第19話 ネズ・即・斬


 自ら名乗り出てくれた額にハートのマークがついた灰色の猫が、なにやらイヅナたちが探す星マークの猫を知っていると言うのだ。

 聞いてみた所、どうやらこの猫はその星マークの猫とはよく遊びに出かける仲のようで、突然いなくなってしまった友人? 友猫を探していたらしいのだ。

 

 そんな時、王様から全体に呼びかけがかかったという。


 イヅナたちの前に出て来てくれたハートマークの灰色猫に何か他に知っていることはないか聞いてみると。


『にゃんにゃ! にゃ、にゃにゃん(にゃーん……にゃっ! そういえば、最近よくネズミを見かける場所があると聞いたことがあるにゃ。私たちにとってネズミを狩るのは本能ですから、ネズミを見たらネズ・即・斬、これ猫の鉄則ッ!)』


 何やら重要なヒントを言った気がするのじゃが……それよりネズ・即・斬ってなんじゃ! 誰がそんな言葉を猫たちに教えたのじゃ! 勇者か、また勇者のやつが異世界に広めなのか!?


 顔を引き攣らせながら再び猫に問いかける。


「そ、そうか……ではそのネズミのよく出る場所に案内してもらえぬか?」


『(にゃにゃッ! にゃにゃにゃ、にゃにゃ?(神様のお願いとあらば喜んで案内させてもらうにゃッ! でもさっきから凄いキラキラした目で見てくる、そこの女の人は出来るだけ近づかないでもらえますか?)』


 灰色の猫の言うとおり、そちらの方に目を向けてみると、そこには一切瞬きをせずに見つめるツバキの姿があった。


 改めて思うのじゃが、可愛いものを前にした時のツバキはちょっと怖い気がする……でも、これでも可愛い妾の巫女だ、そんなツバキでも……


 しかし、そろそろ猫たちが可哀想になって来たので止めてやるか。


「あのーツバキ、あんまり見つめすぎるとその灰色の猫も困ってしまうというか、なんというか。そろそろ、やめんか?」


 やめんか?という言葉を聞き、猫を見つめていた顔をぐるっと勢いよく向けてきた。


 いやっ、怖いのじゃが……


「イヅナ様は私に死ねっと言うのですか!? にゃんにゃんと可愛く鳴く猫を目の前にして、触るのは兎も角、見るのもダメだと言うのですか!?」


「あーうん、全然大丈夫じゃ。思う存分見てくれ」


 すまん、名も知らない猫たちよ。どうやら妾にツバキを止めることを出来ぬようじゃ。無力な妾を許してくれ。


 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇       

 

 


 ハートマークの灰色猫を先頭に街中を進むイヅナとツバキ、それも大量にいる猫たちを率いてだ。

 それはさながら、猫たちによるパレード。

 当然、街中では注目の的になり、あちこちから視線がイヅナたちに向けられる。 


 猫によるパレードを呆然と見ていた住民たちの中で、最初に声を上げたのは母親と買い物に来たであろう、純真無垢な小さき幼子だった。


 幼子は母親と繋いでいた手を離してこちらを指刺す。


「ママーあのお姉ちゃんたち、いっぱいのねこさんといるーー」


 純粋な目で猫たちと共に歩いているイヅナとツバキを不思議そうに見つめる。

 その問いに幼子の母親が話を合わせるように、夢を持たせるようなことを言い始めた。


「あらそうね、もしかしたらあのお姉ちゃんたちは猫の王様なのかもしれないわね」


「おうさま!? あのお姉ちゃんたち、すごい!!」


 純粋に凄いと言ってくれているのは分かるのだが、些か恥ずかしいというか、なんというか。

 だが、幼子の母君よ。猫の王様は妾たちではなく、足元で注目されているのを誇らしげにしている猫だ。断じて、王様と違う。



 そして、町中を歩いていると注目の的だったはずが、視線はだんだんと減っていき、人通りが少なくなってくる。


 ある時、先頭を行く灰色の猫が遂にその足を止めた。

 そこは、街の中にある倉庫街の一角。人が殆ど通らない街の隅にある薄暗く物音ひとつしない不気味な場所だった。


『にゃ! にゃにゃにゃん(着きましたにゃ! ここがネズミがよく見つかると言ってた場所にゃ)』


「これはなんともそれっぽい場所じゃな……それにネズミじゃなくて幽霊も出そうな場所っぽいのぅ」


「私、町の中にこんな場所があるだなんて知りませんでしたよ。案外平和そうでも怖い場所はあるのですね」


 イヅナとツバキは平気そうに不気味な倉庫を見ているが、その足元ではシャルルが何やら耳を伏せぷるぷると震えているのが見えた。


『(ゆ、ゆゆゆ幽霊だにゃんて、ね、猫の王様であるシャルル三世にとって、ふ、不足なし。ぼこぼこにしてやるにゃ……』


 滅茶苦茶声震えておるぞシャルル……そんなに怖いのなら着いてこなければよかったのじゃ。

 まぁ、王様らしく逃げることなんて出来なかったのじゃろうが……精一杯頑張るのじゃぞ、猫の王シャルル三世。


 

 今度はイヅナを先頭に薄暗い倉庫の扉を開ける。

 扉は長年使われていない為、錆びているのかギィイイと嫌な音を立ててゆっくりと開いていく。

 

 ゆっくりと開いた扉のその先には驚きの光景が待ち受けていた。




 イヅナたちが目の当たりにしたのは倉庫の床一面の鼠、鼠、鼠! 見渡す限りのネズミの大群だった。


 あまりの光景に一瞬の空白が生まれる。

 それを破ったのはイヅナたちだっただろうか、それとも猫たちだっただろうか……

 

「「きゃあああああああああっ!!」」


『にゃああああああああああッ!!』


 倉庫街にイヅナとツバキと猫の悲鳴と歓喜が混ざり合った声が響き渡った。


 えぇ、無理無理無理ッ! 流石の妾もこの数のネズミは無理ッ! 一匹や二匹ならまだしも、床一面のネズミの群れは絵面的に気持ち悪すぎるじゃろ! 扉を開けた瞬間、ネズミたちの暗闇で光る赤い眼が一斉に向けられるのじゃぞ!! 全身に鳥肌が立ったぞ。


 あまり気持ち悪さに顔色を悪くしているイヅナ。可愛いもの好きなツバキも、ウサギはいけるがネズミは無理なようで同じく顔色を悪くしている。


 しかし猫たちはそうではないようだ。

 一様に目をギラギラとさせており、今にもネズミたちに襲いかかりそうな雰囲気。ネズミも自分たちの天敵、猫たちの登場に緊張が走っていた。


『にゃああああああッ!!(突撃ぃいいいいい!!」』


『『にゃあああああああああっ!!』』


 シャルルの突撃の声に猫たちがネズミに向かって一目散に突撃していく。先ほどまでのにゃんにゃんと鳴いて可愛かった猫たちは死んだ。皆、ネズミを狩る戦士の目をしている。




 ーーあまりの光景に、この先は以下省略




 あれからどのくらいの時間だっただろうか。

 十分、もしかしたら一時間だったかもしれない、それほどまでに猫たちがネズミを狩り尽くす絵は衝撃的だった……


 しかし、ある一匹のネズミが反撃に出ることで様子が変わる。

 

 そのネズミは普通のネズミとは思えないサイズと風格を持っていた。頭には申し訳程度に乗せられた小さな王冠に最後まで戦うと決めた戦士の目。それはさながら鼠たちの王。


『にゃにゃにゃ、にゃッ!! にゃにゃ……(あれはネズミの中からごく稀に生まれると言う、鼠の王ラッテンクーニッヒッ!! まさか私の代で再び現れるとは……)』


「シャルルよ、あいつのことを知ってるのか?」


『にゃにゃにゃん。にゃにゃにゃにゃにゃ(はい神様、あやつは鼠の王と言ってネズミたちの中からごく稀に生まれてくるネズミたちの統率者です。鼠の王が生まれた町ではネズミたちが統率され街の買い物を食い荒らされる。吾輩の先々代、シャルル一世はこの鼠の王に対抗する為この町にきたとされています)』


 なるほどのこの町にそんな歴史があったとは……

 

『にゃ、にゃにゃにゃ(では、吾輩の役目を全うして来ますにゃ)』


 シャルルはそう言って、猫たちの中をかき分けて鼠の王の前に進もうとするのだった。

 

 猫の王として自らの役目を全うするために……

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