第20話 猫と鼠の王


 前回、何やら重要な事を知る灰色猫に案内され倉庫街の一角に訪れたイヅナたちだったが、そこには大量のネズミたちがたむろしていた。


 ネズミたちを駆除するべく、襲いかかる猫たち。

 ついにネズミの殲滅が完了しようとしたその時、通常より大きいサイズのネズミ、シャルル三世との運命付けられた宿命のライバル、鼠の王が現れた。




 ついに鼠の王の前に立つ、猫の王シャルル三世。

 今ここに運命に定められた戦いが始まる(猫とネズミの喧嘩です)


 猫と鼠の王の対立を見た猫たちの間には、今までにない凄まじい緊張感が走る。

 それもそうだろう、この戦いは町の勢力圏をかけた戦い、つまり自分たちの存在意義を示す戦いである。

 さらに自分たちの祖先たちが成し遂げた、鼠の王討伐という偉業に今、自分たちが立ち会っているのも緊張の一端だろう。



『にゃにゃにゃッ! にゃにゃにゃーーッ!(我が名はシャルル三世ッ! 猫の王にして鼠の王を倒すもの也ッ!』


 いつの間にか頭に王冠を被り、鼠の王を前に正々堂々と名乗りをあげるシャルル三世。先ほどまで暗がりに怖がっていた様子は微塵もない、それこそ本当に猫の王に見える立派な姿だった。


 それを聞いた鼠の王は、シャルルの名乗りにポツポツと語り出す。


『チュ、チュ。チュ、チュチュチュ………チュチュッ! チュチュチューーッ!(私は鼠の王、名前はまだない。だが、名乗るとするならば………我が名はネチュマスッ! 鼠の王にして町を蹂躙するもの也ッ!』


 猫の王に対抗するかのように今、真に鼠の王が誕生した。


 そして、今ここに鼠と猫の王による、町を賭けた戦いの狼煙が上がるのだった。




 まず動き出したのは仲間たちがやられ、もう後がない鼠の王ネチュマス。

 その猫より一回り小さな体を生かして、翻弄するように素早く動き出した。しかし、猫の王シャルルはその大きな猫の瞳によりしっかりと鼠の王ネチュマスの姿を捉えていた。


 素早く翻弄するように動き回っていたネチュマスだったが、自身の姿が捉えられてるのを悟ったのか、2本の牙を剥き出しに真っ直ぐシャルルに突撃する。

 

『チュワァアアアッ!!』


『にゃ……にゃにゃにゃん!! にゃ、ニャンッ!(突っ込んでくるなど……このシャルルに狩ってくれと言っているようなものにゃ!! 喰らうにゃ、猫王爪ッ!)』


 牙を剥き出して突っ込んできたネチュマスに冷静に対処するシャルル。猫の手に隠されていた5本の鋭い爪を出し、突っ込んできたネチュマスを回避すると同時に体を猫爪で切り裂いた。

 その状況は偶然にもイヅナが初めて戦闘を行った状況に酷似していた。


 しかし、それだけでやられる程、鼠の王は甘くはなかった。


『ヂュッ……ヂュ…チュワァアアアーーッ!!』


 切り裂かれた痛みに耐えながらもシャルルに反撃をしてきたのだ。すれ違い様に斬られたと思いきや、全身のバネを使い再び二本の頑丈な牙に一撃でゆらゆらと揺れていたシャルルの尻尾に噛みついた。


 鼠の王ネチュマスの一撃に悲鳴をあげるシャルル。猫の尻尾は神経が通っているため弱点となりうる為、かなりの痛みがシャルルを襲う。まさしく窮鼠猫きゅうそねこを噛む。

 

 お互いに一撃をお見舞いした猫の王シャルルと鼠の王ネチュマス。しかし、全身に切り傷が入ったネチュマスと尻尾のみダメージがあるシャルル、どちらが有利かは言うまでもない。

 その通り全身に切り傷の入ったネチュマスは血が足りなくなってきたのか既にフラフラとしており、後数分も経たないうちに自然と倒れるだろう。


 それはネチュマスも分かっているのか、自分の最期に諦めたのかその場で静かに佇んでいるのみ。

 その状態にシャルルもネチュマスが諦めたのかと思ったが、しかし鼠の王の瞳にはまだ覚悟の炎が灯っていた。


 先ほどから沈黙の包まれていた空間にある一匹の鳴き声が聞こえてくる。

 それは鼠の王が猫の王にした最期の提案だった。

 

『チュ、チュチュウ。チュチュチュウ。チュチュチュウチュ……(猫の王よ、既に私が立っていられる時間はもう残り僅かだろう。貴殿が何もせずとも私はもう倒れる。そこで私はこの一撃に全てを賭ける、散っていった仲間の為、そして最後に残ってしまった王としての務め。猫の王シャルル三世、私の最後の願いを聞いてくれるだろうか……』


『……にゃん。にゃにゃにゃ(……分かったにゃ。その提案に乗ってやるにゃ』


 ネチュマスの提案に乗るシャルル。

 それは王としての誇りを敬意してか、それとも同じ宿命を背負ったライバルとしてか……



 辺りには再び沈黙が訪れる、それは妙な威圧感を伴った沈黙だった。

 猫たちの緊張感が今までの比ではないほどに高まるのが感じる。


 戦いの開始の合図はなかった、お互いが見つめ合い自然と戦いの火蓋が幕を切って落とされたのだ。


 互いに全力で相手に向けて走り出す。


 この一撃に全身全霊全てを賭けて。


 一人の猫と鼠として、宿命の相手として、そして種族を背負う王として……


 

『チュワァアアアアアアアアーーッ!!』


『ニャァアアアアアアアアアーーッ!!』


 互いの雄叫びが倉庫の一角に響き渡る。


 全力でぶつかり合い、ネチュマスとシャルルの攻撃が交差し合う。

 その最後の一撃は双方ともに命中した。


 改めて二人を見ると。


 其処には、先ほどよりも傷が少し増えたシャルルと、胸元に大きく刻まれた5本の傷跡がついた満身創痍なネチュマスの姿があった。


 勝負はすでに決まった……

 

『チュ……チュチュチュウ……(私の敗北か……全力の一撃を受け止められては……もう言うことはないな……)』


 鼠の王ネチュマスはそう述べて、静かにその場に座り込む。すでに力も残っていないのだろう、話すのが一杯一杯の様子だ。


 ぽつりぽつりとネチュマスが語り出す。


『……チュウ、チュチュ。チュチュチュウ(……シャルル、猫の王シャルル。貴殿が私の宿命のライバルで本当に良かったと思う)』


『にゃにゃにゃにゃにゃ(吾輩もネチュマスが宿命のライバルで良かったと思うにゃ)』


『チュチュウ、チュチュ……チュウ(こういう時はこう言うのだったな、またいつか会おう……さらばだ』


 最期にそう言うとネチュマスは光の粒子となって、この世から姿を消した。

 こうして、ギニングの町における猫とネズミによる覇権を賭けた闘争が終わった。



 ーー………にゃあああああああああああッ!!!!



 最後まで立つ自分たちの王の姿に、町を守ることが出来た自らに、その闘いを見ていた猫たちが勝利を雄叫びをあげた。


 それは町に響き渡り、猫の王の勝利を住民に告げるようだった。



 あれ? 妾たちって猫の戦いを観る為にここに来たのか? 確か猫を探す依頼をしておった筈なのじゃが……まぁ、それは後でいいか。今はシャルルの勝利をこの目に焼き付けておくとしよう。




 ーーこの後、無事に猫は見つかりました。

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