第2話 推し界隈が死んだ

 次の日。


「なんで? なんで、なんで~!」

「ありえないだろ、こんなの~~!!」


 教室に着いたわたしは、ランとロコが抱き合って泣いているのを見つけた。どうなってるのかと、未だに意気消沈している様子のルミとレイカに聞く。


「あ、あれ、どしたの?」

「いや、それがさ……ウチらもまだショックが収まってないからフォローに回れてないんだけど」

「どうやらあいつらの推しも、大変なことになっちゃったみたいなんだよ」

「ええ……?」


 どういうことなんだ。

 ランは推しが死にようがないクラシックのファン。

 ロコは特定の推しがいない、お笑いのファンだったのに。


「リンコ、ぐすっ。あ、あんたの気持ち、ようやくわかったよ……」

「ほんとそう。笑いたきゃ、笑え……!」


 ランとロコはそう言ってまた盛大に泣きはじめる。


 いまや学校中がこんな有り様だった。

 というか日本中が、か。

 あれから、レイワボーイズの亮と天貝琢磨の死が大々的にテレビで報じられた。日本中の彼らのファンがパニックに陥り、何人かは後追い自殺をしたり、緊急搬送されたりしたらしい。


 幸いルミとレイカは思いとどまったみたいだけど。

 他のクラスでもそんな様子の女子生徒たちがいた。

 でも、まさかランとロコまでそんな状態になるなんて……。


「いったい、何があったの?」

「これ、これ見て!」

「マジでありえないから!」


 二人とも、スマホの画面をこちらに見せてくる。

 そこには「クラシックの演奏および視聴は今後完全規制される見込み」というウェブニュースの見出しがあった。記事を読むと、どうもクラシックを聴くと心身に悪影響が出ることが科学的に証明されたのだという。そのため、緊急で法案が可決されたのだと。

 それから、お笑いの二大事務所AとBが相次いで「摘発」されたという記事があった。どうやら違法薬物カルテルとの癒着があったようで、実際に薬物を使用した芸人もいたらしい。それらも一斉逮捕されたとのこと。


「こ、こんなことってある?」


 わたしが呆気に取られていると、泣きはらした目でランとロコが叫んだ。


「ない!」

「ありえてたまるか~~~!」


 わあわあとまた泣きはじめる二人。

 わたしはもしや……と嫌な予感がして、別の記事も検索してみた。すると、いろんな人が亡くなったり、捕まったり、影響を鑑みて自粛、引退宣言をしている人がいた。


「これは……」


 何が起こっているんだ。

 みんなの推しがいなくなってる……。

 わたしはそのことに言い知れぬ恐怖を感じた。

 もし、みんなの推しがいなくなったら。世界はどうなるのか。


「きゃああああっ!」


 突如隣のクラスから悲鳴があがり、わたしたちは急いでそこに向かった。

 行ってみると、生徒たちがなぜか窓際に集まっている。


「うわ……」

「マジかよ」

「嘘でしょ……」


 などという声が聞こえてくる。

 わたしは震える足で窓に近づいた。

 涙目の女子が「せんぱぁい」と言いながらガラスにへばりついている。


 窓の外、中庭にみんなの視線は向いていた。

 そこには一人の女生徒があおむけで倒れている。

 その胸元のリボンは緑色。つまり、二年の先輩だ。


 その先輩は、今や目玉を飛び出させて、見るも無残な姿になり果てているが、見覚えがあった。

 女子バスケット部のエース、橘先輩だ。

 生きているときは、まるで王子様みたいにかっこよくて誰からも慕われていたのに。

 どうして……。


「あ」


 そこまで考えて、わたしは恐ろしいことに気が付いた。


「誰かの……推しだったから?」


 推しが死ぬ。

 これは偶然ではなく、必然、だった?

 誰かから推されたから、愛されたから死んだのだとしたら?


「リンコ?」

「ごめん!」


 わたしはルミに声をかけられたけど、かまわずに駆けだした。

 推しが死ぬ。

 わたしが愛した推しはみんな死ぬ。

 でも、みんなの推しも死ぬなんて。


 わたしのせいだとは思いたくなかった。

 でも、願ったのは確かだ。

 みんなも同じ思いをすればいいんだと――。


 でも、こんなこと望んじゃいない。

 だったら、だったら。


「きゃああああっ!」


 今度はどこからだろう。

 また悲鳴が上がった。

 推しが死んだことで、その推しを好きだったファンが死ぬ。そのファンだって、誰かの推しで、さらなるファンがいたかもしれないのに。

 推しの死が、連鎖していく。


「サマヤ様。サマヤ様。たすけて……」


 わたしはもう死んでしまったサマヤ様に祈り続けていた。

 あなたがいなくなって悲しいけど、でもこんな風に友達が苦しむくらいだったら自分だけ辛い思いをしていた方がよかった。


 サマヤ様(『殲滅のドラグーン』の竜騎士)!

 宗太郎さん(『百年後の空で』のヒーロー)!

 F2号(『ブループラネットラブ』のアンドロイド)!

 ダメ神様(『死神検定』の主人公)!


 みんなみんな、大好きだった。

 だけど、自分が死んでしまったら、彼らを愛していた時間も、彼らが愛されていた証しもひとつ、なくなってしまう。

 それは亡くなった彼らに失礼だ。


 わたしは、推しが死んでも、推しの愛を叫ぶ。

 そうすることで、推される価値があった存在だったのだと証明する。

 それが、推すってことじゃないだろうか。


 ごめん。みんな。

 みんなの推しも死んじゃえばいいのになんて言って。


 でも、推しが死んでも、その愛した気持ちまで死なせないで。

 一緒に死んだら、何も残らないんだから。


 わたしは階段を駆けあがって、学校の屋上に出た。

 金網のまわりにはたくさんの生徒たちがいた。


「みんな、待って!」


 わたしが叫ぶと、みんながわたしを見る。


「あのね、わたしね、推しキラーなの。好きになった漫画のキャラ、みーんな死んじゃうの。だからね、あなたたちの推しが死んだのも、わたしのせいにしていいよ。わたしが、全部悪かったんだって、そう思ってくれていい!」


 みんな、何言ってるんだって顔をしてわたしを見ている。


「何言ってんだ、って感じだよね。ハハ……。あなたたちの推しが、何かもわたし知らないのに。でもさ、でも……あなたたちが死んじゃったら、誰が、推しをこれからも愛すの? 誰が、推すの? 誰もいなくなったら、推しはただ死んじゃっただけになるじゃん」


 わたしは屋上の真ん中に走って行った。

 そして、大声で空に向かって叫んだ。


「サマヤ様~~~~! 宗太郎さん~~~! F2号~~~~! ダメ神様~~~~!」


 空の彼方のあの人たちに。

 届け。


「なんで、なんで死んじゃったの~~~~!!」


 どうして。納得できない。

 こんなことってないよ。


「でも、でもっ!! ずーっと、大っっっっっっっっ好きだから~~~~!!」


 愛を叫ぶ。

 屋上の中心で、愛を叫ぶ。

 すると、金網をよじ登っていたみんなも、わたしの後に続きはじめた。


「亮~~~~!! 大好きだよ~~~~!! ずっとずっと!!」

「天貝さん!! 悲しいよ~~~~!! なんで~~~~!!」

「日本政府のバカヤローーーーッ! 健康被害がなんだーーーーッ!」

「A事務所のバカヤローーーーッ! B事務所のバカヤローーーーッ! お笑い、なめんじゃねーーーーッ!!」


 そのほか、聞いたことのない推しの名前や団体、みんなの思いの丈が屋上いっぱいにこだました。

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