は大精霊の結界でブロックする。


「これは倒さないとイタチごっこですよね…。どうしますか?」

「え?何、唐突に」


 遂に頭がイカれたか、とルナは思った。


「主様の能力の一部だよ」

「なるほど!」


 ルナは一瞬で理解した。納得した。


(本当に狂信者だな…。まあ、暴発はしないし大丈夫か)


 青葉は取りあえず放っておくことにした。二胡(子)による影響なら、青葉にできることはほぼ無いだろう。


『そうね。青葉の能力も、ダメージが無いから使えそうにないし…。私の結界で挟み込んで潰す、とか?』

「いいですね。ちょっとグロそうですけど、慣れているので問題ないです」

「無理!グロいのとか問題おおありよ!」

「慣れてないの?」

「いや、慣れてはいるけどさ。見たいものでも無いじゃん?」

「ルナの言うとおりだけど、それって死んでも?」

「う…違うけど」

「じゃあ、お願いします」

『わかったわ。任せなさい』


 大精霊は頼もしいお姉さんだった。


『思ったのだけど、青葉って人を殺したことがあるの?』

「人殺しですか?ええ、まあ、はい」

『やっぱり。慣れ過ぎだもの。忌避感はなかった?』


 意識から追いやっていた眼の前のグロ映像に少し目を向け、青葉は頷いた。


「それはもちろんありましたし、今も全然したくないです。でも極限状態だったので、そのときは無我夢中でしたね。今は後悔してませんよ」

『今はってことは、昔は後悔したの?』

「はい。結構な頻度で死んでたほうがマシだったなと思っていたので」

『笑えないわね…。でもまあ、今は後悔してないんだ』


 なんだか嬉しいわ、と大精霊が微笑んだ。母性にあふれていた。


「ええ。生きていてよかったな、と。一番噛み締めたのは、パフェ…ソウカンミを食べたときでしょうか」

『そうね、食事は生の源だから。でもそっか。感触を思い出して気持ち悪くなったりしない?こういうケアは大切よ?』

「大丈夫です。自分の手で殺したわけではありませんから。それに、疲れすぎて記憶があまり無いんです」

『不幸中の幸いね。二胡くんはあっさりやってたけど、彼は別枠ね。きっと、死の意味も理解してるんでしょう』

「なんですか?」

『精霊とか、神様の世界の話よ。二胡くんならありうるかもね』

「はい」


 ほぼ確信しつつ、青葉が頷いた。続いてかかった声に、もうひとりの同行者の存在を思い出す。


「あのー、ちょっと気になってたんだけどさ」

「何かな?」

「誰と話してるの?」

「え?うーん、なんというべきかな」

『二胡くんのお姉さんよ』

「主様の姉君だって」

「え、二胡子様の!?どこ!?ご挨拶しなきゃ」

『いいわよ』

「いいって」

「そう…」


 ちょっとだけルナが落ち込んでいる。


「まあまあ、元気を出して。ほら、目的地に到着だよ」


 青葉が指を指した先には、大勢の若者たちがいた。


『うわあ、酷いわね』


 大精霊が思わず眉をひそめるほど、彼らは痛めつけられていたのだが…。


「まだマシな方ね。あれなら一般人が紛れてても後遺症は残らないわ」

「心的外傷は残るかもだけど、充分付き合っていけそうだね」


 元奴隷の青年と奴隷が天職の少女は、冷静に分析していた。


『ちょっと、早く助けてあげないと可哀想よ』

「はい。ルナも協力してくれるかな?」

「もちろんよ」


 まさか自分が誰かを助けるとは、と、ルナは驚き、満足気に微笑んだ。

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