第6話 勇者のスープ


 町に向かう馬車に乗っている間、イヅナたちは田舎から来て世間には疎いと設定を言ったところ、ルーカスは快くこの世界の様々な事を教えてくれた。


 例えば貨幣の価値について。

 この世界の貨幣価値は、現代風に分かりやすく言うと……



  銅貨1枚  → 100円

  銀貨1枚  → 1,000円

  金貨1枚  → 10,000円

  大金貨1枚 → 1,000,000円

  白金貨1枚 → 100,000,000円



 ……という風になっている。


 最低価値の銅貨で買えるのは、黒パンなどは銅貨2枚、高級な白パンでは銅貨4枚で買えるらしい。この世界の物価は元の世界に比べ少々お高めの様だ。

 モンスターが蔓延る世界などだからそんなものなのだろう。


 大体の冒険者や商人が使うのは銅貨から大金貨まで、貴族や大商人、高ランク冒険者から白金貨を使うようになるそうだ。ルーカスもいつか白金貨を扱うような大商人になりたいと言っていた。



 他にはこの世界の国についても教えてくれた。


 今、妾たちがいる場所は大陸から南西に位置する様々な種族が暮らしている多種族国家、アルキラ王国と呼ばれている王政国家だ。


  しかも、この国を建国した初代建国王は神に召喚されたといわれる勇者らしい。


 なんでも昔は強大で厄介な魔物が猛威を振るい、人類は滅びる寸前だったそうだ。そんな様子に憐れんだ神が人類の希望、勇者を召喚したと言われている。

 勇者は仲間と共に魔物を減らしていき遂には魔物を寄せ付けない結界を張り国を作った。


 なんとも心躍る物語じゃ。いつかはちゃんとした本を読んで見たいものじゃ。しかし、勇者が召喚されたと言っておったが、妾たちに似た異世界からの来訪者か? 今度時間があれば調べるのも良いかのぅ。もしかしたら、元の世界に帰るヒントがあるかも知れないからのぅ。



 国の話に戻すとこの大陸には、帝国、獣王国、魔国、神聖国、王国を入れて五大国と云われる巨大国家が存在する。

 それぞれ、帝国は軍事、獣王国は武力、魔国は魔法技術、神聖国は医療、そして王国は生産を担っているらしい。


 さ・ら・にッ! 何とこの世界にはダンジョンがあるらしい! ダンジョンといえば、パーティーを組んで宝を探したり、モンスターを討伐してドロップアイテムを集めたりと中々に面白そうじゃ。


 中でも帝国にあるダンジョンは、なんでも世界最大の規模と言われておるらしい。

 十数年前にダンジョンに潜った有名なパーティーが豪華絢爛な宝を持ち帰り、帝国の貴族に叙任されたのが有名な話だそうだ。


 まさしくダンジョンドリームじゃ!! くぅ〜、いつかはツバキと行ってみたいものじゃ! 



 

 ルーカスと話し始めてから2時間ほど経った頃だろうか。 この2時間で三人は大分打ち解けれたのだろう、馬車は乗り込んだ当初とは大違いで明るい雰囲気で包まれていた。


 ーーぐぅ〜〜


 唐突に馬車の中で誰かのお腹の音が聞こえてきた。


 この中にいるのはイヅナ、ツバキ、ルーカスの三人のみ、御者は外に座っているので可能性はほとんどない。


 では、誰のお腹が鳴ったのかは顔を見れば一目瞭然。

 ツバキはジッーーと犯人と思われる人物を見つめており、ルーカスは気まずそうに苦笑いをしながらその様子を眺めている、最後にイヅナは顔を明後日の方向を向いて下手な口笛を吹いている。


 誰が犯人か一目で分かる。


「…………イヅナ様」


「……仕方ないじゃろ! 朝から何も食べてないんじゃから! だから、そんな目で妾を見るでないわっ!!」

  

 恥ずかしさを誤魔化す為か、自分の尻尾で赤くした顔を隠しながら怒った風にツバキとルーカスに言い放つ。


 しかし時間も昼時、イヅナのお腹が鳴ってしまうのも無理もない。

 イヅナのお腹を合図に昼食を取るのにいい時間と思ったのか、ルーカスは馬車を止めるように御者に指示を出し休憩にしようかとイヅナたちに言う。


 先ほどまでの羞恥はどこかにお昼と聞きイヅナは飛び上がるように喜び、その様子にツバキが呆れ、ルーカスは苦笑い。短時間で随分に仲良くなったようだ。


 馬車が止められ、イヅナが外に出ると馬車の中でじっとしていたのが疲れたのか大きく伸びをして体をほぐす。

 側では早速ルーカスが昼食の準備をしている、その様子を見たツバキは乗せてもらっているのに何もしないのは悪いと思ったのか手伝うために慌てて駆け寄る。



 しばらく時間を潰していると、ある辺りからいい匂いが漂ってきた。

 イヅナはこの匂いをどこかで嗅いだことあるような、ないような気がする。


 この匂いは確か…………食べてみれば分かるか。


「イヅナ様、今ごはんができましたよ」


「ようやっと出来たか! 先ほどからいい匂いがしておってもうお腹ぺこぺこじゃ」


 ツバキに呼ばれたイヅナは、ふかふかの草原に腰を下ろしてツバキからお椀を受け取りようやく待ちに待った食事をとる。


 受け取ったお椀を見ると中身はどうやらスープの様だ。

 飲むと心がほっこりし、野菜も取れて栄養満点、毎朝に食べたくなる日本の定番食。


 これはッ! 味噌汁では無いか!!

 まさか、異世界に来て味噌汁が飲めるとは……どこの誰かは知らぬが、異世界に来てまで味噌を開発してくれたことに感謝しよう。


 後にルーカスから聞いたところ、この世界に味噌を広めたのは初代勇者と言われており、別名勇者のスープと言われている。

 勇者が味噌を作っているのを見た人々は、最初の頃は勇者がトチ狂ったと思われていたのだが、その味に驚き定番と言われるまで異世界に根付いた。

 それは褒め言葉の定番、毎朝君の味噌スープが飲みたい、と言われるぐらい異世界に馴染んでいた。


 勇者ぐっじょぶ! 異世界に来てまで味噌汁を飲めるとは思わんかった、味噌を作ってくれた勇者には豊穣の神たる妾が直々に加護を授けたいほどだ。はっ、まさかアレもあるのではないか! 妾はあれがないと生きていけない!


「ル、ルーカスよ! 油揚げッ! 油揚げはないのかッ!!」


「あ、油揚げ? なんですかそれ? 私は聞いたことないですね。イヅナさんたちの故郷の食べ物ですか? 是非よろしければ私も…………」


 ルーカスの答えにイヅナは呆然とする。

 その後も何かルーカスは喋っていたが、ショックのあまりイヅナの耳には既に届いていなかった。


 な、ななな、なんという事じゃ……この世界には油揚げがないというのか……つ、つまり、い、稲荷寿司も作れないという事…………


 油揚げが無いと聞いたイヅナは草原に崩れ落ちる。

 イヅナの大好物は狐らしく油揚げ、及び稲荷寿司。それがもう食べられないと知り絶望するイヅナ。


 しかし、そんなイヅナに救世主が現れる。


「イヅナ様、大丈夫ですよ。私が油揚げの作り方は分かりますから。代々巫女には秘伝の油揚げを作るレシピがあるんです。大豆もある事も先程聞きましたし作れますよ。あっ、でも元の世界の食材はないので異世界バージョンの油揚げになってしまいますが」


 救世主はここにいた!


 イヅナに仕える巫女、自身が奉る神の好物を作れるようにと幼い頃から修行しているのは当然だろう。修行の方向性が間違っているような気もするがイヅナの神社らしくてそれもいいだろう。


 まぁ実際、油揚げを食べたいと駄々をこねるイヅナにいつでも用意出来るようにだが……


 ……役に立ったから良しとしよう。


「おぉ〜神よ」


「神はあなたでしょ」


 油揚げをまだ食べられると聞き、泣きながらツバキを讃える。その様子を見たツバキは呆れた様に、しかしどこか優しい顔付きをしながらイヅナの頭を撫でる。


 そんな様子をそばで見ていたルーカスが「ぷふっ」と笑いを漏らした。

 ルーカスの笑いを聞き逃さなかったイヅナは、笑われたと思われたのか睨みつけながらルーカスに文句を言う。


「なぬっ!? 今、妾を笑ったか!」


「ち、違いますよ。お二人が大変微笑ましくてね。大変仲がよろしいんですね」


 この2時間で大分慣れてきたのか段々と遠慮がなくなってきている気がするルーカス。初めに出会った時の怪しい笑みとは大違いだ。


「まぁ、そうじゃな。ツバキが赤ん坊の頃からの仲だからのぅ」


 懐かしそうに昔の光景を思い出す。


 その姿は幼女だが、仕草はまるで歳を得た老人のように見える。そのチグハグさにルーカスは混乱を覚える。


 もしかして、イヅナさんって見た目通りの年齢じゃない?

 

 そう思った瞬間、体に妙な悪寒が起こり、この考えは胸の内閉まっておく。触らぬ神に祟りなしだ、ルーカスは知らないがイヅナは実際に神だったから本当に祟りがあるかも?知れない。

 



 お読みいただきありがとうございました。


 是非評価・コメントの方よろしくお願いします。

 今後の参考・モチベーションアップに繋がります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る