第59話 孤児院 その3
「ご飯はいいんですか?」
恐る恐るといった感じで、職員の女性が魔剣に話しかけた。
「俺たちは先に食べたので。皆さんはいいんですか?」
言いつつ、他人に対して敬語を使うのはいつぶりだろうと考える。
(…もしかして初めてか?)
二胡で練習していて良かった、と思うのだが、同時に何故俺がこんな一般人に…という気持ちもある。
リアンとの会話を思い出し、魔剣は内心苦笑いした。
(老害って言われても仕方ないか。確かに気位は無駄に高いもんな。特に
愛想よく子どもたちの相手をする、今は相棒となった幼馴染を見て、魔剣は物思いに沈んだ。
と、
「ねえ、折り紙折ってって頼まれたんだけど、よくわかんなくて。作れる?」
「折り紙ですか?やったことないですけど…。ちょっと見せてください」
二胡が話しかけてきた。二胡子は銀色の折り紙と作り方が書いてある本を持っていて、それを受け取ると魔剣は本を見た。
字は読めない。だが、そこには絵が書いてあった。
なんとなくこうだろう、という直感に従い黙々と作業していると、無口キャラだからと我慢していたらしい二胡がたまらず言った。
「割と得意だと思ってたんだけど、それ難しすぎない?」
「え?そんなに難しくないと思うんですけど…」
「いや、そんなことはないと思う」
二胡は魔剣の手元を見て、ちょっと引いている。
そこには、超絶技巧を用い折り紙を何枚も消費して作られた剣があった。
「ほら、できました」
折り紙…もはや殺傷能力もありそうなそれは、銀色に輝いていた。
調度も見事で、まるで…。
「
「たしかにそうですね。おい、ちょっと」
人形遊びをする女の子を見ていた聖剣に、魔剣が声をかけた。
「何〜?」
「これ、お前みたいだなって」
「あ、ホントだ〜。それ、もしかして折り紙〜?もはや剣じゃん、すごいね〜」
聖剣も気に入った様子である。それを見て、先程人形で遊んでいた女の子が言った。
「お兄さんの髪、銀色できれいだし、お目々も宝石みたいだもんね」
キラキラとした眼差しには、憧れが含まれていた。
「ありがとう〜。じゃあ、せっかくだし
「えっ、あ、あたし?」
聖剣が声をかけたのは、隅っこでぼーっとしていた茶色い髪、目の大人しそうな女の子だ。どうも、全ての孤児の名前を覚えているらしい。
孤児というからには名前がなかった子もいるだろう。覚えやすくなっているのかもしれないが、それにしてもすごいことである。
大人しそうなので、もしかしたらあまり友達がいなかったのかもしれない。
聖剣は意外に気配りができるようだ。
「は、はい。どうぞ」
「ありがとう〜。じゃあまけ…アスモデウス、本貸して〜」
「ほい」
魔剣から本を受け取ると、聖剣は紙を折り始めた。
そして数分後。
「「すごーい!!」」
魔剣にそっくりな剣が出来上がった。興味を持ったのか子どもたちも集まってきており、ちょっとしたショーのようである。
「はい、あげる〜」
「あ、どーも。じゃあ俺も、はい」
「ありがと〜」
お互いに剣を交換し合う二人は、画になっている。
子どもたちに戦いごっこをねだられ、二人で剣を打ち合っていた。それを見た職員の一人が青ざめていたのはご愛嬌だ。
二胡子が周りを見渡すと、女の子達に囲まれるリアンが目に入った。
「あ、二胡子!助けて」
切実に頼まれたので、助けることにした。女の子は二十人以上いそうなので、自力では振りほどけないだろう。
女の子たちはリアンに迫っているようだった。
「君たち、押してだめなら引いて様子を見るんだよ。男っていうのは追いかけるほうが燃えるものなんだ。あ、ただし捕まえてからも飽きられない工夫が必要だけどね」
子供相手に何を教えているのだろうか。しかも、二胡は恋愛経験ゼロだ。
「あ、ありがとう」
ひとまず女の子が引き、リアンは開放された。
「どういたしまして。なんであんなことになってたの?」
「なんか求婚されてさ。僕は妾はいらないよ!って言ったのに…」
「まあ、仕方ないんじゃないかな〜?っていうか、植物は見せないの?」
「それが、ダンジョンに入る機会がなくて。流石に怪しすぎるじゃん?」
「確かに…じゃあ、気をそらすからその隙に」
「うん」
女の子たちが近くで見る二胡子の威力にやられているうちに、リアンが二、三植物を取り出した。
「なにそれ!」
これには男の子たちが食いついた。非常に楽しそうである。
と、広場に声が響く。
「おい!それ俺のだぞ!」
例の求婚少年だ。気弱そうな少年からボールを取り上げている。すでに別のボールを持っていることから見て、嫌がらせだろう。
近くにいたのはラズだった。
うんざりしながらも、声をかける。
「どうしたのかな?」
「うるせえ!お前には関係ないだろ!これは俺とこいつの問題だ!」
(うわあ…)
変にませている。ラズは帰りたくなったが、そうも行かない。
「そんなことないよ。ここにあるものは君たちのものじゃなくて、あくまでこの孤児院のものだ。臨時とはいえ僕は雇われた人間だから、それを見過ごすわけには行かないんだよ。それに、喧嘩は止めるのが大人の役割だろう?」
ラズが理性的に言うも、それは火に油を注ぐ行為だったようだ。
「勝手に俺等のことわかった気になってんじゃねえよ!大人の役割とか、イキってんじゃねえ!」
少年が毅然として言い放った。
(それはこっちのセリフだよ!!!)
ラズは絶叫した。
(もうやだ…帰りたい…)
疲れたラズは森にある癒やしのお風呂に思いを馳せていた。実は4日の間に二胡が天然の温泉を発見し、観光地にでもなる勢いで整備されているのだ。
現実逃避をしている間に、事態が動いた。
「お前、さっさと渡せ!」
少年が気弱そうな少年を突き飛ばし、相手を泣かせてしまったのだ。
(ああ、もう!)
頭を抱えるラズの肩を、二胡がポンポンと叩いた。
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