第58話 孤児院 その2

 孤児院はかなり規模が大きく立派で、教会と間違えられることもありそうだ。


「やっと来たか」


 タイミングを見計らったのか、ちょうどよくプリンスが出てきた。


「…なんか、多くないか?」

「人手が足りないと聞いたからな。一応偽名も考えたぞ」

「それはありがたい。じゃあ、子どもたちの前で紹介してくれ」


 孤児院の中はやはり立派で、朝食の時間なのかいい香りがした。


「美味しそうだな〜」

「たしかにいい香りですね〜」


 二胡と聖剣がのほほんと話しているのを、リアンがちょっと悔しそうに見ている。


(面白い…)


 それを見て、普段からかわれがちな魔剣がちょっかいを出している。


 それを横目に、ラズは孤児院を観察した。


(突貫工事とは思えない出来栄えだな。流石プリンス。…いや、これは元々何かが建っていたか?)


 孤児院は郊外にあるため、こんな立派な建物が他にあったとは思えない。


(うん?待てよ、郊外?)


 最近、郊外にある豪華なお屋敷の話を聞いた気がする。


 最近のトピックといえばほぼ二胡が持ってきたものだ。


(二胡…あ!)


 そういえば、二胡の最初の暗殺は郊外にある屋敷で行われたのではなかっただろうか。


 リーマン伯爵は"もう一つの闇"の幹部だった。


 その屋敷を利用するとは、プリンスもやはりやり手である。


(まあ確かに、改築してしまえば二胡子…下手人に関する情報も消えるし、無駄に金のかかった屋敷の使い道としてもいい…)


 ラズはちょっとだけプリンスを見直した。


「みんな、ちょっといいか」


 子どもたちがいるらしい大部屋に入ると、プリンスが王子様スマイルを顔に貼り付けていった。


 子どもたちはラズの予想どおり、朝食の最中だったようだ。


「今日一日だけだが、君たちと遊んでくれる人たちがを紹介するよ。入って」


 順番に入っていく。

 最初はリアンだ。


 リアンには珍しい植物で子どもたちを楽しませるようにお願いしている。


 子供は好きらしいので、頑張ってもらおう。


「こんにちは、えーっと…ジョアンです。よろしくね」


 王様の真似をしろ!という助言どおり、リアン…いやジョアンが人当たりの良い笑みを浮かべた。


 そのイケメンフェイスに、子どもたちの世話をしていた女性たちが頬を赤らめる。憧れの眼差しを向けている女の子もいるようだ。


 それで驚くようでは先行きが不安なのだが、もう仕方ない。


(っていうか、美形多くね?…いや、そもそも人外が多いな)


 自分やリアンも(?)れっきとした人間だが、二胡の仲間である三人は違う。そもそも、3人という数え方すら間違っているような気がする。


 二胡はもう人外でいいんじゃないかなとラズは思っている。


 異常なステータスはもちろん、二胡子の美しさは人外のそれである。


 いや、もう人外超えしてしまっているのではと思うほどだ。


(…やばい、先行きが不安でしかない)


 二胡子のせいで少年達(いや、中には少女も…?)の未来を台無しにしてしまいそうだ。


「こんにちは、皆さん。私はクイーン。よろしくね」


 大精霊がにっこり微笑む。今度は男性職員の顔が赤い。少年たちにはちょっと大人な様で、お母さん、というふうに思われたようだ。


「俺はアスモデウス、こっちはルドルフだ。よろしく」

「よろしくね〜」


 次に出たのは魔剣・聖剣。何処か対義的な二人は、少女にはもちろん、一部の少年にも受けているようだ。


 それにしても、孤児が多い。ふと、ラズはそのことに気づいた。


 ここで大っぴらに紹介するということは、ここにいる孤児が全てなのだろうが、にしても多い。


 リーマン伯爵は強大な力を持つ貴族だった。


 別邸とはいえ、その屋敷で一番大きな部屋を占領する子どもたち。


(やはり治安が悪化しているな…。魔王の余波か?どうにかできないか…いや、それは闇の領分を外れてるな、こういうのは…うん、とにかく今は目の前の任務に集中しよう)


 などと現実逃避をするも、無駄である。


 ラズの隣に佇んでいた麗人が動いた。


「二胡子です。よろしく」


 二胡には無口・無表情を約束させていた。周辺十メートルが弾け飛ぶ可能性があるからである。


 しかしその無口無表情な二胡子にも、顔を赤らめる人間は多い…というか、プリンスとラズたち以外に顔を赤らめていない人間がいない。

 と、


「俺の嫁にしてやる!」


 えらっそうに言い放ったクソガキ…もとい少年がいた。


 なぜクソガキなどと言ったかといえば、それがラズの心情を表しているからに他ならない。


(女性相手に妻にしてやる…何様?意味わかって言ってんの?っていうかあれを自分のものにしたいとか想像できるその精神に問題があると思う)


 ラズと同じように思ったのか、その場がざわついた。


 少年だけがそれを理解していない。


「どうだ?かわいがってやるぞ?従順にするなら妾もいらない」


(あ、これはわかってるやつだな。こいつはわかった上で理解していない。あーもう、受けるんじゃなかったよこんな仕事)


 元来、ラズは子供の相手が得意ではない。どうにもムカつく…とくに、こういう手合は。


 ラズの子供時代の経験がそうさせるのかもしれないし、世間一般的な理由でこういうのが嫌いなのかもしれない。


「なんで独身だと思ったの?」


 二胡が何気なく言った。多分、純粋な興味からだろう。二十四歳といえば、この世界では結婚しているのが当たり前の年齢である。


 とはいえ、二胡または二胡子がそう捉えられることはないだろう。


 しかし、その発言は二胡を知らない人間にとって、


 ――私は既婚者よ。


 という意味になる。


 その場はプリンスが鎮め、最後にラズが出ていくことになった。


 これはラズたっての希望である。


 目立つ二胡子のあとなら、影が薄いだろう、と考えたのだ。


 しかし、二胡の発言によって"二胡子の次"という順番の意味が変わった。


「ユーと言います。よろしく」


 何も知らぬ人々にとって、穏やかに笑う見目麗しい青年は、二胡子の夫になったのだった。


(…七面倒臭いっ!)

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