第21話 迷子の幼女


 それは依頼を受けないと決めた休日。

 その日、イヅナは珍しく一人で町を歩いていた。


 いつもならツバキと一緒に行動するのが普通だったのだが、今回はイヅナだけ。なぜツバキが一緒ではないのかというと、ツバキはギルドの資料室で情報を集めている為、一緒には来れなかったからだ。正確にはイヅナが追い出されたというか……


 イヅナも初めはツバキと共に資料を読んでいたのだ。しかし、余りにもイヅナが役に立たなかったのでツバキに追い出されてしまったという訳だ。


 そういう訳でギルドの資料室でする事もなくなったイヅナは町をぶらぶらと散歩していた。




 ギルドから少し歩いて場所は大通り。

 そこでは露店を建てた商人たちが客を呼び寄せる声で大いに賑わっていた。


 イヅナは串焼きの焼ける良い匂いに誘われそうになりながらも、どうにか切り抜け歩みを続ける。あまりお金を持ってきていないので、早々に使うわけにはいかなかったのだ。


 そして道に並ぶ数々の誘惑を断ち切り、町を歩いているとある一軒の露店の店主がイヅナを呼び止めた。


「らっしゃい、らっしゃい! 今日は朝一で届いた新鮮な果物がおすすめだよ。おっ! イヅナちゃんじゃないか、今日は一人かい?」


「うむ、そうなのじゃ。ツバキと一緒に調べ物をしていたのだが、追い出されてしまったのじゃ。どうやら妾には戦う才能はあったが、本を読む才能は無かったらしい」


 おどけるように言うイヅナ。


 その雰囲気からあまり触れてほしくなさそうなのを察したのか、軽快そうに笑いながら露店のおじさんはイヅナを褒める。


「はははッ、そうかい。でも、そんなに小さいのに戦うことが出来るだけでも凄いもんだよ」


「むぅ……」


 イヅナは小さいと言われて、頬を膨らませて露店のおじさんを睨む。

 しかし、露店のおじさんからしてみれば可愛らしいもの、イヅナに睨まれても全く怖くはなく逆に可愛いぐらいだと感じていた。


 その時の露店のおじさんは微笑ましいものを見る目でイヅナを見ているのが、誰の目から見ても分かるのだった。


「悪い悪い。お詫びに今日採れたてのオランジをやるから許してくれ。……どうだ美味いか?」


 イヅナは今貰ったオランジのおいしさに夢中になってパクパクと食べる。


 イヅナが食べているオランジの味は、そのままオレンジのような味なのだが、酸味より甘味の方が強くちびっこに大人気のフルーツなのだ。

 暗に露店のおじさんに子供と一緒に扱われているのだが、オランジの美味しさに気を取られているイヅナは気が付かなかった。


 そんなことも露知らず返事もせずにパクパクとオランジを食べ続けるイヅナを見て、おじさんは満足そうに頷く。


 そして、ようやくオランジも食べ終わり店を後にする。もちろん感謝も忘れずに。


「では、店主よ。馳走になったな、今度はツバキと一緒に客として来るからの」


「じゃあな、転ばないよう気をつけて行くんだぞ」


 むぅ……また子供扱いしおって、まぁオランジに免じて今回は許してやるか。しかし、オランジは美味かったな……後でツバキにお土産として買って帰ってやるか。




 露店のおじさんから貰ったフルーツを食べて元気になったイヅナは店を後にして散歩の続きを始めた。


 露店でフルーツを食べた後、そのまま町を歩いているイヅナは町に来てから知り合った毎回何か食べ物をくれる露店の商人たちや、町に住む妙に可愛がってくる奥様方たちと会話をしては別れてを繰り返す。


 人が想像する神様らしくない神だが、イヅナは高天原という神の国から人々が住む地上に降りて来た天津神という。それに稲荷神というのは様々なご利益を授け、人々の近くに寄り添う身近な神様である。


 つまり、イヅナは今のままで良いという事だ。



 そんなこんなで町の人たちに可愛がられたイヅナだったが、ある道に通りがかった時、道端に一人で少女が膝を抱えて蹲っているのが見えた。どうやら泣いているようでグスグスと鼻を啜るような音がイヅナの耳に入ってくる。


 当然泣いている子供を見捨てるほど腐っていないので、泣いている子供のそばまで近寄りどうして泣いているのか尋ねる。


「そこの幼子よ、どうしたのじゃ? どうしてそんな所で泣いておる、お母さんはどうした?」


「ぐすっ……ふぇっ? おねえちゃん、だれ?」


 蹲って隠していた顔をあげる。


 しばらくの間イヅナと幼女の目が見つめ合ったが、唐突に幼女があっ!と声をあげる。


「おうさまのおねえちゃん!」


「おうさま?」


「そう、おうさま!? この前、ねこちゃんたちと一緒に町を歩いてるのみたの!!」


 あの時か! 妾たちが猫たちと一緒に倉庫街の方に行く時に母親と一緒に歩いてたあの時の子か!? しかし、こんな小さな子が一人でいるとは……もしや迷子か? 


 そんなことを考えているイヅナに先ほどからキラキラしていた目で見ていた幼女が辛辣な言葉を言い放つ。


「おねえちゃんも、もしかして迷子?」


 一瞬何を言われたのか分からなかったが、怒るのも大人気おとなげないので先ほどの言葉を聞かなかったことにして、幼女に自分が子供でもないし迷子でもないと伝える。


「んんっ……妾はこれでも立派な大人じゃからな、迷子とは言わんのじゃぞ」


「んー? でも、おねえちゃんも小さいじゃん」


 ぐはっ!? ま、まさかこんな小さな子にまで小さいと言われるとは……落ち着け、落ち着くのじゃイヅナ。こんな小さな子にまで怒るでないぞ、妾は大人じゃ、冷静に冷静に。


「た、確かにち、小さいかも知れぬがそれでも大人じゃ」


「ふぅーん、変なの」


「そ、それよりお主こそこんな所で何をしておるのじゃ? 前に一緒におった母親はどうした?」


「……ぐすっ」


 母親という言葉を聞いた幼女は、つい先ほど泣き止んだばかりなのになぜか再び泣き出してしまった。


 突然泣き出してしまった幼女にあたふたとしながらも年上として幼女を気にかけるイヅナ。


「こ、これどうした!? 何かあったのか?」


「あのね、おかあさんがね病気でね。ヒナがね、おくすり買ってくるって言っても、特別な薬草じゃないとおくすりは作れないって言われたの。だからね薬草取りに行く為に外に行こうとしたらダメって言われてここにいたの……」


 なるほどのぅ、薬草を取りに行きたくてもいけなくてここで泣いていたと言うわけか。まぁ、こんな小さな子が一人で外に行くのは危ないから止められるのは当然と言えば当然じゃが。誰か薬を持ってきてくれるのではないか? 


 自分で動く事に疑問を持ったイヅナはヒナに問いかける。


「のぅ、ヒナよ。その特別な薬草を取って来てくれる人を待つって言うのは出来ぬのか?」


「ううん、それじゃあダメなの。今、おとうさんは森に遠征っていうのに行ってるし、その特別な薬草は滅多に見つからないから依頼っていうのを出すにもお金が足らない、いつまで経ってもおかあさんが治らない……」


 悲しそうにヒナはそう言った。

 それは母親が心配で仕方ないと言う顔だ。


 うむぅ……それは困ったのじゃ、何かよい手はないものか…………あっ! そうじゃ!


 そこでイヅナはある案が思い浮かんだ。

 それを先ほどから悲しそうな顔をしている幼女に伝えることに。


「のぅヒナよ。その薬草、妾が取ってきてやろうか?」


 イヅナの言葉に一瞬何を言われたのか分からなかったが、次第に顔には笑顔が浮かび希望が見える。


「ほんと!? おねえちゃんが薬草を取って来てくれるの!?」


「あぁそうじゃ、妾なら一人で森に行くことも出来るし、薬草も取ってくることが出来るのじゃ!」


 イヅナは胸を張って自信満々にヒナにそう告げる。

 ヒナに告げるイヅナのその様子は、同年代に大人ぶっている子供のように見えた、ヒナとイヅナはほぼ身長が同じの為、余計にそう思ってしまう。


 素直にすごいと思っているヒナだったが……


 しかし、ここである事に気づいてしまう。


「あっ、でもおねえちゃん、その特別な薬草の見分けはつくの?」


「あっ……」


 ヒナにそのことを指摘されてしまいイヅナは固まる。

 イヅナのその反応を見てしまったせいで再び幼女の顔に曇りが浮かんでしまう。

 

 泣き出しそうな雰囲気に慌てるイヅナ。


 しかし、心境に変化があったのかヒナはスンッと目元の涙を拭いイヅナに強く言い放つ。


「おねえちゃん、わたしも森に連れて行って!!」


 ヒナはとんでもない事を言い出した。

 

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