第20話 はむきち、レイム君と悪巧む

はむきちの大暴露を受けて、校長はひとまず資料に当たって精査すると言う。内容が過激過ぎて、裏付けが無くては周囲に説明がつかないように思われたからだ。

しかし王家や教会に対して、全く何も報告しないというのも不義理である。そのためとりあえず、検証中の注釈付きで要点のみを書簡で送るという。


アリスさんは、聞いたことをそのままレイン王女に伝えるらしい。


各自散会し、はむきちとレイム君は寮の自室へと帰ってきた。


レイム君はヨレヨレと疲れ切っている。

反面、はむきちは毛並みも艷やかで、輝くように元気ハツラツである。


夜となって、レイムがはむきちに尋ねた。


「はむきち、寝る前に聞いておきたいことがあるんだ」


「おう!勿論何なりと、遠慮せず何でも聞いておくれ!」


豪華なドールハウスの中で、女のコハムスターぬいぐるみに囲まれたはむきちは、見た目マハラジャの様だ。


「君は獣人国の第一王子と言ってたが、何故そんな君が女神様の使徒になってるんだ?」


はむきちはレイム君に、いずれ全てを正直に話すつもりだ。


しかし、今は誤魔化しておこうと思った。

本質的に、はむきちは面倒くさがり屋で無責任な気質を持っているのだった。

勿論、地球で人間として生きていた時には、社会人としての最低限の信用を獲るように、人並みの常識を持って生きてきたのである。

ところがハムスターに成り果てた上、そのくせ勇者だから頑張れと女神様に言われても、正直勘弁してくれよの心境なのだ。

故に彼は、せっかくの異世界を面白楽しく過ごす、その事を第一義としたのだ。

結果的に無責任であったり、面倒くさがり屋だったりする一面が強調されている。

それでいて、最後までは無責任にはなりきれず、面倒でもやるべきことをやる、その気概が1%は残っている。

存在そのものが面倒なヤツに成り果てているのだ。


「僕が人型に戻れなくなってしまって、当時、僕も両親も様々な方法を試したんだ。勿論神頼みも試したさ。僕は毎日大教会に通っては祈りを捧げ続けた。そんな状況で僕は突然、女神様からの神託を受けたんだよ。そして使徒としての使命を果たすために、桁違いの魔力を授かったんだ」


「うーん、女神様も随分遠回りな事をするというか、意地悪な事をなさるというか…もしもそれだったら、君を早く人型に戻してくれたなら、その方が使徒として役に立つんじゃないのかなぁ?」


「それはどうだろう?例えば、実際のところ、僕が君を真の勇者だと言った時、君はなるほどそうかと納得出来たかい?」


「正直僕は、今でも自信も実感もない」


レイム君はため息の後に天井を見上げた。


「それが人間として正常な反応だよ!全く君は正しい。しかも、さっき話した通り、魔族は他国を侵略する意図がなく、概ね人間国側に非があるという一件ね、普通の人がなるほどそうかと納得すると思うかい???」


「いや、確かに信じ難い内容だと思うよ」


「だからさ、こんなにちっこい、踏めば死んじゃうようなハムスターが、過激な極大魔法を披露してこそ、女神様の偉大さを世に知らしめ、その言葉の重みを信じさせる事が出来るんだ。常識では絶対有り得ない、そんな状況下でこそ、女神様の奇跡は説得力を持つ」


「ふぅん…そんなものなのかなぁ…そう言われるとそんな気がしなくもないけどさ…」


「ぶっちゃけて言えば、僕だって、どこかの島を理想の楽園に改造して、一生面白楽しく暮らせたらいいなと思う気持ちもあるんだよ。今の僕の魔力量であれば、それも簡単に出来ることなんだ。でも、今それをやったら、僕は女神様から天罰を食らうのさ。僕の大きな力は、そもそも君を導く為に与えられたものなのだから」


「ああ、そうか。そう言われたら何だかしっくりきた感じ」


七歳の少年をたぶらかすハムスター、ある意味悪質。


「例えばほら、先程校長室で広げた大地図があっだろう?その縮小版がこれなんだけど…」


はむきちは異空間から羊皮紙を取り出した。それをくるくる広げると、黒インクで書かれた世界地図だった。


「この地図はさっきの地図の縮小版だよ。衛星写真じゃないから見た目しょぼく感じるかもしれないけど、こっちの方がファンタジーしててロマンでしょ」


「ファンタジーしててロマン??」


翻訳スキル、頑張れ。


「魔力を通すと拡大縮小も自由な優れものさ。さて、ありんこさん達は半分は地下に巣を作り、残り半分は周囲に散らばって監視活動継続中」


先程の地図より光の点が少ないのは、より大きな魔力量を持つ生命体が表示されている為だろう。


はむきちは、地図を無作為に弄りながらレイム君に説明を続けた。


「僕のありんこさんの魔法陣は様々な機能を持ってるよ。例えば、任意のありんこさんをカメラ代わりに出来るんだ」


いきなり地図から垂直にスクリーンが立ち上がり、とある部屋の映像が映し出された。羽アリからなのだろう、天井付近から見下ろした俯瞰映像になっている。


「ここは魔王城にある魔王の部屋だよ。音声も聞こえるだろう?」


確かに魔王らしき豪華なロープを着た魔族が、明日の朝食は何が良いとか、メイドに話しかけている。

彼もそろそろ就寝するらしい。


「このありんこさんをマーカーにしてドレインを発動するよ」


はむきちはちっこい右手を上に上げる。ポーズに意味はない。カッコつけたいだけだ。


「ドレイン」


魔王のHPとMP、その0.001%が吸い出され、ありんこさんの魔導ネットワークを経由して、レイム君の身体に注ぎ込まれた。


漲る活力に、レイム君は、


「うわっっっ」と、変な声を上げた。


地図上のスクリーンの中では、蚊にでも刺されたのかと、首をかしげる魔王の姿が見られた。


「まあ、こんなことも出来るんだ。今回は0.001%ドレインだったけど、100%ドレインだったら魔王の命を確実に取れる」


「はむきち、君は何て恐ろしい事を言うんだ。今この瞬間にも魔王の命が取れるだなんて」


「うん。我ながら恐ろしいよ。やろうと思えば、この世界の誰だろうと処分出来るんだからね。けど安心してくれ。僕は女神様の使徒であって、女神様に四六時中監視されてる。能力はあっても、けして暴力の行使はしない」


その言葉を聞いて、レイム君はようやく安堵した。

言われてみれば確かにその通りだ。

もしはむきちが、自分のエゴを満たす為だけに能力を行使するのであれば、レイム君にこんな打ち明け話をする必要は無い。


誰にも分からぬよう、隠れて密やかに悪事の限りを尽くす、はむきちに悪魔的な意思があれば、当然そうするはずだ。


「レイム君。君も闇魔法を学べばこの地図に魔力を通して、他にも色んな事が出来るようになる。けどもちろん、悪事に使っては駄目だからね。闇魔法の奥義を極めんとする全ての苦労は、大きければおおきいほどその正義に相応しい。およそ悪事の大半は、楽をしながら欲深く、身分不相応に成功を求めた時に生まれているんだよ」


七歳のレイム君には正直ピンと来なかった。


しかしただ、明日からしんどい修練の日々が始まるらしい。はむきちは遠回しにそう言っているのだと、レイム君はそう感じた。

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