第64話 パフェづくり

「ふう…」


 夫人…マリアは、お茶を啜っていた。


「それはそれは驚いたわ。人生で一番驚いたことでしょうね」

「すみません」


 二胡が素直に謝る。やりすぎた。今回はさすがにやりすぎてしまった。


「いえ、私も気絶するのはやりすぎだったわ。これはお愛顧ね。それで、フェンリルの毛は取れたの?」

「あ、はい。どれくらい取ればよかったのか分からなかったので、十本ほど」

「十…半分で十分よ。まあ良かったわ。それで、編み方なのだけど…」

「俺はそんなに上手くないので専門の人に任せたほうがいいのでは?」

「見た目は関係ないの。大事なのはどれくらい魔力を込めるか。ニコくん、あなた魔力はどれくらい?半分でいいから込めてほしいの」

「半分ですか?問題ないですよ」

「よかった。じゃあ、私の言う通りにやってね」


 マリアは教えるのがうまく、二胡は思わずサービスして、魔力を多めにしておいた。


「…え?」


 完成すると、白い毛で作ったはずが何故か虹色に光っていた。


「まあ、すごいわ!相当魔力を込めたのね…!」

「やりすぎてないでしょうね、これ」


 ジトーっとした目でランが二胡を見た。後ろ暗いところが全くない二胡は、純粋な目で見返す。


 いつもなら、よし、と諦めるところなのだが…。


 二胡の感想はあてにならない。ランはそのことをしっかり学んでいた。


「…まあ、悪いことはないだろうし、いいわ」


 二胡なので、やりすぎてもなんとかなるだろう。


 ランはそう結論づけた。


「ありがとう。じゃあこれ、報酬よ」


 マリアは二胡に金貨の詰まった(超豪華で宝石いっぱいの)袋と、白く輝く宝石をくれた。その輝きたるや、イケオジのインプラントも真っ青だ。


「これは?」

「ふふ、きれいでしょ?とてつもなく貴重な鉱石。魔宝石じゃないところがポイントなのよ。なんの効果もないんだけど、その分ほとんど採掘されない…というか、この国では採れないから貴重なの」

「へえ。ありがとうございます、いいんですか?」

「もちろん。息子の命の恩人だもの」


 茶目っ気たっぷりにウインクすると、マリアは去っていった。


「一瞬で資金を稼ぐなんて、さすがね」

「すごい量の金貨だよ。半分くらいは残るかな〜」

「…ん?」

「ん?」

「…んん?」


 ランは猛烈に嫌な予感がした。


 ◇◆◇


「材料はこれでいいかな〜♪」


 十年ぶりに娘が会話してくれた父親のように機嫌がいい二胡ほど、縁起の悪いものはない。


 二胡オリジナルパフェの具材選別に三日間付き添い、疲労困憊のランは思った。


「極意を教えてくれて助かったよ〜♪リアンと一緒に行ったときにいた店員さんが居て、良かったな〜♪」


 ローリランのシェフにレシピを聞き、二胡は早速パフェ作りに取り組んでいた。


 使うのはいちご(レモンモドキ。味はいちごだぜ!)とクリームのみ。


 最終的に、この結論に至ったのだ。


「ちょっ、危ない!」

「それ、塩よ!」


 料理はあまりやらないらしく、二胡の手付きはたどたどしい。


 それでもなんとか作業は進み、それなりの(いや、かなりの?)出来に仕上がった。


「ふう〜♪あとは仕上げるだけだね〜♪」


 まだまだ上機嫌な二胡は、鼻歌を歌いながら冷蔵庫に入れる。ちなみに、歌っているのは日本の国歌だ。


「さあ、あとは待つダケ…」

「いや、まずここを片付けろ」


 ギルドの調理室を借りているのだが、酷い。何をどうするばこうなるのかというほどに、散らかっていた。


「え〜」

「え〜じゃない。早くやれ!」


 イラつきのあまり言葉が荒くなったランのあまりの迫力に、二胡は従うしかなかった。


 片付けに手間取り、冷蔵庫からパフェが救出されたのは一時間後だった。


「お、美味しそう〜♪」


 艶々と輝くレモンモドキを綺麗に彩るホイップクリーム。


 見た目だけなら完璧だ。


「いい香り〜♪」


 二胡の機嫌は完全に戻ったらしい。


「ほらラン、一緒に食べよ」

「えっ…」


 好きな男子と同じパフェを食べる…この黄金のシチュエーションに、ランの憂鬱は吹っ飛んだ。


「じゃあ、ランが先に食べて」

「良いの?」

「うん。手伝ってくれたから。はい」


 まさかのあーんである。ランは幸せを噛み締めつつ、二胡の差し出すスプーンにかぶりついた。


 その瞬間。


 ランはかつてないほどの衝撃を体感したのである。


「…………………………」


 ゆっくりと顎を動かし、咀嚼して。飲み込んだランは、呟いた。


「不味い」


 なんと言えばよいのだろうか。耐えられないほどではないのだが、不味い。


 食物としての問題はない。


 が、不味い。


「そうなの?食べよう」


 二胡がスプーンでバフェをすくい、食べた。


 普段のランなら、『か、間接キス……!』と感動しているところだが、あいにくその余裕はない。


「…不味い」


 二胡も同感だったようだ。


 そう、二胡はメシマズである。見た目は完璧になる。手付きがどうあれ、見た目や匂いは完璧だ。


 食物としても、成立する。ただ不味いだけで、健康に影響はない。


 が、如何せん不味い。


 言いようのない不快感が口中を覆い尽くす。


 吐き気はしない。顔を歪めることもない。


 が、不味い。


 非常に微妙な腕だった。


「二胡、お金に困ったら、監獄の料理人になるのはどうかしら?多分、とても重宝されるわ」


 困惑のあまり、ランは慰めにならないことを口走り。


 二胡は、床を磨いていた。

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