第15話 闇へ

「うん、朝だな」

『そうね』

『ですね』

『そうですね〜』


 まだ朝早くだというのに、無駄に元気だ。


「今日はランに別のギルドに案内してもらうんだっけ?」

『そうね』

「おすすめはない?」

『知りません〜』

「え〜」

『聖剣やら魔剣やらを持ってる人は、ギルドになんて入らないですから』

「そうなの?」

『です〜。まあかろうじて、傭兵たちの様子はわかりますけどね〜。戦場はよく行ったな〜』

「そうだな〜。近場に戦場があれば一度行ってみたいんだけど」

『人殺しですよ?あんまり気持ちいいもんじゃありません』

「まあね〜。でもいずれはやらなきゃでしょ?」

『最近何かと物騒よ。仲間から聞いた話だと、革命やら反乱やら…。異世界人と名乗るバカもいたらしいわ。調子に乗って国を荒らすわ国の英雄に勝負を挑んで卑怯な手で殺すわで…。始末するのには私も協力したわね』


 どうも、二胡以外にも転生者がいるようだ。しかし、二胡は全く反応を示さない。


「へえ。じゃあ旅の途中に一回行ってみるか〜?」


 …どうも興味すらないようである。


『そうですね〜。気持ちのいいものではありませんが、一度行っておいたほうがいいですよ〜。あと、戦後の乱取りは意外と儲かるんです〜』

『お前…。聖剣持ってるやつがそんなことすんのか?』

『まさか〜。勇者の仲間の話だよ〜』

『勇者にそんな仲間いんの?そいつ大丈夫なの?』

『さあ〜?っていうか、剣に持ち主は選べないしね〜』

『お前、嫌だったのか?』

『当たり前じゃん〜。そいつ、俺の補正だけで勇者になったんだよ〜?しかもそのせいで、魔王に勝てるか怪しくなってさ〜。万が一を防ぐために、聖水の乙女が俺の婚約者を吸収したんだよね〜』

『まさかの妹の仇。そいつその後どうなったん?』

『死んだに決まってんじゃん。処刑だよ処刑』

『お前…。怒ってんな?』

『当たり前じゃん』


 珍しく、聖剣が怒気をあらわにした。


『ちょっと待って、それ二胡くんと同じじゃない?』

「え〜?俺そんなんと同類なの〜?」

『そんなわけないじゃないですか。だって御主人様は偶然俺を抜いただけでしょ?あいつ狙ってたし』

『最悪だな。俺もそうだけど、聖剣って基本的には神に選ばれるものなんだけどな…』

『そうなん?』

『いやお前知らんの?』

『お前ほど見つけられないから。なにそれ。どこで聞いたの?』

『教会』

『行ったことないな〜。っていうか勇者って基本無神論者だし〜』

『そうなん?』

『知らないの〜?あ、そっか〜。魔剣はあんまり勇者に使われないもんね〜』

『神の使い的なイメージだったんだけど』

『違うよ〜。そもそも勇者っていうのはさ、神が天罰を下さないなら俺がやる、って感じだからね〜。まあ、聖水の乙女もそうだけど〜』

「天誅そのまんまだな」


 二胡が突っ込んだ。多分。感想を述べただけかもしれないが。


『あなた達の話は興味深いわね。普通の精霊では手に入らない情報ばかりだわ。二胡くんも気になるのね。でも、そろそろお姫様が待ちくたびれてるんじゃないかしら?』

「え?もうそんな時間か」


 慌てて下に降りた。


「二胡、遅いわよ!何してたの?」

「う〜ん、雑談?」 

「え?なんて言ったの?」


 思わず日本語で話してしまった。


「まあいっか」


 どうやら、二胡は話すのが面倒になったらしい。適当に流すことにした。


「もういいわ。今日は闇に行くわよ」

「闇?へえ、意外だな〜」

「そう?」

「うん。なんか、聖水の乙女が行くようには思えなくて」

「まあ、たしかにね。でも、闇だって国を支える立派な仕事なのよ。時間があったら、技工にも寄りましょうね」

「うん」


 歩き出したランに、二胡がついていく。もはやお姉ちゃんと弟である。


 地下へと向かう階段には門番らしき人がいたが、顔パスだった。ちなみに、執事ではない。


 蝋燭をともして、一つ一つ段の高さが違っている石造りの階段を降りる。


「細かい技工だな」

「でしょう?闇は、とても機密性が高いのよ」

「ふうん」


 長いのか短いのかよくわからないが、しばらく階段を降りた先で、ランが唐突に言った。


「ここよ」


 二胡は大人しくそこで止まるが、階段はまだ先に続いているように見える。


「ふふ、驚いたでしょう?ここには、初めての人は来られないの。然るべき案内人が必要なのよ。本来は適正審査があるのだけれど、私は聖水の乙女だから…ね?」


 なるほど、聖水の乙女が大丈夫と断じたものならば、なんの問題もないだろう。


 ランが土の壁の一部をコンコン、と2回叩くと、音を立てることもなくに穴が空いた。隠し扉だ。


「さあ、入って」


 中は予想と反して明るかった。街の小さなバー、といった様相である。


「ラン様、いらっしゃいませ。2名様でよろしいですか?」


 カウンターの中で、グラスを拭いていた壮年の男性が声をかけてくる。


「ええ。紹介するわ、二胡よ」

「ニコ様。かなりの手練ですね」

「俺はニコじゃなくて二胡だよ」

「二胡…様?」

「うん」


 男性はやや困りながらも、しっかりと修正した。と思う。発音は同じなのだ。


「ごめんね、マスター。二胡は名前に関してはちょっとこだわりが強いらしいの」

「そうですか。まあ、座ってください」


 男性…マスターは穏やかにいう。本当に、ただのバーのようだ。


「さて、今日は何にいたしますか?」

「そうね。おすすめでお願いするわ。ああ、二胡は初めてよ」


 会話も完全にバーである。


「では、これを」


 どこから取り出したのか、あっという間に赤いワインが出現する。


「飲んで」


 ランに促され、二胡がワインを口にする。ちなみに、二十四歳なのでお酒は大丈夫だ。


 そして、ワインが喉を通ったとき、頭の中に映像が浮かび上がった。


「どう?それが、今回の仕事の内容よ」

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