第17話 暗殺 その2
「さてお嬢さん。これからあんたには、さるお方の機嫌を取ってもらう。他にも慣れた仲間がいるから、安心しろや」
屋敷に入れるや、男が言った。
「わかった」
「おや、怖くないのか?」
落ち着き払った様子の二胡に、やや動揺しながら男が聞いた。
「だってきれいなお屋敷だもん」
多分、なんとなく口をついて出ただけの言葉だろう。だが、男は柄にもなく二胡を不憫に思った。
「そうか、貧しかったのか?実は俺も、昔は苦労してなあ。おとぎ話みたいな話だが、病気の母親のために頑張ったもんさ。まあ、物語の英雄みたいなのにはなれなかったがなあ」
懐かしそうに語り始めた。
「そうか」
端的な二胡の返事が、逆に良かったらしい。男は自分の過去をとうとうと語った。
やがて話が終わる頃、応接間のようなところに通された。
「じゃあ、ここで待っておけ。しばらくしたら、お前と同じくらいの美人が来るぞ」
男が言ってしまうと、二胡は暇になった。その美人とやらも来るのに時間がかかったので、適当に雑談する。
『今の男、苦労したんですね』
『そうかな〜?自業自得な気がしたけど。自暴自棄になったら終わりでしょ〜?』
『自が多いわね。そういう遊び?』
『よくわかったね〜。正解〜』
『なあ聖剣。お前、早くもとに戻れよ。俺は真面目なお前が懐かしいぞ』
…否、暇になった剣たちが話し始めた。
「君たちさ、ターゲットの前では黙っててね?答える必要があるやつだと怪しまれるから」
『わかりました。でも、緊急の報告はしますよ?』
『魔剣、それは当たり前でしょ〜?ねぇ、大精霊〜』
『そうね。でも私、静かにできるかしら』
「してよ?これ失敗したら俺のパフェがなくなるんだからね」
『あ、はい』
二胡の真剣な気配を感じ取り、3人(人ではない)が黙り込む。
沈黙にも耐えかねた頃、ちょうどよくドアが開いた。
「あなたが新入り?…あら、かわいいわね。はじめまして、私はルナ。よろしく」
「よろしく」
入ってきたのは、茶髪に緑の目をした可愛い女の子だ。
「早速で悪いんだけど、用意してくれるかしら?あ、着替えはいいわ。清潔だし、あいつはこういうのも好きだから」
言うなり、スタスタと歩き始める。二胡も立ち上がって、ついていった。
「ここよ。…ルナ、参上いたしました。新入りを連れております」
ドアの前で、深々と頭を下げながらルナが言う。
「随分丁寧だね」
「仕方ないわ。私は奴隷だもの」
「へえ、奴隷。あるんだ」
二胡が興味を示したとき、
「入れ」
部屋の中から声が聞こえた。おっさん丸出しの低い声だ。
「失礼します」
ルナに続いて、二胡も部屋に入る。中は酒池肉林といった様子だったが、あっという間に女たちが下がり、ただ酒臭いだけの豪奢な部屋になった。
「ほう、美人ではないか。こっちに来い。お前は控えていろ」
「はい」
二胡が言われるまま貴族の男に寄っていき、ルナが入口近くに控える。
それからすぐにドアが開き、先程の男も入ってきた。
「失礼します」
これまた、深々と頭を下げる。
「おお、お手柄だな。こいつは上玉だぞ」
「はい」
ここの人間はYESマンばかりのようだ。
「さて、お前はもっと近くによれ」
距離1メートルほどのところから更に貴族に近づいた二胡は、隣にちょこんと座る。大柄(というか太っている)貴族に比べ、細身な二胡は本当に女のようだ。
「ふむ。近くで見ると素晴らしいな。わしは見ての通り貴族だ。リーマン伯爵と呼ぶが良い」
「リーマン伯爵」
酒臭い口で言う伯爵に従い、大人しく二胡が言う。魔剣が嫌そうな顔(推定)をするが、その他の面々は特に表情を変えない。
「大人しいんだな。お前はいくつだ?」
「いくつに見える?」
「ふむ。十八」
「違う」
「わからないな。まあいい。その服、よく似合っているぞ」
「そう?」
「ああ。お前は美人だな」
伯爵が彼にしては優しい態度で二胡に語りかける。どうやら相当気に入ったようだ。
「ありがとう。でも、もっと時間があれば火球的速やかに用意を終わらせたのに」
そうか、と伯爵は言おうとしたが、言葉にならなかった。
二胡の放った火球に、胸を貫かれたのだ。
『『『…だ、駄洒落…』』』
「そうだけど?」
3人(?)のツッコミに二胡は冷静に答えるが、周りはそれどころではない。
「消えた…消えたわ!奴隷の呪印が消えた!そうか、あいつが死んだからね!」
「なっ…。伯爵が死んだ…?」
ルナは狂喜乱舞し、男は呆然とする。
「あ、そっか。対処しないと。…忘却」
二胡が2日ぶりに魔法を誕生させた。
忘却魔法 マスター:真田 二胡
発動条件:使用者の半径百メートル以内にいる人型の生物にのみ発動。また、詠唱の声を聞くことがトリガーとなる。
魔力:魔力1につき発動した瞬間から一分前ずつ記憶を消去する。
詠唱:忘却
その他:発動者は忘れない。再度魔法をかけると効果が切れる。
〈よし、決定〉
「あ、れ…?何が…?」
魔法の発動を感知した瞬間、二胡は走り出した。二人には、風が吹いたようにしか感じることができなかった。
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