第57話 孤児院 その1

「ラズ、今日は何するの?」


 二胡が朝ごはんを食べながら言った。


「…え?」

「まさか、考えてなかったのか?」


 キョトンとしたラズを見て、魔剣が言った。


「ああ。…っていうか、お前たちはなんでここに?」

「仕方ないだろ、暇なんだよ」


 隅っこに座っている


「なんでご飯食べないの?」

「俺らは剣だから、食べられないの〜」

「えっ可哀想」

「煽ってるのかな〜?」

「あれ?聖剣とリアンは仲が悪いの?」

「相性が良くないらしいですね」

「魔剣は平気なんだ」

「俺は誰とでも仲良くできるタイプなんで」

「僕は仲良くしたくない」


 リアンが突慳貪に言った。普段の様子からは想像しづらい態度である。


「何があったのかは知らないけど、世界を巻き込んで喧嘩するのはやめろよ?」

「そうだね。後始末が面倒だし、君たちの板挟みになる俺のことも考えて。特に聖剣、大人気なさすぎ」

「…以後気をつけます〜」


 心当たりがあったのか、聖剣がしおらしく言った。


「なぜ俺らが喧嘩の仲裁を…?」

「いい大人なんだから自分の気持ちぐらい律しなさいよ」

「はい、姐さん、以後気をつけます〜」

「わかったよ」


 大精霊は母親役が向いているらしい。いや、姉だろうか。


「で、何かやりたいことはあるか?二胡、何かないか?」

「え〜?なんだろ?あ」

「なんだ!?」

「平穏な日常がいいな〜って」

「あー、それはうん、たしかに俺もだな」


 二胡が望んだからだろうか、その言葉は叶い、それから孤児院が完成するまでの4日間、平穏な日常を過ごすことができたのだ。


 と言っても、その日常とは人それぞれなわけで。


 その4日間、世界中のすべての生物が平穏な日常を過ごしたのだった。



「孤児院ができたらしい」


 朝食の場でラズが言った。


「すごいね、予定通りだ」

「じゃあ、今日行くの?」

「そうだな。ただ、予想以上に孤児が集まったので、人手が足りないらしい」

「じゃあ、聖剣や魔剣も貸し出そう。大精霊も頼めるかな?」

「いいわよ。でもそうなると、仮名が必要ね。流石に大精霊とか聖剣とかって名乗るわけにも行かないもの」

「そうだね。あ、俺も女装したときの名前考えなきゃ」

「二胡子でいいんじゃない?」

「いや…だめだろ」

「まあそれは追々…とりあえず、大精霊たちの名前だね」

「何がいいかしら?」


 二胡はうーんと考える。異世界転生モノでは、よく奴隷の少女に名前をつけたりする。その時役立つのは、地球の言葉だ。


「大精霊だよね。精霊ってフェアリー?違うな。うわー検索したい。まあいいやフェアリーってことで。大精霊ならビッグフェアリー…?クイーン?違うよな…フェアリー・クイーン?っていうかそもそも名字あるのか?」


 二胡が日本語で悩む。リアンはなんとなくわかるのだが、あいにく英語はわからない。


「フェアリーは名前だと、霊的なものって意味だよ。幽霊みたいな感じだから、あんまりいい意味じゃないかな」

「そっか…。じゃあ、ピクシー?」

「ピクシーはちっちゃいみたいな意味だよ」

「やめよう。じゃあクイーンは?」

「クイーンは音色だね」

「あっ、そっちなんだ…」


 二胡は某バンドの某名曲に合わせて手拍子したくなってきたが、意味はいいのでクイーンにすることにした。


「大精霊はクイーンでいい?」

「いいわよ」


 女王様の許可は出たようだ。


「じゃあ次は聖剣…聖なるものだからホーリー…ってそれは名前なのか?ホーリーっていえばクリスマスみたいな感じがするけど…よし」


 聖剣の名前は適当に決めるようだ。これは二胡に従属しているか、そうではないかの違いかもしれない。


「聖剣はルドルフね」

「ルドルフ…わかりました〜」


 聖剣は名前にこだわりがないのでどうでもいいようだ。


「魔剣は…魔だね。英語だとデーモンだっけ。となると、悪魔みたいな感じ?なんだろ…アスモデウスとか?あ〜、かっこいいかもね」


 二胡はそれで納得したらしい。


「魔剣はアスモデウスね」

「わかりました」


 魔剣にも異論はなかった。


「名前というのは新鮮だな。もちろんこの名前を他で名乗ることはないだろうけどこれはこれで悪くないかも」

「たしかにそうだよね〜。なんか、ちょっと人になった気分だな〜」

「私は別に?ただ、私にぴったりな名前な気がするわね」

「女王って意味だよ」

「あら…本当に言い得て妙だわ」


 ふふっと大精霊は笑った。人間に近い仕草だったかもしれない。


「名前っていうのは人外を人間に近づけるのかもな。まあいいや、行くぞ」

「あれ、ラズはなんて名乗るの?」

「そうだな。何にしようか」

「ユーは?青年って意味だよ」


 リアンの言葉に、ラズが考える。


「あー、いいんじゃないか?じゃあ、それで。リアンはどうする?」

「僕はリアンでいいよ」

「いや、ダメだろ。王族と同じ名前をつけるのは禁止されてるんだから」

「え、そうなの?」

「知らなかったのかよ…」


 ラズはため息をつくも、もはや日常茶飯事なので大して気にしない。


「じゃあ、何か考えるか。そうだな…ジョアンとか?」

「いいね」

「え、いいのか?地域猫(猫と言っても魔獣の一種)の名前なんだが」

「別にいいんじゃない?俺は賛成」


 二胡が推したため、決定になった。


「まあいいか…。じゃあ行くぞ、二胡…子?」

「あ、そうだね、着替えなきゃ」


 数十秒後には二胡子が降臨し、一行は孤児院へと向かったのだった。

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