第60話 邂逅

「うわああああああん!」


 けたたましい泣き声が広場に響き渡る。これにはさすがの悪ガキも驚いたらしく、なぜかつられて泣き始めた。


「だって、こいつが、こいつがーー!」


 言い訳チックなことを言っているが、まだ誰も怒っていない。困惑しているだけだった。


 間の悪いことに、他の子供慣れした職員がいるのは別の部屋だ。


「どうするの?」

「だいせいれ…クイーンがいればまた別なんだけどな〜。乳幼児のところに行っちゃったし、詰んだ〜?」


 大精霊ゴットマザーは現在乳幼児のところで絶賛母さん活動中である。子供が好きなようなので、こういった場合には適任なのだが、いない。二胡にしては珍しいことである。


 まあ、本人が全く気にしていないので、大したトラブルではないのだろう。あくまで二胡的には、だが。


「どうする…?」

「さあ…?」


 一同が途方に暮れたときだった。唐突に、扉が開く。


「え、えっと…どういう状況…?」


 聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。

 戸口で困惑した表情を浮かべていたのは、よく見知った顔だった。


「え、あ、あれ?二胡?何してんの?」


 そこにいたのは、ランだった。


「仕事。ランも…仕事かな?」

「ええ、聖水の乙女は聖女みたいなものだから、こういう孤児院とかにも行くのよ。…その人たちは何?っていうか人?」


 子どもたちの前で危ないことを暴露されそうだったので、二胡はランを連れて外に出た。


「えっと、今闇の仕事中でさ。俺も女装して正体隠してるから、バラされると…」

「あ、そうね。ごめんなさい」

「大丈夫だよ。久しぶりだね、ラン」

「ええ。久しぶり、二胡。元気そうでよかったわ」


 ランが二胡を見つめて微笑んだ。


「ランこそ。心配してたんだ」

「…え?」

「お金、渡せなかったでしょ?ランなら大丈夫だと思ったんだけど…」

「ええ、大丈夫よ。バッチリ稼いでるわ。それより、ちょっと気になるんだけど」


 顔を真っ赤にしたランがあからさまに話をそらした。


 今は大精霊たちもいないので、正真正銘の二人きりである。そのことを察し、ランはやや緊張している。


「ねえ、あの人外さんたちは誰?銀髪と黒髪の人は、二胡の剣よね?ちょっと信じられないけど、剣が人化してるのよね?」

「そうだね」

「そうなのね…。じゃあ、あの王族みたいな色合いの人は?」

「あれ、面識ない?王族みたいな色合い、でしょ?」

「…え?それはその、やっぱりそういうこと?国王陛下…に似てるけど違うわよね。もしかして、王弟陛下…?」

「そう。リアンは友達なんだ。最近知り合ってね」

「そう…。じゃあ、あの男の人は?かっこよかったけど、なんか危ない感じというか、そういうのを感じたけど」

「あ〜、ラズは仕事の上司だよ。仲のいい、気のおけない上司って感じ。危ない人ではないからさ」

「そ、そう…」


 一気に世界を広げた二胡を見て、ランは少し不安になった。自分をおいて何処かへ行ってしまう気がしたからだ。


「そういうことでよろしくね。あ、偽名使ってるから、そこは気をつけて。みんな悪人じゃないから、普通に接してね」


(まあ、大丈夫か)


 ランはそんな気がした。


「あ〜、ごめんごめん。話し合い終わり。続きをどうぞ」


 少年たちはいつの間にか泣き止んでいた。


「ここに仲裁のエキスパートがいるので、この人に解決してもらいます。じゃあよろしくね、ラン」

「えーっと、皆さんこんにちは。ランです。泣いているみたいだったので、気になってここに来てしまいました。何があったのかな?」


 優しいお姉さんを見て、気が緩んだらしい。気弱そうな少年の表情が和らいだ。


「えっと、僕がこのボールで遊んでたらロー君が俺のだぞって取ろうとしたの。それで、やめてって言ったんだけどやめてくれなくて、取られちゃってどんってされたの」


 悪ガキことロー君はだいたい十歳くらいだ。気弱そうな少年君も同じくらいだろうか。


 幼児ならまだいいのだが、十歳でこれではまずい気がする。


「なるほど。ロー君は何か言いたいことはある?」

「それは俺のなんだ!さっきだって、俺が使ってたんだぞ!」


 ちょっと勢いをなくして、ロー君が言った。


「そうなんだ。でも、君…名前は?」

「ルル」

「そう、ルル君が遊んでるんだよね。もしかしたら、ロー君が遊ぶ前はルル君が使ってたのかもしれないよ?」

「そ、それは…」

「順番こなら大丈夫。みんな仲良く使えるよ」

「う、うん…」


 悪ガキがしおらしくなり、なんとルル少年に謝った。


「ごめん…一緒に遊ぼ」


(いや突き飛ばしといてごめんは軽くね?というかその言い方だとルル君OKするしかないじゃん。俺なら絶対嫌なんだけど…。まあ、それを言うのは酷か)


 我ながら大人げない、とラズは苦笑した。しかし、聖水の乙女が子供の扱いもうまいとは、驚きた。


「あ…。ごめん、僕ララと遊ぶんだ」


 ルル少年がはにかんで言った。よく見ると、中性的で可愛らしい顔立ちをしている。


(そこでリア充ぶち込むのか少年!)


 最近の若いやつは…とラズはおじいちゃんの気持ちを味わった。


「そんな…」

「ごめんね。あ、じゃあ、僕も一緒にお願いしてあげる」

「え?」

「二胡子先生と一緒に遊びたいんでしょ?」


 いたずらっぽくウインクして、ルル少年が言った。

 途端に、ロー君が顔を真っ赤にする。


「ち、ちげえし!」

「違くない違くない。一緒に可愛く頼めば、二胡子先生遊んでくれるよ」


 何処かからかうような声色である。ふふ、と笑うルル少年は大人びて見えた。


(あいつ…まさか爪隠してたか?)


 ラズは一度プリンスに話してみようと考えた。


「あ、あの、ニココ先生、ぼ、僕と遊んで下さい…」


 耳まで真っ赤なロー君が二胡に言った。雰囲気だけなら告白である。一人称が僕になっているのを、ルル少年が楽しそうに見ていた。


「いいよ。なにする?」

「……!やった!」


 ロー君が目を輝かせた。否定していたことなど忘れ、今にも踊りだしそうである。


「ねえ、何する?」

「じゃあ、恋人ごっこ…」


 恥ずかしそうながら、はっきりとロー君が言った。


「いいよ」


 二胡は了承したが、ランはそうではないようだった。


「ちょ、二胡!私も入れて!モブでいいから入れて!」


 楽しそうだなあと、年齢イコール彼女いない歴のラズは思った。

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