第17話 シャルル三世


 異世界に来てから数日が過ぎた頃。イヅナとツバキは依頼を受ける為、朝から冒険者ギルドに来ていた。


 ギルドの朝は多くの冒険者が依頼を受ける為、かなり賑わっていた。ある人はどの依頼を受けるか仲間と相談したり、ある人は朝から酒を飲んで周りの人から白い目で見られたりと様々な人が見受けられた。


「何故こんなに人が多いのじゃ。朝から男どもが密集していてせいか暑苦しくてしょうがない」


「わがまま言わないでくださいよイヅナ様。報酬の良い依頼は朝に来ないと受けられないんですから仕方ないじゃないですか。ここは我慢してください」


 イヅナは頬を膨らませて不満を言いそうになるが、なるべく報酬の良い依頼を受けたいが為、ここは我慢する。


 冒険者の群れから抜け出した二人はようやく依頼書が張り出されているクエスト掲示板にたどり着く。しかしイヅナ達が辿り着く頃には張り出されている依頼は、当初に比べるとかなり減っていてあまり残っていなかった。


 そもそもイヅナ達の冒険者ランクは未だ最低ランクのEランクだ、受けれる依頼はそんなに多くはなかった。いくらイヅナが強いからと言ってギルドのルールを破るわけにはいかない。


 そのため二人は張り出されている中から報酬の良い依頼を探し出す為、掲示板を見て回る。


 しっかし碌な依頼が残ってないのぅ、もっとガッツリ稼げる様な依頼はないものか。しかし報酬が良い依頼はランク制限がな……。くぅ〜、早くランクを上げたいのじゃ! そもそも低ランクの依頼はランクを上げる為のポイントが低すぎるのじゃ!


 イヅナが言うように冒険者のランクを上げるのにはギルドが定めたポイントを貯めるしかない。このポイントは依頼の難易度によって決まっており、簡単な依頼ほどポイントが低く、難しい依頼ならポイントが高くなっている。


 イヅナもそれを知って難しい依頼を受けようとしたのだが、必ずツバキと受付嬢マリーに止められてしまうのだ。


 ツバキは難しい依頼は何があるか分からないから安全な依頼の方が良いと言うし、マリーはまだ小さいのだからあまり危ない依頼は受けないで欲しいと言われた。一応これでも千年は生きる神狐なのに……


 そんな訳でランクの低い依頼書を見ながら、出来るだけ報酬がいい依頼はないかなと探していると、他の掲示板に依頼を探しに行っていたツバキがイヅナの元に戻ってくる。その手にはある一枚の依頼書があった。


「イヅナ様これなんてどうですか? 報酬も結構良いですし簡単そうじゃ無いですか?」


「ほぉ〜、どれどれ」


 ツバキが持ってきた依頼を見てみると。



 [依頼・迷子のペット探し……この町でいなくなった飼っていたペットを探し出して欲しい。特徴は茶色の手並みに額に星の模様が入った猫ちゃん。報酬…銀貨4枚      

          依頼主……コロット飯屋の娘ロコモ]



「猫探しじゃと? 確かに低ランク依頼の割に報酬は結構いいのじゃが……なぜ誰も受けておらん?」


 低ランクの依頼は基本的に銀貨1〜2枚行けばいい方である。その為、銀貨4枚と言うのは結構破格の依頼なのだが、未だに誰も受けないと言うのはおかしい。

 低ランクの冒険者はお金事情が厳しいので低ランクで報酬のいい依頼はすぐに取られていくのだ。


「それは分かりませんけど、簡単そうだしいいんじゃないですか? 何より町中での依頼というのが一番のポイントです!」


「……よし分かった! 偶にはこういう依頼を受けてみるとするか! もしかしたら飯屋でお礼にご飯をご馳走してくれるかも知れぬしのぅ」


「ええ、そうですよね。やっぱりこういう依頼の方がいいですよね! イヅナ様ったら戦闘系の依頼ばっかり持ってくるんですから困っちゃいますよ」


 困った様な顔をしながら、イヅナの手に持つ戦闘系ばかりの依頼書を見る。そのほとんどがゴブリンの駆除依頼、ゴブリンに嫌な思い出しかないツバキにとって受けたくもない依頼だ。


「むぅ、たまにはいいじゃろ。レベルも上げとかないと何かあったからでは遅いのじゃ」


「た、たしかにそうですけど………せめてゴブリンはやめませんか。プチラビットとかスライムみたいな弱そうな魔物からでも」


 ツバキも自分でも、それではいけないと分かっているのだが、なかなか勇気が出なかった。

 戦いなど元の世界でしたことがないツバキにとって、人型の魔物は倒すというのは難しい話。イヅナもそれは分かっているので、渋々ながら納得していた。


 しかしながら、レベルを上げることも大事なのである程度妥協することに。


「ツバキはあんまり戦闘に慣れとらんからのぉ。まぁそこら辺が妥協点か…………よし分かった! 次の依頼はスライムの討伐にするのじゃ!!」


「でも今回は迷子のペット探しですからね……ちょっと、聞いてますかイヅナ様」


 ツバキの呼び止めにも耳を貸さず颯爽と依頼に行くイヅナであった。ちなみに迷子の猫探しの依頼は事前にマリーへとツバキが知らせてあった。


 


 ◇ ◇ ◇ ◇




 意気揚々とギルドから出たものの町に来てからそれほど経っていないイヅナたちでは、街の中から猫一匹を探すのはかなり困難なことだった。


 そのことを後から気づいたイヅナは町の公園に設置されるベンチで途方に暮れていた。



「迷子探しの依頼を受けたのはいいが……どうしたものか。この広い町から小さな猫一匹探し出すのは結構大変じゃと思うのじゃ」


「そうかもしれませんが、イヅナ様にはアレがあったんじゃないですか?」


 そんな時、ツバキが思い出したかのようにイヅナにあることを提案する。そんなイヅナの言葉に不思議そうな顔をするイヅナ。どうやら思い浮かばないようだが。


 ツバキの言う、アレとは……


「昔言ってたじゃないですか。妾は動物と話すことができる!! 近所の柴犬のジローの飼い主は、夜中に奥さんに隠れて夜食をよく食べている。ってどうでも情報を聞いてたじゃないですか!? ……忘れてたんですか?」


 それは全人類、犬猫を飼っている人が一度は夢見ると言われている夢のような能力、動物とお話しできる能力。


 どうしてイヅナが動物と話せるのかと言うと、イヅナは豊穣の神様であると同時に狐の神様だ。つまり、獣の神様とも言える。その為、基本的に意志を持っている動物とは会話が可能と言うことだ。

 しかし、話せると言っても爬虫類や魚類といった動物は管轄外なので話すことはできない。話せるとしたら龍神や海神ぐらいのものだ。


 そんな自信のアイデンテティとも言える、イヅナ様が忘れるわけ……


「そ、そそそ、そんな事ないぞ。妾がそんな依頼に使えそうな能力を忘れてるわけがないじゃろ」


 ……どうやら忘れていたようだ。


 イヅナのすごく動揺した震えたことに、じとっとした目でツバキはイヅナのことを見つめる。自身の仕える神がここまでポンコツだったのかと言う目だ。


「…………ほんとですか?」


「わ、妾がこの町に住む動物たちに一声かければ喜んで協力してくれるはずじゃ! 妾これでも豊穣を司る神狐様じゃからな!」


 呆れたようなツバキの声に慌てたように、この話を強引に逸らし話を続けるイヅナ。

 その様子を見て再び呆れるが、今は依頼を解決するのが最優先なので切り替えることにする。


「はぁー、分かりました。では早速探すとしましょうか」


 こうしてイヅナの能力を使った、迷子の猫さん大捜索のいらいが遂に始まったのだ。




 イヅナの動物と話せる能力を生かすため、まずは動物を探すことから始める。


 異世界の町とは言っても、犬猫の一匹や二匹ぐらい簡単に見つかると思われる。まぁ見つからなければその辺に飛んでいる鳩?を捕まえればいいのだが、飛んでいる鳩を捕まえるのは手間なので出来れば地面を歩く動物がいいのだが……


 ちょうどその時、ツバキが塀の上で日向ぼっこする一匹の猫を見つける。


「あっ! イヅナ様あそこにちょうど猫ちゃんが居ますよ。あの子にちょっと聞いてみませんか? もしかしたら、猫ちゃん同士の交流があるかもしれないじゃないですか?」


「そうじゃな、猫同士なら何か知ってるかも知れないのぅ。ちょっと聞いてくるのじゃ!」



 イヅナが塀の上で寝転がる猫に話しかける。

 その様子を見ている人からすれば、猫に話しかけている可愛らしい幼女といった絵になるのだが、イヅナの名誉の為に言わないほうがいいだろう。


「そこの塀の上で寝ているお主、ちょっと聞きたいことがあるのじゃが」


『にゃーにゃ?(なんですかにゃ?)』


 イヅナの話しかけに一応だが返してくれた。

 イヅナという自らより大きい人に話しかけられてもどっしりと構えるその風格は、まるで主のようだった。


 異世界の中でも話返してくれたようで一安心したイヅナは、早速用件を話し始める。


「ここらで額に変わった模様をした猫を見なかったかのぅ?」


『にゃ〜? にゃーにゃにゃ、にゃー?(知らないにゃ〜? それより、にゃんで人間さんが僕たちの言葉を喋れるのかにゃ?)』


 猫はイヅナが尋ねる猫を知らないと言う。それより、猫はどうして人間が自分と会話できるのか不思議そうな顔をしていた。


 自分以外に動物と話せそうな人はいなさそうなので話して構わないだろうと思い、正直に自分の正体について明かす。


「ん? それはの……妾が神様だからじゃ!!」



 一瞬ポカンとした顔をする猫だったが、次第に驚愕で日向ぼっこで眠たく閉じそうになった目を大きく見開く。

 動物は気配には敏感などで嘘かどうかは分かるのだ。


『(神様ですと!? た、確かに貴方様からは高貴にゃ匂いがしておりますが………にゃっ! こ、これは大変失礼しましたにゃ! 塀の上から神様を見下ろしたにゃど)』


 イヅナが神だと気づいた猫は、急いで塀から降りると平伏しそうな勢いで頭を下げようとする。

 その様子を見て、畏まられるのが嫌いなイヅナは優しく話しかける。


「構わんよ、妾はそのようなことで怒るほど、小さい器ではないからのぅ」


 イヅナの言葉を聞き、益々頭を下げようとするがそれをなんとかやめさせる。

 顔を上げ真っ直ぐとイヅナを見つめるその目はキラキラと輝いており、凄いですっと言った感情が言葉が分からないツバキにすら分かったほどだ。


『にゃにゃーー、にゃにゃにゃ、にゃにゃ。にゃ、にゃにゃ!!(にゃにゃーー……その小さき体に収まりきらぬ、大海の如き大きな器。このシャルル、大変感服しましたにゃ!!』


「う、うむ、分かれば良いのだ。それでこの辺に妾たちが探している猫を知っていそうなものはいないか?」


『にゃっ! にゃにゃ、にゃにゃにゃにゃ。にゃにゃ。にゃにゃにゃ。にゃにゃ。(お任せくだされッ! 吾輩これでも、この辺り一帯を支配しております、ボス猫でございますにゃ。吾輩の一声でこの辺りに住まう猫たちは全員集合するでしょう。お探しの猫もその中にいるはずですにゃ)』


 なんとツバキが偶然見つけたこの猫はこの辺り一帯のボスというではないか? 最初に感じたどっしりとした風格は、やはりボスの風格だったようだ。

 しかも、自身が呼び掛ければ猫たちが集まってくると言うではないか。探す手間も省けると言うものだ。


 しかし、これで依頼の迷子探しはかなり簡単になるのぅ。なぜならば探している猫が向こうからやってくるのじゃから、なんともチョロい依頼になってしまったものじゃ。

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