第16話 暗殺 その1

 頭の中に浮かび上がったのは、太った中年の男だった。何やら下卑た笑みを浮かべている。


「これは…暗殺?」

「え?なんて言ったの?」

「おや、二胡様は異国の方なのですか?」

「え?ああ、そうだよ」


 頷いて、また一口ワインを飲む。今度頭に浮かび上がったのは、血だった。暗い背景に、血。暗殺で間違いないだろう。


 どうも、一口飲むごとにわかる内容が詳しくなっていくようだ。


 次の一口、ものを盗んでいる男たちの映像が浮かび上がった。


「盗賊か」

「?」


 無意識のうちにつぶやくのは日本語だ。


 続いて、例の中年に跪く男たちが浮かび上がった。男たちは、先程の盗賊と同じ服装をしていた。


「なるほど」


 盗賊の元締めの暗殺…これが今回の依頼だろう。


「まだ、ワインは残っていますよ」


 マスターの言葉に手元を見ると、確かにワインが残っている。


 それを半分ほど煽ると、脳内に浮かんだのは立派な屋敷だった。おそらくだが、貴族家だろう。正面に家紋が描いてある。メープルの葉に近い形の文様だ。


「ふうん。…あとで探してみよう」


 最後の一口、申し訳程度の量で、浮かんだのは金貨だった。全部で二十枚。星5の依頼で金貨一枚なのだから、破格だ。


「いい酒だね。気に入ったよ」


 これで依頼を受けたことになるだろう。 


「それは良かった。それは3日前に仕入れたものなのですが、今後も注文いたしましょう」


 ここに来て日数を口にしたということは、3日後までに依頼をすませろということだろう。


「それはいいね。明日にでも来るよ」

「随分気に入られたようですね。では、とびっきりの酒を用意してお待ちしましょう」


 明日にでも終わらせるという意思表示であろう二胡の言葉に、マスターが微笑む。言外に、激励したのだ。…まあ、二胡には伝わっていないだろうが。


「じゃあマスター、そろそろ帰るわ。お代は?」

「金貨一枚でよろしいですよ」

「じゃあこれ、私からね。二胡、今日は奢るわ。明日からは、自分で用意するのよ?」

「うん。いつか俺も奢るよ。じゃあ、マスター、また」

「お待ちしております」


 店から出て地上に出ると、もう日が昇っていた。


「それにしても、金貨一枚は高いよね」

「あれは前金よ。というか、保証金ね。依頼に失敗したらその分のお金は喪われるし、誰かに仕事を漏らしたらわかるようになってるの」

「漏らしたら?」

「殺されるわ」

「誰に?」

「マスターによ。あれで強いの」

「ふうん。まあ、絶対にそんなことはないかな。じゃあ、俺は仕事にかかるね」

「ずいぶん早いのね」

「遅いよりはいいでしょ?」

「まあね」


 ランが帰っていったあと、二胡が探知を発動させる。


「うーん、あ、見つけた」


 その屋敷は、郊外にあった。人目を避けるように門に囲まれているため、外から中を見ることはできない。


 そして、秘されたその中身はとてつもなく贅が凝らされており、そして悪趣味だ。


「え〜。ここ行きたくないな〜」

『まあ、とりあえず見に行ってみましょう』

『それがいいと思いますよ〜。いっそ燃やしちゃってもいいと思うんですけどね〜』

『それはだめよ。暗殺じゃないわ』

「暗殺の方法は見てからでいいだろう」


 言うが早いか、二胡が走り出す。その屋敷まではかなりの距離があったのだが、無論一瞬である。


「うーん、どう侵入しようかな〜?」


 間取りはわかっている。が、やはり警備は厳重なようだ。


 何か綻びはないかとあたりをブラブラしていると、ガラの悪そうな男に声をかけられた。昨日と今日で2日連続である。


「兄ちゃん、親戚や知り合いに可愛い女の子はいないか?いい女なら年齢は関係ないんだが」

「うーん、生憎友達は少ないんだ」

「そ、そうか…。悪いことを聞いたな」


 本人としては気軽に答えただけなのだが、あっさりと男は引いていった。


 ちなみに、ランは友達ではあってもいい女枠ではない。


『ねえ、今の使えるんじゃないかしら?』

「どういうこと?」

『女装して潜り込むのよ。女相手なら隙だらけだろうし、あなたには収納の魔法があるから、簡単に武器を取り出せるわ。っていうか、魔法でいいし』

「あー、いいね。この手で殺すってところが難点だけど、まあ避けては通れない道だしね〜。相手クズだし」

『そうね、女の敵だわ。本来なら私が簪で滅多刺しにして殺したいところだけど』

「やめときなよ」

『やらないわよ。やりたいけど』


 サラッと怖いことを口走る大精霊に突っ込むことなく、二胡が着替えを始める。


 尚、着るのはフェンリルから渡されたあのワンピースである。


「まさか役に立つとは思わなかったよ。収納しておいてよかった」


 人生、何が役に立つかわからないものである。…まあ、二胡は運がカンストしているからあれだが。というか、カンスト超えの一万なので、当たり前といえば当たり前なのだが。


 またブラブラと歩いていると、同じ男に声をかけられた。二胡が先程の兄ちゃんだとは全く気づいていないようだ。


「お嬢さん、ちょっといいかい?」

「何?」


 声は普通に男なのだが、屋敷に入っても誰も気にしなかった。


『さすがご主人さま、あっという間に潜入できましたね』

『普段はぱっとしないけど、女装すると輝いて見えますよ〜』

『っていうかこうやって見るとイケメンね』

『気づくの遅いよ〜』

『何なんでしょうね』

「ちょっとうるさいよ」

『『『ごめんなさい』』』


 大精霊は、もうすっかり馴染んだようである。

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