第12話 沈黙の男


 翌朝、二人は日が出ると共に起きて朝食を食べていた。


 普段のイヅナならまだ寝ている時間だろうが、そこはツバキに強制的に起こされ為、眠そうだが一応起きた。

 いつものイヅナなら昼近くにいつも起きている為、日が昇ったばかりの早朝に起きるのは辛そうだ。


 どうやら、ツバキは例え世界が変わっても、早く起きるのは変わらなかったようだ。

 

 昨日は異世界に来て、驚きの連続で疲れていたせいか早めに眠りについたのが良かったのだろうか、ツバキは日頃の習慣もあり疲れを残すことなくシャキッと目を覚ますことができた。

 



 まず二人は目を覚ますため、井戸に行き顔を洗い目を覚まさせることに。


「イヅナ様、寝てないでちゃんと歩いてくださいよ」


「うーーん………」


 イヅナの目は半分も開いておらず、ふらふらと歩いて危なくて仕方ない。そんなイヅナの手を引っ張り井戸の方に向かう。


 たいした距離もないのに苦労して井戸の場所にたどり着くと、井戸の周りには誰もおらず貸しきり状態。遠慮することなく使い放題だ。


 まず初めにツバキが井戸から水を汲み上げ、顔を洗う。朝一の井戸水は大変冷たく、ツバキの目を覚まさせてくれる。


 顔を洗ってスッキリとしたツバキがイヅナにも洗うように促すが、イヅナはほぼ目を閉じて突っ立ったているだけで動く気配がない。逆に立ったまま寝る方しんどいのではと思うのは気のせいだろうか。


 ツバキはいつまで経っても起きない様子にイライラし始める。そして我慢の限界が来たのか井戸のキンキンに冷えた水をイヅナに向けてピッと飛ばした。


「にょわぁぁぁぁッ!!」


 水をかけられたイヅナは大きな奇声をあげる。


 その様子を見て満足したのか、ふんっとそっぽを向いたツバキは朝の身支度を続ける。


 流石に目を覚ましたイヅナが尻尾の毛をブワッと逆立たせてツバキに文句を言う。いきなりキンキンに冷えた水をかけられて心臓がキュッとしたようだ。


「コラっ、ツバキよ何をするんのじゃ!?」 


「……目は覚めましたか?」


 朝の井戸水にも負けず劣らず、冷ややかな目をしたツバキがぼそりと言う。

 イヅナを見つめる冷たい目をしたツバキの背後には、荒れ狂うブリザードが見えたとか見えなかったとか。


 それからのイヅナは黙々と朝の身支度を始めた。

 ツバキの迫力に負けたのだろう、とても千年以上生きたとは思えないポンコツ狐である。



 井戸でのやり取りを終えた二人は食堂で用意されていた朝食を食べる為、ほとんど人がいないテーブルの席に着く。


 宿の朝食として出されたのは、昨日と似た野菜のスープに同じく昨日と同じパンだった。

 昨日の食べたパンと同じく固めだが焼きたてなのだろうか、ほんのり暖かく、少し柔らかくて食べやすくなっていた。


 宿のご飯で出されるスープは美味いがパンがのぅ……前の世界のふんわりパンを知っていると少々固く感じてしまう。……それよりツバキの奴、まだ怒っておるか?


 気になりチラリとツバキの方を見てみるとご飯を食べたことでツバキの機嫌も直ったのだろう、むすっとした顔がいつも通りの優しい顔のツバキに戻っていた。


 ツバキの表情を見て怒ってないと判断しホッとするイヅナであった。




 朝食を食べ終えたイヅナとツバキは、宿の女将サーシャに町に行ってくると伝えて、静けさ漂う朝の町に出向く。


 イヅナたちが宿から外に出てみると、町は朝早くだというのに人が沢山おりかなりの賑わいを見せている。

 宿の中からだと気づかなかったが思ったより人が行き来していた。


 しばらく町を行く人々を眺めながら歩いていると、そう言えば、なぜ外に出てきたのか気になりツバキに理由を尋ねてみる。


「ところでツバキよ、どうして妾たちは町に出てきたのかのぅ? それに町に出てきたはいいが何処にむかっておるのだ?」


「昨日言ったじゃないですか、まずは雑貨屋ですよ。冒険者をするにもカバンやら道具を買わなければならないじゃないですか。昨日、ミーナさんにおすすめの店を聞いておいたんですよ」


「いつの間に!? わしはそんなこと聞いてないぞ」


「その時、イヅナ様はガンツさんとおしゃべりに夢中だったじゃないですか……」


 あー、あの時か! 確かにガンツと喋っておったわ。

 あまり喋らないと思っておったがミーナと話しておったとは。抜け目のないやつじゃ。

 しかし、ガンツか……彼奴あやつもこの町のどこかで依頼でも受けておるのかのぅ。


 イヅナがガンツの事を考えているうちにミーナに聞いたという店についたのか、ツバキがある一軒の店の前で止まった。


「ここがミーナの言っておったという店か?」


「はい、そうですよ。この店なら冒険者に必要な武器、防具以外の物なら大体揃うとミーナさんに教えてもらいました。しかも、この店! 他の店より少しだけ値段が安いらしいですよ。やっぱり、こういう細かいところを節約していかないと、あっという間に所持金が無くなりますからね。節約、大事!」


 なにかツバキが変なことを言っているが、そんな事よりこの店じゃ。外観はどこにでもありそうな平凡な見た目の店じゃな。


 本当にここで全部揃うのかとイヅナは疑問に思ったが、ミーナのことを信じて店に入る。


 ーーカラン、カラン


 店内に来店を知らせるベルの音が鳴り響く。

 その音を聞き、店の奥から大柄な男が出て来た。


「らっしゃい……」


 恐らくこの店の店主なのじゃろう、小さな声で妾たちを出迎えてくれる。

 小さな声だが体は大きく妙な迫力を感じる。まるで、森の中で熊にあったよう感じだ。


 イヅナたちが今後の活動に必要な雑貨を買うため、必要な物を店内を探し始める。

 こういう時、必ずと言っていいほどイヅナが何に使うかも分からないような変なものをふざけて持ってくるのだが、今回は珍しく大人しくしていた。


 必要な道具を探すのだが、店内は意外に広く目的の物が中々見つからない。そんな時、店の店主がイヅナたちの方に近づいてくる。


「……………」


「あっ、ありがとうございます」


「……………」


 店主がイヅナ達が探していた物を手に持って来てくれていた、品物をツバキに手渡すと店主は直ぐにカウンターへ戻っていった。


 その後もイヅナ達が商品に悩んでいるとおすすめを教えてくれたり、カバンのサイズを合わせてくれたりと、親切に対応してくれた。


 イヅナたちは、もう少し愛想が良ければ印象が良いのになぁと思う。そうすれば、この店も繁盛するはずなのだから。


 店主に色々持ってきてもらいながら、この買い物でイヅナとツバキが購入したのは、イヅナが入りそうな大きなカバンが一個、植物用採取道具が一個、小型のナイフ二本、他にも生活に必要な雑貨を一通り購入した。

 全部合わせて大体金貨3枚ほど、資金はまだまだ潤沢にあるとはいえ贅沢はできない。


 必要な買い物も終え、イヅナたちはこの店から出ることに。

 イヅナは親切にしてくれた店主に礼を言う。


「では、店主よ。世話になったな」


「……またのご来店を……」


 店主は最後まで最低限のことしか話さなかった。


 ーーカラン、カラン



 目的の買い物も終え、町を散策しながらイヅナとツバキは先ほどの店について話し合う。

 当然、先程の店の店主についてだ、忘れたくても忘れられないキャラが立った男なのだから気になるのは仕方がない。


「あそこの店主、無口じゃったな」


「そうですね。でも仕事はしっかりしていましたし、品揃えも良く、あと何より安いので特に不満とかは無いですけど…」


「うむ、なぜ店主はあんなに喋らなかったのか。もしや! あの店主は魔物との戦いで喉を痛めてしまい喋りたくても喋れない、だから行動で示すという、超いい奴なのではないか!?」


 イヅナが変なバックスートリーを店の店主につけて、ある突拍子もないことを言う。


 何を根拠にそういう考えに至ったのか知らないが、イヅナの考えの可能性はかなり低いだろう。小さいながらもしっかりと話していたし、ただ単に恥ずかし屋の可能性の方が可能性は高い。


 突拍子もないイヅナの話を聞いたツバキも、そんな事はあり得ないと思い軽く聞き流す。


「そんな事あるわけないじゃ無いですか、そういうのは本とかの中だけですよ」


「……そうじゃよな」


 イヅナも無茶を言ったと思っていたのだろう、深くは掘り下げず早々に話を切り上げる。


 実際は店主は声が出せないのでは無く、ただ恥ずかしくて喋ってないだけなのだがイヅナたちに知る由もない。




 お読みいただきありがとうございました。


 是非評価・コメントの方よろしくお願いします。

 今後の参考・モチベーションアップに繋がります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る