第63話 無邪気ヤバい。
「二胡、もう少し自重というものを覚えたほうがいいわ」
ギルド内の医務室に夫人を運び、一息ついたところでランが言った。
「まず、あなたの力は万人に受け入れられるものじゃないことを理解して。あと、現在の勢力の把握。二胡、フェンリルのこと知らなかったでしょ?」
「う、それは…はい」
さすがの二胡も反省しているらしい。ちらっと隣で死んだように眠っている夫人を見た。
「いい?まあ、大体は教皇夫人様…マリア様が言っていたとおりよ」
「マリアさんっていうんだ」
「まあそうね。そもそも、魔獣っていうのがなんだかは理解してる?」
「えーっと、魔物の延長線上…みたいな?」
ダンジョンで聖剣たちが何か言っていた気がするのだが、何だっただろうか。
「違う!魔獣と魔物は全然別物よ。魔獣は自然界に生息する、本来この世界にいるもの。数千年前はもうちょっと弱かったんだけど、人間に合わせて進化した。魔法を使ったり、再生したり、というようにね。わかった?」
「うん。つまりは、動物が強さを求めて変異したものってことだね?」
「うん…まあそうよ。多分理解してるわ。で、魔物っていうのは魔王…魔界と言う場所にいると言われている、魔王が攻め込んできたときの軍勢の子孫よ」
「つまり外来種みたいな?」
「よくわからないけど、多分。数千年前に魔王がこちらの領域を侵し、魔族と呼ばれる別種族を率いて攻めてきた。その魔族に対応するために人は強くなったの。とても激しい戦いになったけど、最終的には時が解決したとか、精霊が絡んだとか、色々言われてるわ」
「精霊…」
『そうね、ちょっと手を出したわ。魔界にいる悪魔と協力して人類の滅亡を防いで。最終的には魔王のお父さんの魔神とこっちの神が教育的制裁を与えて魔王が消滅、尻拭いが大変でね…』
『あの大戦は酷かったですね。俺たち魔界生まれの地上育ちなんですけど、そのときこっちに持ち込まれたんです。勇者とか聖水の乙女とかができたのもその頃ですね。人類の救いとして神が生み出したんですよ』
大精霊もそうだが、魔剣たちは随分長生きしているらしい。
「ふむふむ、なんとなくわかったよ」
「よかったわ。で、その大戦のあと、人間が強くなりすぎちゃって。それに適応して、魔獣が強くなったのよ。フェンリルはその最たる例よ。フェンリルは元々かわいいワンちゃんだったらしいんだけど、壮絶な人生の果に魔獣の王となったらしいわ」
「魔獣の王…。すごいね。今のは何代目なんだろう?」
「何代目?初代よ。フェンリルは確か寿命を超越した存在だもの」
「え…」
二胡は、「でも、聖剣の結界に当たって死んだよ?」とは言わないことにした。一応自重するのである。先程の件は、フェンリルを単なるちょっと強い魔獣とみなしていただけのことなのだ。
「ラン、ちょっといいかな?」
「? いいわよ」
許可をもらったので、二胡はそっと話しかけた。察した大精霊が、音声遮断の結界を張る。
「先代フェンリルって、聖剣の結界に当たって死んだよね?どういうこと?そんなすごいやつだったのに?」
『俺たちの結界は衝撃を跳ね返すんです〜。だから、フェンリルの攻撃にちょっと上乗せして跳ね返したんだと思います〜。上乗せは普通の攻撃だとしないんですけど、強かったんでそういうふうになっちゃたんでしょうね〜』
当時の状況を分析し、聖剣はそう結論づけた。何分寝ていたので、断定はできないが、そういうことだろう。
「へえ。…ねえ、君たちってぶっちゃけどれくらい強いの?」
『うーん…。俺と聖剣なら、ご主人さまの次くらいじゃないですかね。大精霊はちょっと別ですけど』
『そうね。私はそもそも、攻撃が不可能というか、存在自体曖昧だし。なんだろう、自然そのもの、みたいな?意志はあるけど、体は無いの。まあ、実体化…というか、依り代のようなものはあるけど、破壊されても死なないわ』
『大精霊は魂からして人とか生物とかとは違うし〜。まあ厳密には俺たちも魂じゃなくて直接剣と精神が結びついてるんですけどね〜』
聖剣は世界の真理的なものを語りだした。
『ご主人さまは多分世界最強です。あと俺たちの強さですが、そもそも最初の時点で俺たちよりご主人さまのほうが強かったので力関係が逆転してますね』
「えっと、どういうこと?」
『俺たちの力は持ち主の力に比例します。なので普通、力は弱まるんですけど…』
『御主人様は別格なので、俺たちの力は更に強くなりましたとさ、めでたしめでたし、ってことですね〜。あ、御主人様は最初の時点で運カンストですので、最強クラスです〜』
『持ち主が弱すぎると俺たちも弱体化しすぎちゃうんで、そのためにステータスを上げる能力を持ってます。ただこれ、俺たちより強い人には使えないんですよね』
『ん〜?あ、説明しろってことかな〜?俺たちがステータスに干渉できたのは無邪気があったからですね〜。最初は不思議だったんですけど、わかりました〜。結論から言うと、無邪気が強制的に俺の能力を発動させたんですね〜』
『え、待って怖すぎない?その能力』
『怖いな。何だそれ』
大精霊と魔剣が非常に引いている。二胡もやや引いている。
『無邪気は吸収能力も持ってたじゃないですか〜。多分そういうことだと思います〜。いや〜、危ないところでしたよ〜。自我が消え失せるところでした〜』
『いやほんとこわい』
『うんうん』
「…能力制限かけようかな?」
『魔剣がステータスを無自覚に上げていたのもそのためですね〜。俺も手を貸したので、魔剣の精神に問題はありませんでした〜』
『そうなんだ…怖っ。危なっ』
『同じくよ』
「うん、そうだね…」
結論、無邪気ヤバい。
「あ、ラン、もういいよ」
二胡にも自分のヤバさが理解できたので、とりあえずこれで良いだろう。
「そう。で、大丈夫そう?」
「うん。ものすごく怖いぶっ壊れスキルだってことが理解できた」
「そう?まあ、大丈夫そうね」
聖水の乙女がガールフレンドだと、理解したことがわかってもらえるらしい。
二胡は改めて、いい友達だな〜と思った。
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