推しがみんな死んだ
津月あおい
第1話 推しが死んだ
「もう二次元キャラは好きにならない!」
教室の真ん中でそう宣言すると、わたしの机の周りにいたみんなに爆笑された。
「あははは! リンコ、またそれ~?」
「それ言うの何回目だよ」
「だってぇ……」
ルミとレイカに指摘されたわたしは、ふてくされながら開いていた漫画に顔をうずめる。
これは今わたしがハマっている少年漫画『殲滅のドラグーン』の十一巻だ。
この巻にはわたしが推していたキャラの一人、竜騎士のサマヤ様が死んでしまった回がある。
「どうして、どうして死んじゃったの……サマヤ様ぁぁ! わたしが愛した推しは! なんで! 全部! 死んじゃうのぉぉ!!」
「あはははは! ウケる」
「マジで倫子の推し、全部死んでやんのな」
ランとロコはさっきから笑い過ぎてぷるぷると全身を震えさせている。
あーあ、どうせわからないでしょうよ。推しがみんな死んでいく辛さなんて。
わたしだってわざわざ死ぬキャラを好きになるわけじゃない。でも、なぜか好きになると、みんな死んでいってしまうんだよね。一度でいいから推しが最後まで生き残って、ハッピーエンドを迎える漫画に出会いたい。
でも、そんな漫画には今のところ一度も出会えていないのだった。
「ええと、『死神検定』だろ? それから『ブループラネットラブ』、ああ『百年後の空で』とかいう漫画も読んでたっけ。それらの推しがぜーんぶ死んでるんだろ?」
「うん……」
「まさに
「やめて!」
ロコに改めて確認されるまでもなく、わたしの業が深いのはよくわかっていた。
でも「推しキラー」だなんて。そんな呼び方。ひどい、ひどすぎる。
「みんなだって『推し』いるでしょ? その人が死んだら、わたしの気持ちわかるって、絶対!」
「え~。でもウチの亮タソは戦争で戦ったりなんてしないし~」
「私も。天貝さんは若いし割とタフだから当分死なないと思うな」
ルミの言う亮タソというのは有名男性アイドルグループ「レイワボーイズ」の一人で、レイカの言う天貝さんというのは最近人気がでてきた若手の俳優さんのことだ。
「あたしはクラシック好きだけど、推しの大半はすでに故人だしねー」
「それずるい!」
ランはピアノを習っていて、こう見えて大のクラシック好きだった。
好きな音楽家はもう故人、って強くない?
「あー、でもちょっとわかるかも。自分も好きだった芸人がいつのまにか消えてること多いし……。あ、でも命までは消えないか」
「ロコ!!」
上げて、落とす。
お笑いが好きなのはわかるけどマジでそういう「おちょくり」やめて。
わたしはどっと疲れて、深いため息を吐いた。
「はあー。なんでわたしばっかり……」
みんなの推しも死ねばいいのに。
思ったらいけないけど、そんな黒い感情がふつふつと湧き上がってくる。
「はあー。次にわたしが好きになる推しも死ぬのかなあ……」
未来の推しのことでさらに凹みまくっていると、突然ルミの様子がおかしくなった。
さっきからスマホの画面を見つづけてるなあと思っていたけど、その表情がなんだか険しくなってきたのだ。
「ど、どうしたの、ルミ?」
「あ、あっ……」
声をかけると、ルミは泣きそうな声で言った。
「ウチの亮タソが……ウチの亮タソが……!」
スマホの画面を見せてもらうと、そこには「レイワボーイズ」の亮がバイクで事故死したというウェブニュースの見出しがあった。
「そんな……ウソでしょ?」
「亮タソ、亮タソぉぉぉ~~~!!」
しゃがみこんで号泣しはじめたルミに、まわりのみんなが慰めの言葉をかける。
「かわいそうに、ルミ……」
「元気出して」
「残念だったな」
あれ、ちょっと。
わたしのときと対応が全然違うんだけど?
なんかモヤモヤする。でも、しょうがない。わたしの推しは二次元で、ルミの推しは三次元――実在の人間だもんね。
「ん?」
そんなとき、だれかのスマホがピロンっと鳴った。
鳴ったのはどうやらレイカのスマホのようだ。
SNSの通知音だったらしい。
「え、嘘……天貝さんが、自殺!?」
不穏な言葉を口にしたかと思うと、レイカはさっそくSNSの隅々まで目を通す。
天貝琢磨が自殺?
まあ、デマってこともあるし。そうそうそんなことあるわけないよね……。でも、しばらくして公式からも正式な発表があったみたい。
「なんで……。昨日も元気な様子で配信してたのに。嘘……」
そしてルミと一緒に号泣しはじめる。
キーンコーンカーンコーン。
授業開始のチャイムが鳴る。けど、他のクラスからも壮絶な泣き声がきこえはじめたので、その対応に先生たちはしばらく追われるだろう。
まさかこんなことになるなんて。
わたしが願ったから?
偶然にしてはできすぎてる。でも、そんな魔法みたいな力がわたしにあるわけない……。
「良かったね、リンコ。お仲間ができたじゃん」
「えっ?」
見上げるといじわる気な表情を浮かべたランがこっちを見ていた。
「ま、あたしは絶対そういうことにはならないけどー」
「いいなあ、ランは」
「自分も特別ひいきしてる芸人とかいないし、あんまり一人に集中しすぎないほうがいいんじゃないか、リンコ」
「ロコ……。まあ、そうなのかもしれないけど」
でも、わたしは一人だけを熱烈に推すのが好きなのだ。
その人だけを。全力全開で推すのが。
全てのエネルギーを注ぐから、満たされるのであって。
リスクを恐れて気持ちを分散させてしまったら、それぞれに失礼な気もする。
「ま、しばらく荒れるかもねー」
「そうだな」
楽観というか達観しているランとロコが、騒がしい教室を余裕な表情で眺めている。わたしはまだその域には行くことができなかった。
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