第22話 傾国美女
先ほどまで泣いていたヒナが、突然泣き止んだかと思うと自身も森に連れて行ってと唐突に言うのだ。
突然の世迷言に一瞬、訳が分からなかったイヅナだったが、その意味が分かると慌てたように否定する。
「な、何を言うのだ!? 森といっても魔物が出てくるかもしれぬ危ないところじゃぞ。ましてや両親の同意も得ずに勝手に外に連れ出すなど出来ないのじゃ」
「それでも連れて行ってよ! それにおねえちゃんは特別な薬草の見分けつかないでしょ、私がついて行けばすぐに分かるから、その分だけ早くおかあさんの病気を治せるんだよ!」
「それは…そうじゃが……」
イヅナもヒナの言う事は分かるのだが、危険がある森に連れて行くとなると話は別だ。
イヅナはヒナを森には絶対に連れて行かない方が良いと考えていた。焦っている人間というのは、周りが見えなくなりやすい。しかも、ヒナはまだまだ幼い。森に子供を連れて行くなど難易度が高すぎて今のイヅナに出来るはずがなかった。
しかし、ヒナの言うことも一理あるのでイヅナの心は迷っていた。
その揺れ動くイヅナの心を感じ取ったヒナは最後の一押とばかりにある事を告げる。
「大丈夫だよ、私これでもお父さんから剣を習ってるんだから! それにちょっとだけど、冒険者のお姉さんに魔法を習ったことがあるから魔法も使えるんだよ。ねぇ、おねえちゃん……おねがい」
ヒナは上目遣いで媚びるようにイヅナを見つめる。
イヅナとヒナは背が近い為、上目遣いになっていないがイヅナには効いてるようなので気にしないでおこう。
長い間、イヅナとヒナの目が見つめ合う。
見つめ合う二人の間には辺りの騒音は消えて、今二人だけの空間が生まれる。
イヅナはヒナの絶対に何がなんでも連れて行って貰うんだという目を見て、絶対にこれは折れないなと思った。そして、ため息を吐きながら決心する。
「はぁー……仕方ない」
「それじゃ!!」
喜色に満ちた声と期待に満ちた目でイヅナを見るヒナ。
それを諦めのついた顔で頷くイヅナ。
「うむ、連れて行ってやる」
「やったーーッ!!」
ヒナは連れて行って貰えると分かるとその場で体全体を使って跳ねるように喜びを示す。
そこに喜びを引き締めるようにイヅナがそこでキツく言いつける。
「じゃが、一つだけ絶対に約束してもらう……」
先ほどの雰囲気とガラリと変わったイヅナに緊張してヒナはゴクリッと唾を飲み込み、一言一句聞き逃さないように耳を大きくしてイヅナの言葉を待つ。
「絶対に妾のそばから離れてはならぬ」
予想していた内容と全然違うと呆気なく思い、ポカンとした顔をするヒナ。
たったそんな事を守るだけでいいのかとも思っていた。
「……それだけ?」
「それだけじゃ。じゃが、万が一の事があってはいけぬからの、護衛をつけさせてもらう! これは絶対じゃッ!」
「護衛? おねえちゃん以外に協力してくれる人がいるの?」
自分たちの他にも手伝ってくれる人がいるのかと思い、辺りをキョロキョロと見回す。しかし、どこを見てもそれらしい人はいないので不思議そうな顔をするヒナ。
そんな可愛らしい反応を見て、イヅナは焦るなというように手で制する。
「まぁ見ておれ」
そう言うとイヅナは自分の腰に生えているフサフサの尻尾から一本の毛を抜き、手のひらに乗せフゥーと息を吹きかける。
すると、どういう原理だろうか。
イヅナが抜いた一本の毛がポンと軽快な音を鳴らしながら煙に包まれると、そこには小さな一匹の子狐が現れたではないか!?
突如現れた一匹の子狐は軽やかに地面に降り立ったかと思うと、軽快な動きでヒナの肩に乗る。
ヒナは突然現れた子狐に目を輝かせる。
「おねえちゃん、すごい! なにこれ!? もふもふする」
「其奴は妾の『仙術』スキル、身外身の法で生み出した分身じゃ。昔にイタズラ好きのクソ猿に教えてもらった技じゃ」
イヅナが今使った身外身の法といえば、かの有名な孫悟空が使う仙術の一つで有名ではないだろうか。別名、影分身の術ともいうが今その話はいいだろう。
しかし、そんなことを知らないヒナにとって猿に教えて貰った術というのは不思議なことで仕方がなかった。普通の人は猿に教えてもらったと言われてもピンッとこないだろう。
これで驚かないのは神様と密接に関わっているイヅナ自身とツバキたち巫女ぐらいだろう。
その為、ヒナはお猿さんに教えてもらったのかと不思議そうな顔をしてイヅナに尋ねてみる。
「お猿さんに教えてもらったの?」
「あぁ、そうじゃよ。昔、妾のおやつを勝手に食べおったあの猿の奴を懲らしめてやった時、お詫びの代わりに教えてもらった仙術じゃ。あの時は苦労したもんじゃ、教えてもらうにしても感覚で使っているのか何を言ってるのか……」
へぇと話半分に聞きながらイヅナの分身、コヅナさんをもふもふしていた。余程コヅナさんが気に入ったのだろう、イヅナの話そっちのけでもふもふしている。
そんなに気に入ったのか!? 目の前に分身じゃない本体があるのじゃぞ、もふもふ度二倍じゃぞ! 先ほどまでは眼中になかったのに分身の方がいいというのか!?
分身に若干のジェラシーを感じながらも、森に行く為の話を続けるのにヒナの意識を戻してやる。
「あー、ちょっとヒナさんや。聞いておるか?」
「あ、ごめんなさい。きいてなかった……」
「いや別に良いんじゃよ、存分にもふもふしてくれても。じゃが、森に行くのに事前確認してなければならないこともあるじゃろ」
「そうですよね……」
怒られたと思ったのか、ヒナは落ち込んだように顔を暗くしてしまう。
これ妾悪くないよね、変なこと言ってないよね、別にそんなに怒ってないから、そんなに落ち込まないでくれ。
「では、話を戻すぞ。まず森を歩くのは、妾のすぐ横が鉄則じゃ。目当てのものが見つかったからと言って、妾より先に行ってはならぬぞ。分身には魔物が近づいた時には知らせるように指示はしておるが、安全のため出来るだけ妾のすぐそばに居て欲しいのじゃ。それとコヅナは戦闘力は無いからの、目眩し程度は出来るかも知れぬがあまり過信しないように」
事前に森に行くにあたっての約束を決めるイヅナ。
それほど難しいことは言わずにただ自分のそばから離れてはいけないという事を念押しに伝える。
ヒナは元気を取り戻し、気合を入れて返事をする。
「はい!」
「元気があって宜しい。では、行くとするか」
イヅナもその様子に、これならば森での探索も出来るだろうと満足そうに頷く。
事前に森での歩き方を簡単に取り決めたイヅナたちは、早速目当ての特別な薬草を採取する為、森に行こうとするのだが……その前にある難関があった。
それは何か……それはイヅナとヒナの二人は外に出る為の門を潜らなければならないということだ。
どうして外に出る事が二人は苦労するのかというと……イヅナたちは二人とも幼い子どものような容姿、正確にはイヅナの容姿が幼い為、小さな二人だけでは門を通れないかもしれないということだ。
前にイヅナは依頼に行く時があったのだが、その時は先にイヅナが先に一人で出ようとした所、門に立っている兵に止められてしまったのだ。その後、遅れて来てくれたツバキの付き添いと思われたお陰で通れたのだったが、今はツバキはいない。
なので子供二人だけでは危ないからと、外に通ずる門を通してくれないかもしれないのだ。
しかし、考えなしのイヅナではなかった。
忘れているかもしれないが、イヅナにはこんな時に役立つスキルがある。
そう! それは『変化』のスキルだ!
『変化』のスキルを使い、以前のイヅナの容姿に変化すれば年齢をクリアする事が出来て無事に門を通れるかもしれないという寸法だ。
しかし、これも少々問題があった。
この『変化』のスキルなのだが、変化する対象によって使う魔力の量が増えてしまうのだ。つまり、イヅナが自身より小さなものに変化するのは簡単なのだが、大きなものに変化するのは困難ということになってしまう。
今のイヅナは身長120センチほど、以前のイヅナは180センチほどはあった。変化しても、持って数分といった所だろう。まだまだステータスが低いので変化できる時間は短いが、いずれは一日中維持できるようにしたいとイヅナは思ったいた。目指せ、大人の妾!
イヅナは事前にヒナにスキルを使うことを伝えて、少し離れた場所で見学していてもらう事に。
さて、では早速使ってみるとするか。久々の変化だが、上手くいってくれよ……
「『変化』ッ!!」
イヅナの掛け声と共にポワンと体の周りに煙が現れて包まれる。
時間にして数十秒ぐらいだろう、イヅナの姿が完全に見えなくなってしまい少し不安になってしまったヒナだったが、徐々に煙も薄くなってきてヒナの不安も晴れた。
徐々に煙が開けると……そこには小さくなる以前の美しい大人のイヅナが立っていた。尻尾の数は一本で少々違うが、誤差の範囲だろう。
突然の変化に本当に先ほどと同一人物なのか信じられないヒナは恐る恐るといった風にイヅナ(大人バージョン)に話しかける。
「……おねえちゃん?」
「そうじゃよ、妾じゃ。どうじゃ? ちゃんと変わっておるか?」
前と変わらないイヅナだと分かると先とは打って変わって、キラキラとした目で尊敬の眼差しでイヅナを褒めちぎる。
「すごい! すごいよおねえちゃん! ほんとに大きくなった、お胸も大きい! それにすっごくきれい!!」
「そうじゃろ、そうじゃろ。これこそが妾本来の姿というものじゃ。しっかりと目に焼き付けておくのじゃぞ」
褒められて満更でもないイヅナは素直にヒナの称賛を受け取っておく。
イヅナが異世界に来たからというもの、チヤホヤしてくれる人たちはいるが、素直に尊敬してくれる人が居なかったので嬉しく思っていた。
小さなイヅナでは尊敬を集めるのではなく、すこし大人ぶった子供という認識の為、ただ可愛がられるだけだったのだ。
そんなこんなで変化に成功したイヅナは、懐かしさを噛み締めながらヒナと手を繋いで門の方へと歩いていく。
仮にもイヅナは豊穣の神格を有する神だ。当然容姿も浮世離れしたもの、だがイヅナのポンコツな性格が人間味を感じさせられ異世界の住人はギャップ萌えというものを感じていた。
町の中を道行く人々の視線はイヅナに向けられる。
ーーあれは誰だ!?
ーーこの町にこんな綺麗な人がいたのか!?
ーー可憐だぁ……
老若男女問わず、町にいる全ての人々がイヅナの姿に魅了されていく。ある人はイヅナに見惚れて壁にぶつかったり、ある人は妻と思わしき人に平手打ちを喰らっていたりと、イヅナが歩くだけで大混乱だ。
そんな好機の視線に晒されながらも、周りの目を気にすることなく楽しく話しながらイヅナたちは門まで辿り着いた。 周りを気にすることのない図太い神経を持っているヒナはひょっとしたら大物になるかもしれないと思ったイヅナであった。
「あ、あああの、ご、ご用件は、な、何でしょうか!?」
ある一人の若い門兵が緊張でガチガチになりながらもイヅナの対応をしてくれる。後ろでは先輩と思わしき兵が恨みがましく若い門兵を見ていたが、この後のイヅナの対応をする門兵はあとで大変だろうな。
他人事のように思いながら、イヅナは用件を話す。
「妾たちは森に薬草を取りに行くだけなのじゃが、通してもらえぬか?」
若干の上目遣いを使いながらイヅナは門を通してもらうように頼む。
若い門兵が一瞬固まったかと思うと顔を真っ赤にしながら、問題ないと言ってくれた。
「ふふ、ありがとなのじゃ」
軽く微笑むように礼を言う。
これから訪れる門兵の苦難を乗り越えられるように心の中で祈りながら。
「お、お気をつけて!!」
若い門兵の言葉を後にイヅナたちは森の方に向かって行った。後ろの方でゴスッという音が聞こえたがきっと気のせいだろう。
門から少し離れてからヒナは笑顔を浮かべながらイヅナに言う。
「うまくいったね、おねえちゃん!」
「うむ、そうじゃな。しかし妾も変化するのがキツくなってきた。早く変化を解かねばこの後の森の探索に支障が出そうじゃ」
頬に少しの汗を浮かばせながら、その場から逃げるようにイヅナたちは森の方面へと歩いて行った。
その後ろ姿を最後まで男たちがうっとりと見ているのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
イヅナが去った後の兵たち
「おい、お前俺が対応しようと思ったのに、このやろぉ」
「痛い、痛いですよ先輩」
「……で、どうだったよ」
「あぁすごく………いい匂いだった……」
「ちょっとお前……変態っぽいぞ」
「勘弁して下さいよー」
軽口を叩きながら通常の業務に戻る門兵たちだった。
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