第13話 聖水の乙女

「これは美味しいな…」


 パフェを一口食べて、二胡が言った。


「本当よね!」


 ランも言う。すでに、幸せの絶頂だ。


「うん、本当に美味しい」


 言いながら、二胡がパクパクとパフェを口に運ぶ。


「すごい食べっぷりね」


 最初のうち、ランは感心していた。しかし、だ。


「店員さん、おかわりください」


 あっという間に1つ目を食べ終わった頃から、雲行きが怪しくなってきた。


 そして、2個目、3個目と増えてゆき、とうとう十個目である。


「すごい食べるわね」

「美味しいから。店員さん、おかわり」

「これ、お金の許す限り食べちゃうんじゃ…。いや、人間のお腹はそんなに大きくないよね」


 しかし、ランの不安は現実となる。ものの数時間で、二胡は今日の稼ぎを全て食べ尽くしてしまったのだ。


「ブ、ブラックホール…」


 もはやデートであることなど忘れている二胡の全く膨らんでいない腹を見て、ランが呟いた。


「うん?あ、ごめん、俺ばっかり食べちゃって」

「大丈夫よ。それより、そんなにいっぱい食べて大丈夫なの?」

「パフェは好きだからね。別腹だよ」

「きっとその別腹は異次元にあるのね…」

「そうかもね。いや〜、食べすぎちゃったよ。それにしても美味しかったな。お礼と言っては何だけど、俺の部屋に来ない?」

「え?」


 二胡、まさかの積極的な誘いである。もちろん、ランに行かないという選択肢はない。


「行くわ!」


 男性からの誘いはランの人生で初である。あえて書きはしないが、色々と妄想に花を咲かせていた。


「ついたよ」


 ランがボーッとしている間に、いつの間にかギルドについていた。なにか話せばよかった、とランが後悔していると、


「ラン様!どこに行っておられたのですか?探しましたよ」


 待ち伏せていた執事に捕まった。


「お二人で、またどこかに向かわれるおつもりですか?」

「いや、今日はもう出かけないよ。ランに美味しいお店を紹介してもらったから、部屋に招待したんだ」

「部屋に招待…?」


 執事が怪訝な顔をする。


「終わった…」


 誰にも聞かれないであろう小さな声だが、恨みがこもっていた。ここまで二胡を恨んだのは初めてだ。


「そうだよ。美味しいものを食べさせてくれたから、美味しいものをあげようと思って」


 空気を読まないのは相変わらず、二胡がのんきに言った。


「「は…?」」


 はからずも、執事とランの声が重なる。


「どうしたんだ?まあ良い、行こうラン。あ、夕方には家?に戻ると思うから、安心していいよ、門番さん」

「私は門番ではない!」


 一人憤慨する執事を残して、二胡が部屋へ向かった。ランもついていく。


「ついたぞ」


 いつの間にか二胡の部屋についていたようだ。


「おじゃましまーす」


 シンプルな作りの部屋が、二胡色に染まっていた。別に、目立った家具は置いていない。なのに、完全な"二胡の部屋"だった。


 不思議に思ったが、しばらく考えて、それが自分の"能力"のせいだと気づく。


「すごいわね…。聖水の乙女の血が騒ぐわ」

「そういえば、聖水の乙女の説明、聞いてなかったね。教えてよ」

「じゃあ、美味しいものをもらってからね?」

「いいよ。収納」


 二胡が唱えると、収納からきのこが出てきた。そう、めちゃくちゃ美味しい、あの青いきのこである。


「何かしら、これ。初めて見るわ」

「そうなんだ〜。俺はこれをアオキノコって呼んでる」

「アオキノコ。いい名前ね」

「そう?」


 完全なるアドリブだったようで、二胡が拍子抜けしている。初めて見る表情だ。


「いただきまーす」

「すごいな、そんな毒キノコにしか見えないようなやつをいきなり」


 人のことを言えないのはいつものことである。


「美味しい…!」

「でしょ〜?」

「うん、これは素晴らしいわ。ねえ、売ったらどう?多分、ネザ中の飲食店が潰れるわよ」

「ローリランは潰させないよ」


 何やら話が通じていない。

 

「そっか、やらないのか…。まあ、仕方ないわね。ありがと、すっごく美味しかったわ」


 訂正、話は通じているようだ。まさに、二人だけの世界である。


「それは良かったよ。ねえ、聖水の乙女について教えて」

「いいわよ」


 美味しそうに頬張っていたきのこ…アオキノコを飲み込んでから、ランが話す。


「えっと、聖水の乙女には真実を見抜く力があるの。普通の人には常識に囚われて見えないものや、誰かが隠そうとしているものも。あなたの強さも、なんとなくわかるわ」

「へえ〜。すごいね」


 珍しく二胡が感心している。


「ありがとう。そうね…。例えば、この部屋」

「この部屋?」


 二胡があたりを見回す。普通の部屋だ。


「そう。普通の人には何の変哲もない部屋だけど、私には見えるの」

「何が?」

「二胡の色や、二胡の痕跡が」

「そうなんだ。俺の色って、どんな色?」

「説明しづらいわ。でもそうね、なんとなくの人柄と、強さが見えるわ」

「すごい能力だね」

「でしょ?それにね、私には限定的な未来が見えるの。具体的に言うと…、あなたが勇者になったときの、この世界の未来が」

「へえ?」


 勇者…。それはつまり、魔王と戦うということ。しかし、二胡にそんな気はない。もちろん魔王討伐の邪魔はしないが、それだけだ。


「勇者だけは勘弁だな…」


 二胡は小さく、日本語で呟いた。しかしそれに気づくことなく、ランは聖水の乙女に話を再開した。

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