第18話 もふもふパラダイス


 猫との話し合いの結果を報告するべく、一旦ツバキの方に戻るイヅナ。その足元にはちゃっかりボス猫シャルルがついてきているのだが、まぁ構わないだろう。


「おーい、ツバキ。話をつけてきたぞ」


「あっ! イヅナ様、お話終わったんですね。それでどうでしたか? 目的の猫は見つかりそうですか?」


「いや、目的の猫は見つからなかったが、それより依頼がもっと簡単になったのじゃ」


「簡単に……というと、どう言うことですか?」


「なんと探している猫が自らこちらに来てくれるのじゃ! と言うより、あたり一帯の猫がここに集まってくるのじゃ!!」


 何を言っているのか分からないとポカンとするツバキ。

 そもそもイヅナとネコの会話が分からなければ無理もない話だ。

 誰が最初に見つけた一匹の猫が、たまたまこの辺り一体の猫たちのボス猫で、イヅナを神様だと気が付かず生意気な態度で対応してしまい、お詫びだと言って猫たちを呼び寄せることができるのだと気付けるのか。


 ツバキが驚くのも無理もない話だ。


「えぇーーーーーーっ!!」


「近くでうるさいのじゃ」


『にゃにゃ、にゃにゃーにゃ?(イヅナ様、なぜこの者はいきなり大きな声を出したのですかにゃ?)』


 突然の大声にイヅナは耳をペタンと伏せ、足下にいたボス猫シャルルは毛を逆立てる。

 そんな反応を他所にツバキは詰め寄るようにイヅナへと話しかける。

 作戦の中枢は足元にあるシャルルなのだが……喋ることができないツバキはイヅナに聞くしかない。


「なんでそんなとんでもないことになったんですか!? 辺り一帯の猫が集合する? 探している猫が自らから来る? どうしてそんなことになるんですか!?」


「ちょっと、落ち着くのじゃツバキ。いつもの冷静なツバキはどこに行った」


 捲し立てるように話すツバキを、落ち着くように宥めるイヅナ。この光景をどこで見たことがあるような気がするが、気のせいだろうか?


 そんなことより、ようやく落ち着いたツバキが冷静さを取り戻し、先ほどの失態について謝罪する。

 イヅナはそんなこと気にしないが、律儀なツバキは謝らなければ気が済まなかった。


「はぁはぁ、すいません。ちょっと冷静さをなくしてました。ふぅーそれで、なぜその様な話になったんですか?」


 深呼吸をした後、どうしてそんな事になったのかをイヅナに問い詰める。


「それを話すには、まずこやつの紹介をしよう」


 イヅナは自身の足下で座っていた、ボス猫のシャルルの脇に手を入れ、ツバキの前にダランと持ち上げた。


『にゃ、にゃにゃ。にゃー、にゃ。(初めまして、吾輩ここ一体を支配しております。シャルル三世と申します、以後お見知り置きを)』


 格好はともかくまともな挨拶をしてくるシャルル。しかし、忘れてないだろうか? シャルルは特別な力を持っているのかも知れないが、ただの猫だ。

 誰でも話せると言うわけではないので……


「あ、あのイヅナ様? 私には猫が何を言っているのか分からないのですが……」


 ……当然こうなってしまう。


「あっ! そうじゃった。シャルルと普通に喋れるから忘れておったわ!」


「その猫ちゃんはシャルルちゃんって言うですか?」


『にゃにゃにゃ! にゃにゃ!(我輩はシャルルちゃんではにゃい! シャルルさんにゃ!)』


 にゃんにゃんとツバキに抗議するが、猫の言葉はツバキには通じないので只々可愛いとしか思われていなかった。

 シャルル三世、なんと不憫な子。


 案の定、ツバキの餌食にかかってしまう。


「何を言ってるのか分からないですが、にゃんにゃん言っててなんだか可愛いですね〜」


「う、うむ」


 シャルルの言っていることが分かるイヅナには、純粋な目で可愛がるツバキに何を言っているのか伝えるべきかどうか分からない。

 ……よし、シャルルには不憫だが、そのままツバキの相手をしてもらおう。


「そ、それで、このボス猫シャルルに一帯の猫を呼んで貰おうと思うのじゃが……ツ、ツバキ聞いてあるか?」


「あ、はい。それでいいんじゃないですか? あ〜、シャルルちゃんは可愛いですね〜。ここかな、ここがいいのかな?」


 なんとも適当な……ツバキよ一体其奴のどこが気に入ったと言うのか。もふもふか!? もしや、もふもふなのか!? 妾にだってもふもふの尻尾があるはずなのじゃが……


 ツバキを取られたと思い、若干の嫉妬を覚えるツバキだったが、ツバキに弄ばれるシャルルにとってはたまったものではない。

 見るからにツバキがキャラ崩壊しているが、気にしたら負けである。


『に、にゃにゃ……にゃ〜ん、にゃ〜ん(わ、吾輩このような事には屈しな……にゃぁ〜〜、そこそこ、そこが気持ちいいにゃ〜)』


 案外、楽しんでそうだ。


 しかし、いつまでもここで時間を潰すわけにはいかない。そう思ったイヅナは、シャルルと戯れるツバキになるべく優しく話しかける。


 ーーもふもふもふもふもふもふ……


 ーーふにふにふにふにふにふに……


 ーーもにゅもにゅもにゅもにゅ……



「あ、あのーツバキ、そろそろシャルルを解放して欲しいのじゃが……」


「わ、分かってますよ、分かっていますが、くっ! このもふもふには抗えない」


『にゃーにゃー、にゃにゃ!? にゃにゃにゃー!(はぁーはぁー、なんなのにゃ、この女は!? 吾輩がここまで翻弄されようとは、なんと恐ろしい女にゃ!)』


 改めて思ったのじゃが、ツバキってもふもふした動物に弱すぎないか? この前のウサギの時じゃって、魔物だと言うのに可愛いから可哀想などと言っておったからの。

 これだけが、ツバキの欠点というかなんと言うかこの先やっていけるの心配になってきたのじゃ……



 

 ようやくシャルルを離してくれたツバキだったが、名残惜しそうにシャルルの体を見つめる。ブルリと体を震わすシャルルだったが、目的の中を呼んでもらわなければならない。

 すまぬな、シャルルよ……


『にゃー、にゃにゃ……にゃにゃ、にゃ(はぁー全く、にゃんにゃのだあの女は……いくら神様の知り合いだからって、やりすぎにゃ)』


「すまぬシャルル。だが早速で悪いが頼む」


『にゃにゃにゃ、にゃん。にゃにゃにゃにゃ! にゃ、にやにゃ……(心配ありがとうございますにゃ、神様。約束通りしっかりとやらせてもらいますので、心配がご無用ですにゃ! でも、出来ればそこの女は吾輩に近寄らせないように頼みますにゃ……』


 ありがとうシャルル。しかしすまぬ、すまぬシャルルよ。それだけは約束できぬかもしれぬ……妾とてあまりツバキを怒らしとうないのじゃ。

 悪いが、生贄になってくれ……

 

 神妙な顔で頷き、呼びかけを行なってもらう。

 イヅナの頷きにシャルルも頷き返し、猫の呼びかけが始まった。

  

『にゃにゃ! にゃにゃ、にゃにゃにゃ! にゃああああああああッ!!(我が縄張りに住まう猫たちよ! 今こそ我らが神の為、縄張りの主人たるシャルル三世の為に呼びかけに応じよ! にゃああああああああああああッ!!』 



 シャルル三世の鳴き声が町の隅まで響き渡る。すると、どこからともなく大量の足音が至る所から聞こえてくる気がする。


 ーー……………ド…ド……ド


 今はまだ小さい音だが、次第にその音はだんだんと大きくなっていく。


 ーードドドドドッ!!!!



 それは、まるでもふもふの濁流だった……


『『にゃああああああああああああああッ!!!!』』


「きゃああああああっ!!」


 たくさんの猫を見て、可愛いもの好きのツバキが歓喜の悲鳴をあげた。

 対してイヅナは、あまりの猫の多さに流石にドン引きだ。


「え、これ……多すぎない」


 いや、ほんとに多すぎないか!? この町にこんなに猫が住んでおったのか!? どこにこんな数が隠れてあったのじゃ! この町は一家に一匹猫を飼う決まりでもあるのか!?


 イヅナが驚くほどの猫の集まり、それは数十、いや百匹に届きそうなほど猫がこの空間に集まっていた。

 猫を制するものが、この町を制すると言っても過言ではないほど猫がいる。


 後に冒険者ギルドの受付嬢マリーに聞いた所によると、このギニングの町は周りの生物が弱いのが特徴だ。

 その為、魔物に脅かされないネズミが害虫などが繁殖しやすくなるらしい。なのでこの町ではネズミなどを駆除するために猫などの動物が飲食店や宿で飼われているというわけだ。


 実はイヅナたちの泊まった、初心者に優しい宿にも猫が住んでいたらしい。その時は運悪く猫に会うことができなかったが、宿では二匹猫を飼っている。


 そんな事を知らないイヅナは目の前の光景に圧倒されていた。そんなことを思っていると、先ほどまで足下にいたシャルル三世が威風堂々と猫たちの前に姿を現す。

 その姿はまさに猫たちの王。


『にゃっ!(一同整列ッ! 本日集まってもらったのは、我らが神の困り事を解決する為にゃ)』


 王からの唐突な命令に困惑する猫たち。

 猫は基本的に自由気ままな性格のものが多い、そのせいか反応は様々だ。


『にゃー?(どう言うことにゃ?)』


『にゃ、にゃにゃー(知らないにゃ、それよりお腹すいたにゃ)』


『(お前たち話を聞かにゃいか!? いや、今はいい……それより、このにゃかに額に模様が入った同胞はいにゃいか?』


 シャルル三世の言葉にお互いの顔を見つめ合う猫たち。それは、猫たちのお見合いのようで大変可愛らしかった。

 当然可愛いもの好きなツバキも反応しており、


「か、かわいいですねイヅナ様。一匹ぐらい持ち帰っても良いですか?」


「何を言っておるんじゃ……妾たちに猫を飼うような余裕はないじゃろ」


 そんなくだらない会話をしているイヅナたちを置いて、猫たちは王が言う目的の同胞を探していた。


 お互いに顔を見て額を確認している猫たちの中、ある一匹の猫が名乗りをあげた。

 その猫は額に星のマークではないが、代わりにハートのマークのついた灰色の猫だった。

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