第100話 集まる その2

「う〜ん、噂の出処は分からなかったよ。新聞になっちゃってるから、どうしてもね。わかったのは随分浸透してるってことくらいかな〜」

「僕達も二胡と同じようなものだね。似てるけど、ネザの時より状況は芳しくないねえ」


 リアンが腕を組んで唸る。


「ネザっていうのは、プリンスや支配人と組んだというあれですか?」

「そうそう。あのときはまあ、オールスターのオーバーキル(※レベルカンスト)的な感じだったからね〜。栄えているって言っても王都と規模は比べ物にならないし、事例も難しいね」

「何を言っているのか前半はよく分からなかったけれど、まあそうね。でも、ここは聖水の乙女や王族のお膝元だわ。やりようはあるわ」


 ランがウインクした。


「私も、待っている間に手は打っておいたから。ほら、噂をすれば」


 また、来客があったらしい。ランが出ていき、男だらけの空間が気まずい。


「二胡殿は、ラン様が好きなのですか?」

「え?好きだよ。付き合いはそんなに長くないけど、いい友達だね」

「そういうことではないのですが。まあ、しかし、それが絶妙な距離というものなのでしょうね。僕は、ラン様が可哀想なのでいずれ実れば何よりかなとも思いますが」


 恋バナになったのはなぜだろうか。しかしまあ、恋愛話が好物なのは何も女だけではない。


「二胡様は、もし彼女と付き合うことになったらどう思いますか?」


 クズらしい野次馬根性で首を突っ込む男が此処にもいる。


「楽しいんじゃない?でも買い物に行ったり、あんまり変わらないかもしれないけど。あ、そうなったら初めての彼女だね」

「初めてなの!?僕でさえ、一回付き合ったことあるのに…」

「え、リアンが?」

「いいですね、その話、聞きたいです!」

「去年の話なんだけど、なんか胸のおっきい美人が来て、婚約?したんだよね。それで、まあ何日か一緒に過ごして。で、しばらくしたら居なくなったけど」

「不思議な縁があったんだね〜」


 二胡が青葉の入れたハイビスカスティー(モドキです)を飲みつつ、頷く。さも当たり前の反応をしたような顔をしているが、無論これが常識などということはない。


「いや、それはなんか違うような…」

「もしかして、王子妃様でしょうか?」

「誰?なにそれ?」

「王弟陛下の婚約者ですね。一応籍は入れているので、奥様とも言えるのですが、事実上の婚約状態で…」

「へえ、初耳。あの子、婚約破棄になったんじゃないのかな?」

「え、リアンって既婚者だったの?初耳なんだけど。あ、待って、王子妃?」

「どうかしたの?二胡」

「会ったことあるよ、その人。技工に来てて、依頼を受けて簪を作ったんだ」

「えー、美人だった?」

「うん。でもなんか、一人称が妾だった」

「そうなんだー。気が強いのはちょっとなー」


 うんうん、とちょっと楽しそうなリアン達に、ルイハもレオニも思った。


(いや、何でお前が知らないんだよ。人生で唯一の彼女なんだから覚えておいてやれよ)


 リアンは興味がなかったのかもしれないが…しかし、それにしても酷い忘れっぷりである。


 青葉もちょっと微妙な顔をして、妙な雰囲気になった部屋に、救世主が現れた。


「二胡、みんな。新しいお仲間です!」


 ばーん、とランが後ろの人物を前に押し出した。


「お三方とも、お久しぶりですわ」

「マリア様。お久しぶりです。お元気そうで、何より」

「ふふ、ありがとうございます、ルイハ」

「教皇夫人のマリア様とは…。覚えてくださっているとは、光栄です」

「あなたほどの騎士ですもの。私達の聖騎士になって頂きたいと思ったほどですわ」


 うふふ、とマリアが優雅に微笑む。流石は星5だけあって、教皇夫人とも交友関係を築いているらしい。


「ああ、二胡殿。いえ、二胡様。武闘大会ぶりでございますわね。優勝、おめでとうございます。貴方様のお陰で、息子も一命を取り留めました。技工ギルドで貴方様に出会えたこと、わたくしは神に感謝しきれませんわ」


 先程とは比べ物にならない熱量で、マリアは二胡に挨拶した。


「何よりです」


 二胡も笑う。目を潤ませながら、マリアは何度もお礼を言った。


「ふふ、本当にありがとうございました」


 少し落ち着いて、椅子に座りつつマリアは微笑んだ。


 狭くなってきたので、部屋に隣接されたお茶会室のようなところに来たのだ。


「どうぞ」


 青葉がハイビスカスティー(モドキ製)を差し出す。色は青だ。


「まあ、きれいな色ですわ。香りも素敵…」


 マリアは目を輝かせた。女性だからか、やはりこういったものは好きらしい。


「ありがとうございます」


 お礼を言い、マリアは青葉と目を合わせた。


 そして。


「まあ、貴方、その髪色…その若さで…ああ、何てことかしら」


 涙を流し始め、急に沈んだ。この人も、リアンほどではないにせよ情緒不安定らしい。


「可哀想に…」


 何故か青葉を抱きしめた。


『ええ…初対面の人と、ハグ…?しかも異性と…?イケメンと…?』

『大精霊って意外に初心か?』

『違うわよ!』


 大精霊が怒り出した。精霊だけあって、あまり恋愛には興味がない、というか、縁がないらしい。


「あの、ちょっと苦しいです」


 胸が青葉の呼吸を妨げているようだ。最初は顔色一つ変えなかったのだが、徐々に青くなってきている気がする。


「マリア様、ちょっと死にかけてます!」

「あら、ごめんなさい。大丈夫?」

「はい。問題ないです」


 青葉が息を整えつつ答えた。


「よかったわ。ごめんなさいね、胸が当たるなんて。でも、年頃の男の子なら顔を赤らめるくらいはしなきゃ」

「あ、えっと、すみません。僕娼館に居たことがあって、慣れてしまっているというか…」

「まあ!穢れていたなんて…、可哀想に。教会で洗礼を受けてはいかが?」

「死にかけましたが一応まだ未遂です」


 慌てて、いや、意外に落ち着いて青葉が否定した。


「マリア様。娼館は確かに穢れているかもしれませんが、必死にそこで生きている人もいるのですから、あまりそう真っ向から否定しては、差し障りがあるのでは?」


 レオニが真面目なことをいい出した。いや、今までも真面目なことを言っているのだが、中身が中身なのであまり目立たない。


「そうですわね。でも、そんなものは神が殲滅してくださいますわ」


 と、マリアが胸の前で十字を切る。


「あー、マリア様、宗教的なことはあまり押し付けないほうがよろしいかと。もう一人、いらっしゃいますよね?」


 空気が悪くなったのを察したランがフォローする。


「まあ、そうですね。紹介しますわ。私の息子で、二胡様に命を救われた、リキストです。今回の事例は見逃せません。私達親子も強力いたしますわ」


 マリアによく似た、焦げ茶の髪と目のイケメンが出てきた。


「この度は、ありがとうございました。恩は返しても返しきれませんが、よろしくお願いします」


 リキストが甲斐甲斐しく礼をした。


 そしてなぜか、二胡の足元を見て驚いている。

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