病と別れと後悔と

@woshida

病と別れと後悔と

「君のすべてにうんざりだ。別れよう」


 レストランで、俺はそんなことを言って、彼女に別れ話を切り出した。


「一体、私のどこが不満なの」

「全てだよ。話し方も、ものの価値観も、全てが合わないんだ。君にはもう、我慢できない。同じ空気すら吸っていたくないね」


 出来る限りの悪意を込めて言ってやった。

 俺のことを二度と見たいとすら思わないように。


「よくもそんな、ひどいことが言えるわね」

「本心で思ったままを言ったまでさ、雌豚め。新しい相手でも見つけるんだな」


 彼女は勢いよく席を立ち、「最低」と言い捨てて去っていった。

 もう、二度と俺に会おうとは思わないだろう。


 彼女になんの不満があったのかって?

 いや、そんなものはない。

 彼女は最高の女性だ。

 一生を添い遂げたいと思ったんだ。

 でも、それは見果てぬ夢だった。

 なぜなら、先日の健診で、俺にガンが発見されたからだ。

 まだ二十代の若さゆえに進行も早く、余命はあとわずかだろうとのこと。

 俺が死ぬのは、もう、しょうがない。

 どうしようもないことだ。

 だが、残された彼女は?

 俺と死別したら、それを引きずって、新たな人生を歩みだすのが遅れるかもしれない。

 そういう不幸は避けたい。

 だから俺は、できる限り俺を嫌いになった上で、彼女が俺と別れてくれるように、今日、こうしたんだ。

 これでもう、万が一俺が死んだことを知っても、彼女は悲しみすらしないだろう。

 

 絶望の運命の中で、唯一の抵抗が出来た。

 俺はかすかな満足感と共に、レストランでつけっぱなしになっているテレビを見た。

 レポーターが興奮気味にニュースを読み上げている。


「重大なニュースです。人類全体にとっての福音とも言えるニュースです」


 福音、か。

 すべてを失った俺には関係のない話だな。


「ガンの特効薬が認可を受けました。副作用もなく、末期ガンにすらてきめんに効果を現す画期的な薬で……」


 ガンの特効薬。

 たしかにすばらしい福音だ。

 人類すべてにとっても、そして俺のような末期ガン患者にとっても。

 ああ、あと一時間、このニュースが流れるのが早ければ……。

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