第15話 はむきち、図に乗って説教を始める
3Dホログラムによる衛星写真地図など、この世界では誰も見たことがない。
極めて精密であり、まさしく軍事機密に相応しい地図と思われた。
校長は地図上にある魔法学園を確認し、自身の存在を確認した。
彼のMPは約1500、そして、人間には珍しい光と火の2属性使いだ。
果たして、赤と白の光が交互に明滅している。
「お、おおおお…」
本物だ!!
彼はただのメッセンジャーではない!
校長は驚愕し、思わずその場に平伏した。
「使徒様!!
この度はご降臨頂きありがとうございます!!
実は、勇者召喚が失敗した経緯を王家から秘密裏に相談を受けておりましたが、禁書庫を含め、古文書から最新の研究論文に至るまで、何度改めても勇者召喚が失敗した前例が一切無く、人間は女神様に見捨てられたのでは無いかと、内心途方に暮れていたのです!」
校長につられて、アリスも平伏した。
レイム君は、はむきちに勇者だと役割を押し付けられた手前、内心どうしたものかと思いながら立っている。
「顔を上げて下さい。私は女神様の下僕に過ぎません。敬われるべきは女神様であって、私ではないのです。そして私は、むしろ皆さんに仕える為に使わされたのです、さあ、どうか顔をお上げ下さい」
はむきちはかくもカッコいい台詞を吐いたが、自分の好きなゲームキャラの台詞をパクっただけである。
その証拠に、はむきちはドヤ顔MAXで皆を見渡している。
「なんと謙虚なお方だ」
校長、アリス、レイム君ははむきちに促されて椅子に座った。
眼前のテーブルには例の地図が間近に見えて、改めてその緻密さに驚かされる。
はむきちは、諭すように皆に語りかけた。
「今回、勇者召喚が失敗したのは、女神様の深い意図があるのです」
勿論大嘘なのだが、はむきちは女神様の使徒、あるいは大賢者を演じきっており、自己に酔いしれ、ラリっているのだ。
まあ、それはそれで可愛らしく見えるな。と、レイム君は一人頷いている。
「校長はご存知ありませんか。遥か昔、双子の王子が王位を争い、その結果弟が負けて放逐されたという伝説を」
はむきちは、王城の図書室にある禁書庫で、双子の王子について書かれた本を読んでいた。
その本の事を校長に訪ねたのだが、そもそも禁書扱いの本であり、双子の王子の存在そのものが禁忌となっているらしい。
はむきちは、自分が読み漁った古文書から、ある仮説を立てていた。
その仮説が正しいかどうか、校長に誘導尋問を仕掛ける腹なのだ。
「使徒様もお人が悪い、双子の王子の逸話は創生神話の一部ですから、子供でも知っておりますよ」
はむきちはおやおやとばかりに両手を上げた。
『双子の王子は禁忌ではなかったのか?』
しかし両手が短くて万歳にしか見えない。
とっても愛らしいはむきちである。
「いや、私が問うているのは、神話ではなく史実の件だ。学園の禁書庫にあるのだろう?双子の王子について、語られるべき真実が」
「確かに双子の王子の逸話が史実であることを示す書簡は存在します。当時の文官の手記や、権力闘争のエスカレーションを危惧する貴族同士の書簡等です。けれど不思議です。その内容は神話が史実であったことを裏書きするような内容ではありますが、特別禁書として秘匿すべき要件が見受けられませんでした。いつ、誰が何の目的でこれらの文書を禁書指定にしたのか…今となっては全く分からんのです」
弁明するかのような校長の口調、嘘をついているようには全く見えない。
『けど、確認は大事』
はむきちは真偽判定の呪文を唱え、校長の言葉に嘘偽りがない事を確認した。
『うん、校長、この件何も分かっていない。
これなら僕の仮説を、あたかも真実のようにゴリ押ししてもバレる事はないだろう』
それに、仮説は誤りかもしれないが、少なからず真実を含む可能性だってある。
「双子の王子についての核心を、最高学府の長たる貴方がご存知無いとは予想外でした。勿論、関わる文書が禁書となっているのには理由があるはずです。それはつまり、史実が神話(寓話)であらねばならないという理由です」
「遠い昔の話しですよ?神話が史実であろうが無かろうか、今の我々に重要な意味を持ちますのでしょうか?」
狼狽する校長に、はむきちは目を閉じ、勿体ぶって頷くのであった。
果てしない茶番劇である。
「校長、そしてアリスさん、レイム君も。
双子の王子の核心を話す前に、皆さんにひとつ質問があります。即ち、何故女神様は魔族と人間の争いを長い間放置されたのでしょうか?慈悲深い女神様としては、いささか傍観が過ぎると思った事はありませんか?」
問われて皆がキョトン顔である。
魔族との対立は数千年の長きに渡り、もちろんその終息を皆が願うところであるが、女神様にその責任があるとは考えた事もなかった。
はむきちは目の前の地図をバンバン叩く仕草をした。
「例えばこの地図をご覧ください。この地図を支えているのは、魔法陣を刻まれた無数のありんこさん達です。もし私が、このありんこさん全部をマーカーとして、周囲の生命体の生命力と魔力の全てを吸収する魔法、ドレインを唱えたらどうなると思いますか?」
「えっ???」
再び皆キョトン顔である。
しかし、やがて顔面蒼白となった。
この地図の存在自体、はむきちの膨大な魔力量と魔法スキルの高さを証明している。
そう、このハムスター、やろうと思えばやれるのだ。
この世界から全ての生命を終わらせる事が出来る。
「魔族は闇属性しか扱えないと言われていますね。即ち、闇属性フィルターを設定すれば魔族を一気に殲滅出来るのです。しかし今まで、女神様はそんなことはなさらなかった。勿論私もやりません。さあ、何故だか分かりますか?」
話の展開がぶっ飛び過ぎて、皆は唖然とするばかりであった。
そして益々、ちっこいハムスターが神々しく見えてくる。
「神話にある双子の王子の話に戻りましょう。権力闘争に敗けて辺境へと放逐された弟王子、彼こそが魔族の始祖なのです」
「そ、そんな馬鹿な!!
そもそも人間と魔族では、見た目もまるで違うではないか!?」
動揺した校長が、すぐさま反論した。
「闇属性魔法ドレイン。元は対象のHPを僅かに奪う魔法です。しかしレベル2になるとMPを奪います。レベル3で相手の習得スキルを奪い、レベル4で相手の習得魔法を奪います。そしてレベル5になると…」
「ま、まさか…」
校長は驚きに目を見開いた。
「レベル5では、相手の身体を奪い、自らに吸収します。辺境の地は人が生きるには過酷な環境でした。故に、魔族の始祖はドラゴンを吸収して過酷な環境下を生き延びたのです」
「おおおお…」
校長は驚きのあまりガクブルしている。
「人間と魔族の闘争は、女神様から見て、同じ人族の兄弟喧嘩なのです。だから片方を生かすために片方を殲滅するという解決法を選ぶ事が出来ません。魔族には魔族の無念があり、同情の余地が大いにあるからです」
校長とアリスは、肝を抜かれたようにヘナヘナ崩れ落ちた。
そしてレイム君だけが、深く思索を重ねていた。
辺境に放逐された双子の弟、彼の立場が自分に重なって見えたからである。
レイム君、まだ7才なのに随分と大人である。
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