第46話 ブザービート
この状況でありながら、門脇果林という選手にはまるでプレッシャーがないように見える。プレーのリズムも変わらず、平常心を貫いていた。ディフェンスをする翔子の方が困惑してしまう。
平田二中は時間を使うようにボール回しをしている。他の面子は緊張しているためボールをあまり持とうとしない。自然と果林にボールが入るのだ。
(このままじゃ終わらない!)
直感めいたものがある。必ずどこかで仕掛けてくる。このままボールキープをするとは思えなかった。
同じようなリズムで味方からパスをもらいにいく。先程までと何も変わらないボール回し。手を上げながら、ボールを取ろうと果林がゆっくり構える。
(きた!)
ボールを持った瞬間、リズムが変わった。左から攻めてくる。自然と足が反応する。完全には抜かれていない。シュートは絶対に打たせない。
突然停止するとレッグスルーでボールを持ち替えた。逆にくると思い、反対に重心を傾けたが果林は攻めてこない。
声を出す暇はない。もう一度足の下を通すと、果林は左に進む。完全にタイミングを外されてしまった。足の出るのが遅れてしまう。
しかしシュートを打たれることはなかった。
芽衣が素早くカバーに回ったからだ。スピードのあるドリブルをさせない。シュートも打たせないように詰める。
芽衣が止めている間に追いつき、ダブルチームで囲むがボールを奪えない。憎たらしいくらい冷静にコントロールをしている。あと少しだというのに。
果林がシュート体勢に入った。ここからなら充分狙える距離である。慌てて手を伸ばしたとき、けたたましいサイレンが耳の奥で鳴り響く。
(ちがう。ちがう。違う!)
シュートブロックのために伸び上がりかけた膝を止める。言葉にならない感覚が強烈な電流となって肉体を走り、上がりかけた腕を横に伸ばした。
指先をボールが掠る。燃える炎に指を入れたような感触。強烈な痛みが襲い、焦げた臭いが鼻を衝いた。
無理な体勢から手を伸ばしたためにバランスを崩し、その場に倒れてしまう。すぐに起き上がった目に飛び込んでくるのは転がるボールだった。
「やったぁ!」
果林の狙いはシュートではなかった。フェイクでディフェンスをずらし、ノーマークの味方にパスを出すつもりだったのだ。手が当たったのは偶然だが防ぐことができた。
秋穂がボールを拾い、ロングパスを投げる。多少コントロールがズレたが、ラインを割ることはない。転々としたボールを取った芽衣が一気に攻める。タイマーを見ることもしない。スピードを殺すことなく、そのままランニングシュートを打つ。
「悪いけどさせないよ」
後ろから伸びてきた手が空中のボールを弾いた。虚しく力を失い、不確かな軌道を描きながら後ろに飛んでいく。無情にもカウントが進んでいく。
だがまだ終わっていない。最後の希望は残されている。
「飛べ! 翔子!」
ベンチから聞こえてきた声に後押しされ、バウンドするボールを掴むと全ての力を込めて飛んだ。時間が止まったような感覚。着地のことなど考えない。
目に映るのはゴールだけ。そのゴールに届けるようにボールを下から放った。このボールをぶつけるのではなく、優しく届けるように。
激しい試合展開が嘘のように、ボールは静かにネットを揺らす。割れんばかりのブザー音が体育館に鳴り響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます