第51話 男子バスケットボール部
午後からは男子の試合である。既に始まっており、中々の盛り上がりを見せていた。家久は二階からのんびりと観戦する。
試合の相手は平田二中である。今日は新チーム同士の練習試合なのだが、差がはっきりと出ている。今のところ東大原中がリードしていた。
「いいよ、いいよ。それでいいから」
大きな声がベンチから響いている。とてもポジティブな声掛けをしており、選手を叱るようなことはしていない。下手すれば選手より元気かも知れない。
古川という男性監督だ。家久より少し年齢が上であり、数年前から顧問を担当していると戸倉が言っていた。区の予選では負けてしまったらしい。
対照的に東大原中は静かなものだった。もちろん必要な指示は出しているが、相手のベンチに比べると差は明らかだった。尤も相手の声が大きすぎるというのもあるが。
藤宮は二十代半ばの女性教師で数年前に赴任した。同じバスケ部だったのだが、選手としての実績は全く違う。いわゆる華やかな道を歩んできた存在だ。指導者としても活躍しており、何度か都大会へ連れていった。今年も夏の区大会を勝ち抜き、上のブロックに進んだ。
同じ部の顧問だが、実はそこまで深い会話はしていない。赴任してからまだ数ヶ月も経っていないし、バスケ部の顧問になったのは最近になってからだ。担当する学年も違っている。
バチン。
弾けるような音が二階まで響く。百八十はあるだろう身体が宙を舞い、ボールを力強く掴み取ったのだ。着地の衝撃でコートが揺れたような錯覚を起こす。
息つく間もなくドリブルを始める。相手の戻りが間に合わない。ディフェンスより速いかも知れない。
ボールコントロールに粗は見えるが、スピードに乗ってしまえば関係ない。唯一、残っていたディフェンスをものともせず、そのままシュートを入れてくる。
「速いなぁ」
思わず呟いていた。何度か練習で観てきたが、それでも驚いてしまう。
金城玄と言う選手だ。
恵まれた身長に豊富な運動量。常に先頭を駆け抜けられるスピード。一試合を走りきるだけの体力もある。技術的なものはまだまだだが、その高さと運動量で取り返してしまう。
そして当然――。
「パワーもあるよな」
今度は味方からパスをもらって中へ切り込む。
エリアには三人いたのだが、僅かな隙間に足を入れ、突破を試みた。普通なら潰されて終わりなのだが、その普通が通用しない。強引にシュートまで持って行く。
流石にこれは外れたのだが、高々と伸ばした手が落ちてきたボールを掴む。再びシュートを打った際に笛が鳴った。相手がファウルをしたからだ。これでフリースローが与えられる。
二本目のタイミングは良くなかったし、実際にシュートは外れた。本来なら当たりに行かなくていい場面だが、ファウルをしてしまう選手の気持ちもわかる。
相手が大きければ、それだけリバウンドを取られた際に焦りが生まれる。ピンチに直結するからだ。頭がどれだけ気をつけようと思っても、流れと勢いに肉体が反応してしまう。
ましてや彼らは中学生だ。冷静なプレーなど中々できるものではない。
「本当に金城君はパワフルですね」
小清水が感嘆の声を漏らす。
プレーも派手だし、その身体つきから非常に見栄えする。大きな選手はセンターとして活躍するのだが、彼は他のポジションもやっている。いわゆる三番から五番までこなしていた。正直言って飛び抜けた存在である。この区だけではない。間違いなく都の上位クラスだ。
「あれで始めたのが去年からだなんて。正直信じられませんよ」
玄は中学入学と同時にバスケを始めた。それまでも軽い運動くらいはしていたようだが、特に決まったスポーツはしていない。
部に入るや否や、すぐに頭角を現し、試合へ出場するようになる。去年の大会で区の予選を勝ち抜いた原動力となったのだ。
「あの子がランドセルを背負ってた方が信じられませんけどね」
入学当時から大きかったみたいだが、小学校でどんな風に過ごしていたのか。全く想像できない。
「でも始めてすぐにあんな動きが出来るものなんですか」
「流石にあそこまで対応できるのは、彼の能力に寄る部分も大きいでしょう。でも経験の少ない子が追い抜いていくなんてケースは、男子では珍しい事じゃありません」
男子は女子以上にフィジカルに左右される。身体が出来上がっていくことによって、動きがどんどん良くなっていくのだ。
それは残酷なまでに現実となって現れる。
これまでの積み重ねや培ってきたものが無慈悲なまでに粉砕される。歩んできた努力の日々をあざ笑うかの如く駆け足で抜き去っていく。スタートの遅れなど、容易く取り戻してしまうのだ。
何より厄介なのは自分自身が納得してしまうことだ。悔しいとか、追いつきたいとか、そういう思いすら抱けない。試合に出ることが当然だと認めさせられてしまう。
「気にするな、気にするな。やり返せるよ」
玄にやられても、古川は声を出している。選手たちを鼓舞しているのだ。平田二中の動きを改めて見てみる。上からだとよりわかりやすい。
「だけど全体としての能力は悪くない。むしろあっちの方が上かもしれませんよ」
良い動きをしている選手が何人かいた。恐らくはミニバス経験者だろう。
「ただ、」
言いかけた言葉を飲み込む。声を出している古川とチームを見比べ、思わず眉が寄ってしまった。
「何か気になりますか?」
「ちょっとだけね」
変なプレーをしている訳ではないのだが、奇妙な違和感が生じたのだ。全体的にちぐはぐしているような感じがする。
ただ絶対だと言いきることもできない。あくまで感覚の話なのだから。
「多分気のせいですよ。こっちは実にわかりやすいですね」
対して東大原中は玄以外の選手の動きはまだまだ拙い。一年生にしては鍛えられているのは見て取れるが、比較されるのは他でもない玄である。
果たして彼の動きに付いてこられるか。答えなど火を見るより明らかだ。
「ワンマンチームって事ですか?」
小清水の反応はあまり良くないように見える。どこか引っかかるようだ。
「でもそのワンマンを現状止められませんからね」
確かにチームスポーツという観点では、そういう印象を与えるかもしれないが、現実として結果が出ているのだ。文句など中々つけられない。
「勝たせることが出来るなら正しいと思います。だって一番有効な戦術ですから」
個人を戦術として機能させる。勝利のために最適な手段を取っているにすぎない。
高校や大学クラスになると、流石に事情は変わってくるが、小学生や中学生なら普通に通用してしまう。一人の突出した選手が上のクラスまで連れて行ってしまうのだ。
家久は嫌というほど思い知らされてきた。一人の存在が全てを変えてしまうことを。
笛が鳴り、選手たちがベンチに戻っていく。東大原中がタイムアウトを取ったのだ。
(このタイミングで?)
家久の頭に疑問符が浮ぶ。展開を見る限り、明らかに東大原中のペースである。全体の流れを考えれば、特段取るべき場面でもないように見えた。選手交代という訳でもない。
「大丈夫だ。それでいいぞ。負けてないからな」
声が大きいのでここまで聞こえてくる。試合は負けているが古川のポジティブさは失われておらず、ベンチに戻ってくる選手を明るく出迎えていた。
ここまで選手を怒鳴ったり、個人を叱ったりもしていなかった。ネガティブな言葉も掛けていない。
一方の東大原中のベンチでは藤宮が怒っているように見えた。誰よりも活躍している玄に対して、作戦ボードを使って、色々とアドバイスをしている。
「まぁ、藤宮先生がこのままにしておくとは思いませんけどね」
思わず笑みが零れてしまう。何となくタイムを取った意味を察したからだ。
「どういうことですか?」
「指導のやり方は人の数だけありますから。ベンチの動きも小清水先生の参考になりますよ。選手だけでなく、そういうところも注目してください」
タイムが終わり、試合が再開する。結局平田二中の戦い方は特に変わらず、東大原中が追い詰められることはなかった。
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