第32話 終わる世界

放心した二人と一匹は、虚脱感と疲労感に襲われて、とりあえず今日は寝ようかという話になった。


アリスは普段隣室に控えていて、王女の部屋を護衛しているそうだ。

アリスの万能感が空恐ろしくも感じるはむきちであった。

どうやら、昨晩のはむきちと王女の行為一部始終も、魔道具を使って監視していたらしい。


それなら何故、昨晩アリスは止めに入らなかったのかと、はむきちは疑問に感じたのだが、考えれば直ぐに分かることであった。

つまり、『もしそうなっても絶対に止めに入るな』と、王女から予め厳命されていたのだろう。

それでいて、アリスははむきちと王女の激しい行為を眺めながら、羨ましいと感じていたのだ。


まあ、確かに、気の毒といえば気の毒だな…。


はむきちが黄昏れていると、今日は特別に皆で寝ようと王女が言い出した。


ああ、それはそれで、何だか清しい気がするな。


人間に戻れなかったはむきちには本日の展開が不本意であったが、王女様とアリスははむきちを全方位ローリングモフモフによって堪能しまくっていた為、一定の満足感はあったようだ。


そのおかげで、王女様とアリスは微かな微笑みと共に眠りにつくことが出来た。


王女様の寝室にある巨大なベッド。

真ん中にはむきち、右手に王女様、左手にアリスが寝ている。

まさしく両手に花であった。


ところが、寝入って僅か数十分後に、寝室の扉が激しくノックされた。

驚く間もなく、直ぐに扉の外から大音声が響いてきた。


「王家直属騎士団、不死鳥所属、副団長アンタレスであります!!緊急の伝令に参りました!!」


本来なら伝令は、先にアリスの部屋を訪ねて、それからアリスが王女が休む寝室を開ける段取りになっていたはずだ。

しかし今日に限ってアリスが隣室を空けていた為、

夜中ではあるが大音声を発したのだろう。


アリスは魔道具を用いて扉の外に立つ者の人物照会を行い、それから扉の鍵を開けた。


「お休みの処、失礼致します!緊急の伝令であります!!」


アンタレスと名乗る男は、歴戦の勇者たる風貌の持ち主で、見るからに騎士団副団長に相応しい、重厚な装備一式を纏っている。

しかし彼の表情は青ざめており、極度の緊張のせいか強張っている。


「現在我が国は、魔王国軍からの侵攻を受けております。情報が錯綜しており、現在精査中でありますが、将軍からは我が国存亡の危機とのこと、現在王族、軍属の各閣僚に王城への緊急招集が掛かっています。王女様も直ちに議場まで御足労願いたい」


「分かりました、直ちに参ります」


王女は人目もはばからず、直ちに着替えを始めた。

アンタレスが退室したことを確認し、王女ははむきちに声を掛けた。


「私は急いで議場に行かねばなりません。はむきち君はこれからどうされますか?」


「レイム君の所に転移してみるよ。彼が真の勇者なのだから、まさしく今が活躍の時だ。ヘタれてないか様子を見ないと」


「私は貴女こそ勇者だと思うけど、まあいいわ。レイムも王族の一員だけれど、まだ七歳だし、今回は招集されていないはず。入れ違いにはならないだろうし」


「入れ違いになっても、転移で直ぐに戻るから大丈夫。それはそうと、例の地図を預けておくよ。軍議には必要だろう?」


はむきちは謎空間から羽アリさん世界地図を取り出して王女に渡した。


「助かるわ。ついでに今ここで地図を確認してみましょう。現時点での各軍の状況について、はむきち君と共有したいから」


開いた地図を見て、一同は言葉を失った。

王都を除く主要都市、32箇所に巨大な黒点が表示されている。

その黒点に向かって、小さな点が群がるように突撃し、そのまま消えていく。


はむきちは羽アリさんカメラを起動し、巨大な黒点の正体を確認した。


地図からポップアップして表示される32箇所の中継映像、そこには巨大なファイヤードラゴンが周辺を火の海にしている様子が映し出されていた。


火属性無効化の支援魔法を受けて、王国軍が突撃していく。

しかし、ドラゴンの火力が強大過ぎて火属性無効化は呆気なく解除されてしまい、瞬間彼らは炎に飲まれ消滅していく。

ドラゴンが吐く炎は、炎というよりも、まるで核爆発を見るかのような凶悪さであった。


はむきちは、映像を見て困惑した。


『そもそも魔族はこんなに好戦的ではなかったはずだ。突然今になって、何故こんなことに???』


はむきちは魔王国王都にある魔王城の羽アリさんカメラを起動した。


魔王が普段どの部屋にいるか、候補のいくつかをはむきちは把握している。


矢継ぎ早にカメラを切り替え、果たして魔王は謁見の間にある玉座に座っていた。


しかし、地図には魔王を示す巨大な黒点が表示されていなかった。


さもありなん、魔王の胸には大きな穴が空いている。


穴からは大量の血液が吐き出されて、床には大きな血溜まりが出来ていた。


魔王は何者かによって既に殺されていたのだ。それだけではない、おそらく魔王の家臣団であろう、謁見の間では多くの人間が血まみれになって重なるように事切れていた。


再度地図を確認すると、国境にある複数の砦から、魔王軍が進軍している様子が確認された。すなわち、小さな黒点が隊列を組んで人間国に侵攻している。


はむきちは状況を見て言葉を失った。


『勇者登場で魔王を殺せばとりあえず魔王軍は撤退するだろうと思ったのだが、既に魔王が死んでいるとなると、他の誰かが新たな魔王となって全軍を指揮している可能性が高い。けど、そいつの正体が全くわからん。都市を襲っているドラゴンよりも更に巨大な黒点が表示されていたらアタリだと思うのだが、何故か地図上の何処にも見つからん』


…つまり、新しい魔王は羽アリさんシステムに侵入しハッキングしているか、あるいは正体を完全に隠すことができるくらいにヤバい奴だ。


着替えを終えた王女は、乱暴に地図を畳むと、急いで議場へと向かった。アリスも影武者としての自覚からか、黙って王女に従うようだ。


「はむきち君、私は議場で一刻も早くこの地図を皆に見せないといけない。それから、貴方の助けも必要だと思う。レイム君と合流したら、急いで議場に来てくれる?」


王女の去り際の言葉を聞いて、はむきちはウムと頷き、すぐさまレイム君の部屋、学園寮へと転移した。

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