第47話 ダンクシュートはできないけれど
「やられたよ。良いチームを作るじゃないか」
試合が終わった後にがっちりと握手して、お互いの健闘を讃え合う。
「よく言うよ。手加減してくれたくせに。動こうと思えば、いつでも動けたでしょう」
称賛の言葉を素直には受け取れない。戸倉はベンチから声を掛けることはあっても、タイムアウトは一度も取らなかった。いつでも打開できたのに、ほとんどベンチワークをしなかったのだ。
「おいおい人聞きの悪いことを言うな。うちはうちの課題をこなしただけだよ。その中で純粋に負けたんだ。まだまだ足りないものがたくさんあるよ」
つまりはそういうことだ。あえて選手達に任せることで、どう振る舞うかを見たかったのだ。最後の三分間も戸倉にとっては非常に良い目安になっただろう。
いずれにしろ平田二中にとっても実りのある練習試合になったようだ。少しは恩を返せたかもしれない。
「そっちも楽しみなんじゃないですか」
「まぁな。かわいくない野郎だよ。こっちの考えを読んでいやがった」
本来キープする場面であえて攻めにいった。練習試合ということを最大限に活かし、オフェンスという選択をしてみたのだ。果林は落ち込んでいる様子もなく、試合でミスをした選手を慰めている。
「負けたことには変わりない。このチームは強くできるぞ。お前の手腕が楽しみだ」
「あんまりプレッシャーを掛けないでください。デリケートですから」
「どの口が言うんだよ」
まだまだやるべきことはたくさんある。考えるだけで頭が痛くなりそうだ。本当にプレッシャーは掛かっているのだ。
「先輩も頑張ってくださいよ。これから大会があるんだし」
「ああ。これからもっと詰めていかないとな」
大きくため息をついた。平田二中にとって本番はこれからだ。
「この借りは公式戦でリベンジさせてもらうよ」
「先輩のところはシードでしょう。そこまで残ってるといいですけどね」
今の状態では一回戦も勝てるかわからないのだ。自信を持って宣言できる訳がない。
「勝たせろ。俺のためにもな。じゃないと留飲が下がらん」
「勝手だな。本当に」
互いに笑い合いながら、それぞれのベンチに戻る。こうしてチームを率いて戦い合えるのは正直嬉しかった。
戸倉がどうして自分に色々とアドバイスをしてきたのか。今なら何となく気持ちが理解できる気がした。もちろん口に出して言うことはしない。それを言うなら公式戦で勝ってからにしたかった。
「東大原! ファイ、オウ、ファイ、オウ!」
部員たちが声を出しながら練習している。朝の清らかな空気を切り裂くような掛け声。感心するくらい元気である。太陽が昇ってきたのか徐々に気温が高くなっていく。いよいよ本格的な夏がやってくるのだ。
「もう少し気合を入れてくださいよ。せっかく勝ったのに」
「だらしねぇな。体力なさすぎだぞ。もっと食え」
「お前達と違って部活だけやっている訳にはいかないんだよ。どうしてそんなに元気なんだ」
部活の中でも特に元気な二人が笑っている。もうすぐ夏休みだが教師の仕事がなくなることはない。夏休み中も学校にこなくてはいけないのだから。
「気合も入りますよ。あの平田二中に勝ったんですよ。私達もやれるんです」
勇ましく握り拳を作る。自信に溢れていた。
「自信をつけるのは結構だが、あまり調子に乗るなよ。相手は本気じゃなかったからな」
ベンチワークはもちろんだが、そもそも三年がいない時点で勝ちにきていない。それをわかっているのだろうか。
「いいじゃないですか。先生が狙ったのかどうかは知りませんが、それなりに影響は出ていますから」
練習試合での勝利は、部員にとってわかりやすくやる気の向上に繋がったようだ。朝練にきている人数が数人増えている。こうやって全体に伝播してくれると助かるのだが。
「お前も少しは欲が出てきたんじゃないか。他の奴を押し退けてもいいんだぞ」
「いつも通りのプレーをするだけです」
まだほんの少し踏み込んだだけ。冬美にとっては小さな一歩。ここから次の一歩を踏み出せるかどうかは彼女次第だ。もちろんできる限りの手伝いはする。本人は嫌がるだろうが。
「焦っても仕方ないか。少しずつだ」
このチームはまだまだ若いのだ。こちらが急いても仕方ない。
「感慨に耽っている場合じゃないって。やる気がありすぎて問題が起きているよ。ちゃんと目を開けているの」
秋穂が疲れた顔で指を差した。
「ちょっと邪魔しないでよ」
「うるさい。練習の邪魔になる」
いつもの二人が揉めている。大方どっちがゴールを使うとかで揉めているのだ。
「あいつらも飽きないね。よし止めてこい、秋穂」
「だから先生がやってよ。もう」
泣きそうになりながら止めに入る。随分と板についてきた気がする。
この夏でどこまで鍛えられるのか。部員は何人残るのか。仕事もたくさんあるし、肉体がどれだけもつかもわからない。練習メニューや日程を考えるだけで頭が痛くなる。赴任してきたときからは考えられないほど激動の中にいる。
だが途中で投げ出すことはしない。後悔を小さくするためにやれるだけのことをやるだけだ。
足元に転がってきたボールを拾う。ゲン担ぎなどほとんどやったことはないが、たまには運に任せるのも悪くない。
チームの幸先を祈りながら、シュートを打つ。
放たれたボールは弧を描きながら、リングへと向かっていきネットを揺らす。祝福の鐘のように綺麗な音が響いた。
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