第5話 怪しき商人


 歩き続けるが何も起こること無く、町に向けて歩くイヅナとツバキ、辺り周辺には草原が広がるだけで静かく平和だ。そのなんの変哲もない光景に飽き飽きして退屈していた。


 しっかし何もなくて退屈じゃな〜、異世界に来たと言うのに何も起こらん! これではただの退屈な散歩では無いか! 何か異世界転移からの盗賊から逃げているお姫様を助ける様なイベントはないのか。


  イヅナがそんな不謹慎な事を思っていると、後ろのほうから何かが走っている音が聞こえてきた。

 何かと思い期待しながら振り返ると、遠くから荷馬車と思わしき物が近づいてきた。


 なんじゃ普通の荷馬車かと思いガッカリしながら走る荷馬車に道を譲るため、取り敢えず邪魔にならない端のほうに避けようとすると。


「あ、あのイヅナ様。あの荷馬車に乗せてもらいませんか? 私もう歩くのが疲れちゃって……」


 普段ならイヅナの方が駄々をこねるのだが、なんと今回は珍しくツバキが弱音を吐いた。


 しかしツバキが弱音を吐くのも無理もない。


 ツバキはまだ十代半ば、何時間も変わらない景色を見ながら距離も分からない町まで歩くのは苦痛だろう。

 対してイヅナは体は小さくなってしまったが千年以上生きている、普段はポンコツだが真面目な時はツバキ以上にしっかりしている。


 ツバキの提案に考え込んだイヅナだったが、少し考えてからその提案を却下する、イヅナなら承諾してくれるだろうと思っていたツバキは驚愕した様な顔をする。


「あの馬車に乗っている者が良い奴とは限らぬ。もしかしたら悪〜い奴かもしれぬぞ」


 イヅナは揶揄うような怖い声を出してツバキを脅かす。ふざけている様に見えるが、内心ツバキを守るため冷静に考えていた。


「……そうですよね、すいません」


 ツバキはしょんぼりとした様子で道の端による。

 しばらくして遠くから近づいて来た荷馬車が目の前をガラガラと土煙を上げながら通過していく。


 何事もなく良かったと思い、また道に戻り街に向けて歩き始めようとした所、少し先に先程の荷馬車が停車していることに気がついた。


 何かトラブルがあったのではと思い、イヅナとツバキは慎重に馬車の方へ近づいていく。

 すると、馬車の荷台の中から一人の男が出てきた。細身で力はなさそうだが目はギラギラとしており、やり手の商人といった風貌の男だ。


 これがイヅナたちが異世界で初めて出会った人であった。


「こんにちは、そこのお二人さん」


 イヅナたちに近づいて来たかと思うとなぜか二人に話しかけてきた男。少女二人に声を掛ける成人男性、そばから見れば怪しさ満点だ。 


「こんにちは。で妾たちに何のようじゃ?」


 怪しい男の問いかけに警戒しながらイヅナが答える。


「いや〜、こんな何も無いところで女の子二人が歩いていたら心配になるでしょ? 宜しければ近くの町まで一緒にいきましょうと思いまして」


 うっ! 確かにそれはそうだが。こやつは至極当たり前の事を言ってるだけなのになぜか怪しく思えてしまう。

 それに何じゃこの妙な感じは……。


 なんとこの男、親切にもイヅナとツバキを近くの町まで馬車で乗せて行ってくれるというのだ。

 現代なら通報案件だがここは異世界、もしかしたら本当に親切にしてくれてるだけかもしれないが危険がどこにあるかも分からない。


 当然、申し出を受けるはずもなく……


「……それはありがたい提案だが、妾たちは歩いていこうと思っておる。わざわざ声をかけてくれまで感謝する」


 その答えに残念そうな顔をしてしょんぼりする男。


 すると二人のやり取りを黙って聞いていたツバキが突然イヅナの腕を引っ張り男から少し離れてから小さな声で話し始めた。


「イヅナ様、ここはやはり乗せてもらいましょうよ。見たところ、あの男と御者の二人しかいないじゃないですか。それにあまり強くなさそうですし二人なら私とイヅナ様でも何とかできるんじゃないですか?」


 う〜ん、確かにあの二人はそこまで強そうでは無いし危険も感じない、しかしあの男のギラギラした目がなんとも気になるのじゃが……


 考え込むイヅナにツバキが更に提案する。


「それに、もし襲われそうになればすぐに逃げればいいじゃないですか。相手は荷馬車ですからそれほど速く走れないと思います」


「しかし危険はないかも知れんがあの男の目……何か狙っておるぞ。そうじゃツバキ『鑑定』のスキルであの男の事、何か分からぬか?」


「…………すいません。私のレベルが低いせいか、それとも元々見えないのか全然情報が分かりません」


 二人が馬車に乗るか乗らないかで悩んで話し合っていたイヅナたちの後ろから男が話しかけてきた。


「あの〜、お二人には本当に何もしませんのでやはり乗りませんか? 確かに怪しいと思いますが………何なら魔法の契約書にサインしても構わないので」


「……そこまで言われては仕方がない、乗らせてもらうとしよう。ツバキもそれで良いか?」


「はい大丈夫です!」


 怪しみながらもイヅナとツバキは馬車に乗り込み、対称的に男は嬉しそうに乗り込む。やはり男の顔を見るに何か狙いがありそうだ。




「まずは自己紹介させたいただきます。私はこの先の町で布や服などの雑貨品を売っております、ルーカスと申します」


 男はルーカスと名乗り、町で何を扱っているのかを正直に教えてくれた。

 相手に名乗られては名乗り返さない訳にもいかず、二人は渋々自己紹介する。


「妾はイヅナじゃ」


「私はツバキです」


「「「……………」」」


 荷馬車の中の空気は重く、なんとも嫌な雰囲気に包まれている。


 そんな雰囲気に耐えきれなくなったのか、先程から苛々としていたイヅナが怪しい男ルーカスに直球な質問をする。


「ルーカスお主の狙いは何じゃ! なぜ妾たちにそうも関わろうとするのじゃ! 見ず知らずの相手を自分の荷馬車に乗せてまで何を企んでおる!」


 イヅナの言うことももっとも、見ず知らずの人に突然助けてやると言われても怪し過ぎる。何かあるのではと疑って当然だ。


 流石の男もイヅナの警戒具合に観念して、これは正直に話した方がいいと思ったのか、ルーカスは本当の狙いについて話し始めた。


「すいません確かにそれはですよね。お二人が心配というのもあったんですよ……でも本当の狙いはそれなんですよ、それ」


 謝りながらもギラギラとした視線を向けていたルーカスが指を刺す先にあるのは、イヅナとツバキが一緒に転移してきた時に寝ていた布団ふとんであった。


 流石に予想していなかったのか二人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。なぜルーカスが布団など欲しがるのか不思議でしょうがなかったからだ。


 ルーカスが欲しかったのはイヅナでもツバキでもない、背負っていた布団だったのだ。


「「ふとん??」」


「そう布団ですよ! ここでは見られないような貴族が使う物にも負けない純白の布、色とりどりの糸で綺麗に刺繍された不思議な模様、そして雲のようにふかふかとしてそうな柔らかさ、一商人としては見逃せない品ですよ! それにしても、なぜそんなにふっくらとしているのか……」


 ルーカスは興奮したようにイヅナたちが持つ布団がいかに素晴らしい物かについて語り出した。それはもうキモいぐらいに。


 そんなキモいルーカスの様子に二人は呆然とする。


「わ、妾たちを狙ってたのでは……」


「なぜ、私がイヅナさんたちを狙わないといけないんですか? たしかにツバキさんは黒髪が艶々と輝いて綺麗だし、イヅナさんも幼く愛らしい将来は絶対に傾国の美女になりそうなぐらい愛らしいですが、人なんて狙いません! 私は普通の商人であって奴隷商では無いんですから!」


 なんとも恥ずかしい勘違いをしてしまったようである。

 二人はルーカスの褒め言葉と自分達の勘違いに顔を真っ赤にして恥ずかしがる。


 そもそも誰が持っていた布団を欲しがるなど予想出来るだろうか、自分達を狙っていたのではなく持っていた布団に目を奪われていただけとは。


「「なぁ〜んだ」」


 安心したイヅナとツバキはようやく肩の力が抜けたのか安堵のため息を吐き椅子にグッタリともたれかかる。


 確かにルーカスは変わっているようであるが悪いやつでは無いようだ………イヅナたちでは無く布団に目を奪われるくらい変だが。


「誤解が解けた様で何よりです。ところでお二人はなぜあんな何もない草原を歩いていたのですか?」


 こ、これは不味い! 薄いパジャマ一枚で草原のど真ん中にいるとか妾達怪しすぎる。でも、起きて気付いたら草原にいましたー、なんて言っても頭がおかしく思われるだけだ。なにか、なにか無いのか……


 イヅナとツバキが冷や汗を流しながら、何か言い訳を考えていると。


「あっ、もしかして冒険者になる為に街まで歩いて行こうとしたんですか。でも幾らこの草原が安全だからってダメですよ、女の子二人なんて……」


 緊張が解けたからなのか活舌になったルーカスが二人に軽く注意をする。どうやら都合よく解釈してくれたようだ。


 先ほどのルーカスが言った冒険者という単語を聞き、イヅナがキラキラした目で冒険者についてルーカスに尋ねてようとした時だった……


「時にルーカスよ、なんじゃそのぼぉ……もごぉもご」


 突然、横からツバキの手が伸びてきたかと思うとイヅナの口を塞いできた。なぜこんなことをするんじゃ、とツバキに目で訴えかけるがツバキの目が喋るなと言っているような気がするので一旦黙る。決してツバキの迫力に負けたとかそんなわけじゃないのじゃ。


 イヅナが黙ったのを確認すると、ツバキは耳元でルーカスに聞こえない様に小さな声で話しかけてくる。


「イヅナ様、ここは話を合わせるんです。目的も無いのに草原をただ歩いてるだけじゃ私たち怪しすぎますよ」


「……そうじゃ冒険者になる為に来た!」 


 二人は取り敢えず、話を合わせる事に。


「やはりそうですか! ですが、その服装だと冒険に向いてませんね。そうだ! 町に着いたら是非私のお店に来てください。私の店は服を扱っており、冒険に最適な服をご用意できます。できれば、そのぉ着ている服も売っていただければ」


 ルーカスの言う通りイヅナとツバキは寝ている時に転移してきた為、現在の服装はパジャマとなっており確かに冒険には向いていない。


 それにお金を持っていない二人には渡りに船、ルーカスに服を売る事にした。しかし何とも商売熱心なことだ、イヅナ達が着ているパジャマにまで目をつけるとは。


 異世界では元の世界のデザインはきっと珍しい物だろうきっと高く売れるのだろう。




 お読みいただきありがとうございました。


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