第96話 リアンの庭 その2
「あの、リアン様」
「何ですか?」
「これは、一体?」
ラザニエールの問いに、リアンは再度首を傾げる。ふと、光る花が目に映った。
「ああ、そういうことですか。これは見ての通り光る花で、暗闇の中で気配を察知すると光るんです」
ラザニエールは、リアンの言っていることを理解できなかった。
「…つまり?」
「つまり、というか、そのままです」
「…なるほど。それは本当ですか?」
「はい、もちろん」
リアンはニッコリと笑い、頷く。リアンにはラザニエールの言っていることが分からなかった。それがリアンの当たり前である故に。
「これを選ぶのもまた一つの手だと思うぞ。例えば金庫にこの花をおいておけば、特殊能力を使う侵入者でも早急に察知できる」
国王が言った。リアンはそれに驚く。まさか、こんななんでも無いものが?
ラザニエール達もまた驚いた。たしかにそういった使い方もある。とても、庭の照明としてこんなところで燻っていていい代物ではない。
「確かに、そう、ですね」
脳が情報を吸収するのに合わせ、ゆっくりとラザニエールは肯定した。目の前に起こっている事象を。
ただそれだけのことをするために、脳細胞がとても疲れたように感じられる。
「一つ、聞いて良いですかな?」
何十年も前から国を支えており、大きな発言力と権力、老獪さと忠義を併せ持った、ラザニエールの同僚にして師でもある、ロバナンが発言した。
「何でしょうか」
リアンがそれに応じる。
「これは、王弟陛下が発見なされたのか?」
「発見、というか、創ったというのが正しいですね」
「なるほど。ここの庭はすべて、王弟陛下が創られたもの、ということですかな?」
「いえ、そうではありません。偶然に発見したものや、既存のものもありますよ。例えばそこで咲いているのはウインドです」
「ああ、本当ですな。しかし、ウインドは聖なる水がなくば発芽しないのでは?ここで生まれたのではなく、どこかから植えられたのか?」
「いえ、これはこの庭生まれ、この庭育ちですよ。実はこの花が、少量ですが聖なる水を出すのです」
リアンが指し示したのは、ウインドとよく似た花だった。しかし、色は黒である。
「…なんですと?」
ロバナンが目を剥いた。
聖なる水。それは傷を回復させたり、病の治癒に貢献したり、疲労を回復したり、と様々な効果のある、聖水の乙女の象徴である。
それを、聖水の乙女でなくとも生み出せるとなれば、世界に革命が起きるだろう。
付き従っていたうちの一人である文官が、ヘナヘナと座り込んでしまった。あまりのことに、腰が抜けたらしい。
「大丈夫ですか?あ、これを使ってください」
リアンが花を取る。貴重な物に何を、とラザニエールが止めるまもなく、それはへたり込んだ文官の口に差し込まれた。
「吸ってください。蜜が聖なる水になっています」
言われるがまま、文官が蜜を吸う。そして、恐る恐る立ち上がった。
たった今、リアンの植物の効果が証明されたのである。
「なるほど、理解しました」
少し考えて、ラザニエールはそう宣言した。ロバナンも頷く。
そう、つまりは。
(リアン様もまた、王と同じ卓越した才能の持ち主、ということか)
リアンの才が日の目を見ることは多くなさそうだが。
「国王陛下、王弟陛下。恐れながらこのラザニエール、今回の褒賞を辞退させていただきます」
「私も、ラザニエール殿と同じように思っておりまする」
ロバナンも頷く。多くの者…いや、全員がそれを望んだ。
これは、世に出すにはいささか高性能過ぎる。
本来革命というのは積み重ねてきたものが完成し、大きな影響を与えることだ。
こんな世界の理屈をまるごと変えてしまうようなことではないのである。
「そうか。それなら止めまい。だが、庭は見たほうが良い。良い経験になる。私も来るたびに変わっていて、興味深いぞ」
(…いや、それは貴方だけですから)
流石のラザニエールも、このセリフには心のなかで突っ込まないわけには行かなかった。
こんな物を日々見ていたら、普通の人間では心臓に悪すぎる。
これから庭を回るというだけで心臓が持つか不安なのだ。
ロジャーをゲットしていれば良かった、とラザニエールは今改めて思う。
それならば、リアンの力を知っていたらしき優勝者がこちらの陣営につくこともなく、こんな心労を得ることは無かっただろう。
しかし、負けていたら負けていたらで恐ろしくもある。
残念なことに赤の方は脳筋も多いので、気軽に持ち出す輩が居た可能性もあるのである。
加えて、つい先程まで自分はこの王弟を侮っていた。もし万が一、そのことでなにか不都合が…そう、たとえば庭を民衆の前で暴いたり…なんてしていた暁には、世界が大混乱に陥り、ラザニエールは世界を管理する精霊に八つ裂きにされていたかもしれない。
いや、その前に影で治安を維持する闇に処刑されたか。
ともかく、死ぬ以外の結末が見えてこない。
なんとか回避した、と安堵したのも束の間。
「…これはなんですか?」
「ダンジョンの出入り口です。反対側は僕が持っていますよ」
大きな、ラズベリーダンジョンの扉が、花畑を占領していた。
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