変わりなき、男子高校生の放課後

こへへい

変わりなき、男子高校生の放課後

 五郎は放課後の教室で黒板を背にしていた。陽光が差し込むであろう窓は遮光カーテンによって閉ざされ、蛍光灯しか光がないこの空間は、まるで夜の学校に来たような雰囲気さえ感じられる。


「さて、作戦会議を始めようか」


 良太は唾を飲み込む。今から始まるのは、明日の決戦に向けての作戦会議だ。すでに勝負は始まっていると言っても過言ではない。五郎はチョークを黒板に走らせると、ブレザーをはためかせ、高らかに宣言した。


「『スイーツバイキングを最大限楽しむにはどうすればいいか会議』、開幕だ!」


 * * *


 今朝のことである。廊下で五郎を見かけた良太は、「見つけた!」とつい口漏らし距離を詰めてきた。その表情はどこか楽し気だった。


「やけにご機嫌だな、何か良いことでもあったのか?」


「ああ、昨日商店街で買い物してたらさ──」


 福引で一等賞のスイーツバイキングペアチケットが当たったのだという。それを五郎についてきてほしいとのことだった。


「いいぞ、予定も無いし」


 五郎はあっさり承諾した。だが、その心中は勝負師のそれであった。


「んじゃ今日の終わりに俺の教室に集合な、作戦会議を立てるから」


 そして今に至る。




「まずは時間だ。予約はできてるんだろうな?」


「ばっちしよ!明日の午後三時だ」


「ならば明日はその店の最寄り駅に14時集合だ。少しくらい時間を作るほうがいいだろ」


 五郎はカツカツと時刻を黒板に記し、箇条書きの項目を増やした。


「さて次は、どう楽しむかだ。バイキングを楽しむというのは、一体どんなことを指しているだろうか?」


 と言いながらチョークを走らせる。『どう楽しむ?』と書かれていた。


「別に適当でいいと思うけどな、好きに楽しめばいいんじゃ──」


 と良太が返事したものの、かすかに「あ」という言葉を漏らした。顔を上げて言葉を紡ぐ。


「でも、腹いっぱい過ぎて帰りがタプタプになるのは嫌かな、昔バイキングでいっぱい食べ過ぎてそうなった思い出があるんだよ」


 はははと笑う良太。五郎もはにかんで同意する。


「俺もあったな、ついつい好きなものを好きなだけ食べてしまってな」


 なら腹八分目にしよう。五郎はそう言って黒板に書き足す。良太も同意見だった。


「なら、次は何を食べるか、だな」


「おう、ちょっと待っとけ」


 五郎は教卓の下から、重々しく大きな機械を出した。良太は目を見開いた。


「あ、それって」


「先生にプロジェクターを借りたんだよ。私物の古い奴らしくって、授業の時にたまに使ってるんだってさ。それをスイーツバイキングのメニューを見ながら作戦会議がしたくてな」


 準備の準備が半端では無かった。良太は「そうか」と顔を引きつるしかない。

 高校に入ってからの仲ではあるものの、彼のこういう異常なまでの用意周到さは相変わらずである。良太は五郎を誘ったのは、その分析の力を借りるためでもあるのだ。


「その代わり、このスイーツバイキングを楽しむ作戦を先生にも教えるという条件付きだがな。月一で行くくらいの通なんだってよ」


「なら先生もこの会議に参加してくれたらよかったのに。意見も聞けるしさ」


「自分たちで調べろってよ。忙しいんだろうぜ、先生って職業は」


 言いながら、自身のスマホの画面をプロジェクターに表示させる。

 プロジェクターで表示されたスマホ画面には、スイーツバイキングで出されている品々の写真と品名がずらずらと、二列縦隊で表示されていた。


「なかなか旨そうなのがあるじゃん!っちょ五郎、その『ザッハトルテ』ってやつクリックしてくれよ」


 五郎は良太の言葉にしたがって、スマホにザッハトルテの詳細ページを表示させた。そこにはアレルギーの表示やカロリー等、そしてその上にチョコレート特有の光沢あるザッハトルテの写真が貼ってあった。


「中々うまそうだな、これは外せない」


「だろだろ!それといちごのタルトも良さそうだったぞ!見てくれよ!」


「ほう、パスタやカレーライスもあるのか」


「アイスもあるぜ、行く前によだれ出てきたな」


 と、いくつかメニューを鳥瞰したところで、五郎が手のひらをかざして流れを止めた。


「そうか、こうやって好き勝手食べてしまうから無暗に腹を膨らませてしまうんだろうな」


「確かに、このノリでバイキング行ってたら完全に暴飲暴食ルートだったわ」


 両者反省。五郎は思い出したようにスマホ内のファイルを開き、プロジェクターにある資料を表示した。それは、お菓子屋さんでよく使われる材料の原価額の一覧だった。


「この資料を纏めて思ったのだが、フルーツは基本的に高い。イチゴでも高いやつで一粒6000円するのがあるらしいくらいだ。だが小麦などはアメリカからの輸入で安定供給されているため、基本的に安い。となると、俺たちはフルーツを中心にして食べたほうがお得だということが分かる」


「あはは、こりゃすごい」


 朝礼の時間や他の隙間時間に隠れて作っていたらしい。もはや執念というか、スイーツバイキングと過去の因縁があってもおかしくない周到さに、再び良太は顔を引きつった。


 だが五郎の意見に不満があるわけでもなく、その話の流れに良太は乗っかる。


「値段という観点ではそうだな、だが腹持ちという観点では、炭酸飲料も避けるべきだろうぜ。コーラとかジンジャーエールとかさ」


「確かにそれは考えてなかったな、それにジュースはたとえ炭酸が無かったとしてもほぼ砂糖水だ。そこまで単価はないだろう。となるとフルーツを中心に食べるべきか」


 とはいったものの。良太は五郎が再び表示させたメニュー表のフルーツコーナーに目をやる。そこにはイチゴ、メロン、バナナの三種類だけだった。


「これじゃ流石に飽きちまうよ」


「だな、となるとケーキの中でも、フルーツがより使われているケーキを優先的に選んだ方が良いだろう」


 五郎はメニュー表のケーキコーナーを表示する。そこには、先ほど注目したザッハトルテやイチゴのタルト、ムースケーキなど、個性豊かなスイーツ達がそろい踏みだった。良太は再びよだれをハンカチで拭う。


「いいなぁ、タルトは外せない」


「ああ、見る限りイチゴの量も多そうだ」


 二人はいつも通り、旅行に行く時やカラオケに行く時と同じように、楽しく明日に向けての議論を重ねていくのだった。


 * * *


 そうして議論を重ねること数時間。カーテンで日差しを遮っているとはいえ、二人の体内時計が正しくグウと鳴った。はっと思い出したように良太は立ち上がりカーテンを開けると、窓の景色は限りなく黒に近い夕闇となっていた。


「やべ、もうこんな時間かよ」


「結構話し込んでしまったな、明日の決戦が楽しみだ」


 五郎がそう呟いてプロジェクターの線を収納していると、教室のドアがガラガラと音立てた。二人は思わず振り向くと、そこには、いつもはぼさぼさ髪で白衣を身に纏っているはずが、長い黒髪を綺麗に整え、スーツをピシッと着こなしている担任の先生の姿だった。


「そろそろレンタル終了時刻だと思ってね、方針はまとまったかい?」


「プロジェクターありがとうございます、先生」


 大きなプロジェクターを先生に渡す。手元の紙袋に直すと、先生は教室にある一つの机に指差した。


「最後の登校なんだ、忘れ物はなしにしたまえよ」


 机には、二人の荷物と二本の黒い筒。そして黄色いバラのコサージュが置いてあった。

 荷物をそそくさ肩に提げると、良太は先生に詰め寄った。


「あ、先生最後なんだし、コンビニでなんか奢ってよ!高いお菓子ね!」


「明日食べるんだろう?」


「スイーツバイキングの話してたらスイーツの口になっちゃったんだって!」


「先生、俺は団子がいいですね、明日はフルーツ優先でスイーツ食べるので、今は逆の路線がいいです」


 二人の最後のおねだりに、先生はついつい口角が上がってしまった。


「一つだけだぞ?心して選べ」


 扉を閉めて鍵をかける。廊下では、コンビニスイーツをタダで食べられるなら、何を選ぶべきか。そんな他愛ない会話が響いていた。


「私は団子かな」と呟いた。月明かりと桜には、やはり団子が相応しい。

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