第7話 はむきち、王子をだまくらかす
燭台の明かりが幻想的に見える。
王子が僕に近づき、ケージを覗き込んだ。
僕はスポットライトを浴びる舞台俳優のように、華麗に振る舞うことにした。
レイム王子がケージの中に見たのは、片膝をつき、美しく臣下の礼を決めたハムスターの姿であった。
いや、嘘です。
手足が短すぎて美しく決められませんでした。
しかし、一応それとわかるポーズです。
レイム王子は目を丸くして驚いています。
「マッキー!!」
やった!
掴みはオッケーだ!!
「恐れながら王子様、私はマッキーではありません」
突然人間の言葉を語りだすハムスターに、王子様はビクッとして、今にもチビリそうである。
「王子様、私は王子様に敵対する者ではありません。そのことを証明する為に、自らをこのケージに閉じ込めて、ここで王子様をお待ちしておりました」
相手が大人であれば、『そんな馬鹿な話があるか!?』で一蹴されてしまうのだろうが、ビビリ王子にとっては違う。
『ケージに入ってるから王子様は絶対安全なんですよ』と、その自分に優しい状況説明だけで全て本当の話と信じ込むアホなのだ。
「王子様は、獣人族の国についてご存知ありませんか?」
「勿論知ってるよ。アザール国の事だろう?」
アザール国という獣人族の国があるのか。メモメモ。
「ご存知ならば話が早い。私は実は、かの国の第一王子なのです」
「ええっ!?
…何故にアザールの王子様がこんな物置にいるんだ??」
「ご説明致しましょう。
獣人族は全身に魔力を通すことによって、人型と獣型の変身を交互に行うことができます」
「ああ、知ってるよ。
そういえば、君が言葉を話せるのは獣人族だからなんだね。身近に獣人族の友人が居なかったものだから、とてもビックリしたよ」
「驚かせてしまって大変申し訳ありませんでした。
それで、話を続けさせて頂きますが、私は魔力の通り道に先天的な障害があるらしく、突然人型に戻れなくなってしまいました。原因不明の病気によるものと言いましょうか。とにかく、3年前から私は人型に戻れず、ずっとハムスターのままなのです」
「えっ!?
3年前からずっとハムスターなの!?」
「ええ、本来なら王位を継ぐべき獣人族の王子が、獣のまま獣人に戻れない。これ程体面の悪い状況は中々無いという話です。すると、その後私がどうなったと思いますか?」
「ど、どうなったんだろう?」
「唐突に、王は私が病死したと国民に向けて発表しました。
そして、国民から私を隠すように、頑丈な石室に私を軟禁したのです。
(ここで劇的な効果音が欲しいところだよな)
流石に親子の情として、命まで取ろうとは思わなかったようです」
「それは…、君もさぞつらかったろうね」
レイム王子は、素直に僕に同情心を寄せている。
作り話なので罪悪感はあるが、ここまで来たら完走するしかない。
「国王は私を軟禁するに留めていました。不自由ですが、極端に酷い待遇を受けていた訳ではありません。それに、実際この小さな身体です。国民に私の生存を隠すのは、全くたやすい事でした。しかし、第二王子支持派の貴族達が、私にこの際、本当に消えてもらおうと画策を始めたのです」
嘘の大盤振る舞いである。
「あらら、国王が既に第一王子が死んだと言ってるんだから、それで十分に思えるよね」
「私もそう思います。ただ、私と第二王子は異母兄弟でして、支持貴族層も全く違っていました。それで彼らは、運良く転がってきた自分達の優位を絶対なものとして確定させようと考えたのでしょう。
私が人型に戻れなくなった原因は、ある種の病気と予想されていました。であれば、突然何かのきっかけで人型に戻る可能性もあるという訳です。その際、死んだはずの王子が突然生き返るとなれば、その者はゾンビか、はたまた救世主のどちらかだろうと国民は思うはずです」
「救世主ですか、なるほど。
死を超越した者ですね…」
レイム王子は、十分理解したとばかりに頷き、顔をしかめている。
「実際は死んでないし、そもそも人型にも戻れていない、哀れなハムスターなんですけどね」
私がそう言うと、レイム王子はやけに大人びた、神妙な表情を浮かべた。
「それで君は自分の国から逃げてきたんだね。おそらく自分の病気について調べたかったんだろう?」
「流石、王子様は聡明であられます。おっしゃるとおり、私は私に使えてくれた忠臣達の犠牲によって、ようやく脱出することが出来ました。
そしてもう一点、獣人族は身体強化魔法一本の種族ですから、これまでに魔法の構造や原理などの学術的探求は一切行われていません。
そもそも、身体強化魔法は術式や構造が単純で、獣人族であれば3歳の子供ですら自然に発動出来ます。
わざわざ学術的に学び探求するというより、身体を鍛えれば自然と身体強化魔法のレベルも上がっていくという仕組みとなっているのです。
それと比較して、人間の国には魔法に関する膨大な蔵書があり、しかも今もなお学術的研究が進められています」
「魔法学園ですよね!!
実は、来月僕も入学する予定なんです!
…もっとも、本当に入学出来るかまだ分からないんですけど…」
何故か突然、レイム王子はうつむいて、まるで悲しみに耐えているようだ。
「王子様なんですから、入学出来ないなんてことはないでしょう?」
僕は慌ててフォローを試みる。
常識で考えて、一国の王子が学校に入れないとか有り得ない話だ。
「僕、昨年教会で魔法属性の鑑定をしてもらったんだ。そしたら僕、僕は、無属性だったんだ。僕は王子だと言うのに、魔法が全く使えないんだよ。使えないのに魔法学園に行くのはとても怖いよ。でも、魔法学園に行けば無属性でも魔法を使う方法が分かるかもしれないだろう?
だから行こうと思ってる。
周囲から笑われたり、陰口を言われても構わない…。
どの道、突破口はここにしかないんだから。」
半泣きの王子を見て、僕はようやく腑に落ちた。
幾ら母親が平民であろうと、第一王子は第一王女より王位継承権が高いはずだ。
それなのに、彼は最初から存在しなかったかのように扱われてきたという。
これから魔族との戦いは激化していくはずだ。
だからこそ今回、勇者召喚が行われたのだ。
つまり僕の事なのだが。
このような戦時下に於いて、全軍を指揮する国王、あるいは王子が魔族との戦いで魔法を全く使えないとなると、全軍の士気に関わる。
同時に、有能な王女が居たならば、王子よりもそちらに期待が集中するのはごく自然な事だ。
「レイム王子、僕たちはなんとなく似たような境遇を生きている。安い同情に思われるかもしれないが、僕は僕に出来ることなら、全力で君の役に立ちたいと思う」
「あ、ありがとう…。
じゃあ君と僕は友達だ。これからは名前で僕を呼んでおくれよ。レイムと呼び捨ててくれて構わない」
「分かった、レイム。
僕の名前ははむきちだ。
僕もはむきちと呼び捨てにしてくれ」
「はむきち!!」
思い出したかのようにレイムはケージの扉を開けた。
彼が手のひらを差し出すと、はむきちは手のひらにモソモソとよじ登り、立ち上がった。
「レイム、僕はもう一度言う。
僕は僕に出来ることなら、全力で君を助けてみせる!」
かっこ良く台詞を決めてる僕。
しかし、立ち姿はハムスターである。
合掌。
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