第97話 リアンの庭 その3
「…疲れた」
ラザニエールは深い深いため息をついた。
先程までの庭探検は、思い出したくもない衝撃の数々だった。
たとえば、あのダンジョン…。
「ちょっとした事故でここに繋がってしまったものです。ちょうど暇だったので色々いじったところ、どこでもドアーになりました」
と、リアンが言った。
正直、何を言っているのか分からなかった。
それはリアンも察したらしく、何故か扉を開けて中に入れようとする。
ロバナンは罠が何かではと勘ぐっていたようだが、ラザニエールは気にせず中に入った。リアンなら、いや国王ならば、そんな回りくどい手を使わずともラザニエールの始末は簡単だからだ。
「普通のダンジョン、ですね?」
「はい。中はいじっていません。長さの調節もできますが、何分大きいもので、出口はだいたい此処らへん、としか設定できないのが難点ですね」
「…随分、広いですね」
「はい。ラズベリーダンジョンの中でも大きい方ですから。それを、物が置けるように改造しています。ああ、ここにはありませんよ。分岐させていて、物が置いてあるのはもう一方の方です」
「そうですか」
ほとんど上の空でリアンに返事をしたラザニエールの頭脳は高速回転していた。
(ダンジョンは地下を繋がっている。それをどこにでも繋げることができ、しかも敵には悟られない。意表を突くこともできる。つまり、行軍中の軍隊に奇襲をかけることも可能だ。いついかなる時、どこから奇襲が来てもおかしくない。しかもこの広さ、何万もの兵隊が通れるだろう)
革命だ。ローリラン王国が、世界を征服できてしまうようなレベルの、革命。
「…本当に規格外だ」
国王と並んでいる。国王もまた、単騎で世界を征服できる能力を有している。もし、この兄弟が本気になったら。
世界など、簡単に手に入るのでは無いだろうか。
例えばあの二胡という青年も味方につければ。
もはや、誰にも、闇にさえも、止めることは能わぬのではないか。
だがまあ、しかし。
彼らなら、大丈夫だろう。
仮に世界を征服したとて、悪くはすまい。
「あ、着きましたね」
向こうに、大きな扉が見えた。
「繋がったので、大丈夫ですよ。どうぞ」
リアンが扉を開ける。そこでは。
仮面をつけた男女が、聴いたことのない音色で奏でられる音楽に合わせて踊っていた。
「…リアン?」
唐突に演奏が終わり、十人ほどの視線がこちらに集中した。
そして聞こえた、王弟を呼ぶ声。
演奏していたと見られる青年が、こちらを見てぽかんと口を開けていた。
はて、どこかで聞いたことのある声だったが、誰だろうか。
ラザニエールが考え始める前に、一人の男が近づいてきた。
「お客様。ダンジョンでの乱入は他のお客様のご迷惑となります。大変恐縮ながら、今後は控えていただきたく、お願い致します」
「…器用なことするね」
リアンが呆れたように言った。
一体、ここはどこだろうか。
◇◆◇
ラズはもう胃が痛かった。リアンから誰も貰っていかないようだと残念そうに報告を受け、安心したのも束の間、突如虚空にものすごく見覚えのあるダンジョンの扉が出現したからだ。
〘ほんとごめんね。事故なんだよ。王都の郊外に繋がればいいかなって思ったら、何故かこんなところに。まず此処が何なのか謎だし、何か二胡もラズもいるしで僕も混乱してるけど、とりあえず闇関連だね?〙
〔そうだ。というわけで、帰れ。大臣たちへの説明は任せたぞ〕
〘それは兄さんの仕事だよ〙
〔どちらでもいい。とりあえず座標は覚えただろ。二度とここに…いや、この近辺に繋げるな。ここは闇の管理区だ〕
〘そんなの聞いてないよ!〙
〔俺に言うな!とりあえず、よくわからないところはやめておけ。基本的に闇の管轄だからな。とりあえず、ローリランとゼンガ帝国の未開の地はすべて闇のものだと思え〕
ラズは話しながらリアンたちに近づき、丁寧に対応する。
「…器用なことするね」
思わず呟いたリアンに、ラズは内心ひやひやしている。
〔話すなよ!関係があるって勘付かれたら間違いなくやばいだろ?〕
〘いやでも、最初に二胡が言っちゃったし〙
〔それは二胡が自分でなんとかするから。とりあえず関係ありそうなこと言うのNG!〕
はあい、と答えて、リアンは撤退を初める。
「すみません。座標を間違えました。では」
リアンはそそくさと退散していく。
ダンジョンに入る前の一瞬、国王がこちらに向けて軽くだが頭を下げた。
いえいえ、という意味で、こちらも軽く首をふる。
なんだかあの国王とは仲良くできそうな気のするラズだった。
◇◆◇
慌てて戻ったあとは、解散することになった。
これ以上は心労が大きすぎるだろうという国王の配慮である。
お陰でなんとか、仕事に復帰できている。
「まあ、世の中知らないほうがいいこともある」
例えばあの仮面舞踏会など。あの男も礼儀正しかったが、仕草の優美さは平民のそれではなかった。
他国の貴族はもちろん、ラザニエールの出た学園でもトップを争える実力である。
「はあ、恐ろしい」
ラザニエールは、まだ世界が滅茶苦茶になっていないことを心の底から感謝するのだった。
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