第44話 コートに吼えろ


 試合は一進一退の攻防を繰り広げている。平田二中を相手にここまでの試合ができるとは想像できかった。少なくても自分が部長になったときには。

 誰もが自分のできることをしている。お互いに激しく言い合いながらも翔子たちはエースを抑え、秋穂はビクビクしながら何とかパスを回し、さくらは気合を入れてゴール下で戦う。


(でも……私はどうなの)

 この展開に乗り切れていない。何かモヤモヤしたものがずっと心の中に引っ掛かっている。その正体がわからない。不安や心配などではない。悔しさや悲しみでもない。何か重たく湿ったもの。こんなものを感じるのは初めてだ。


 全ては名取家久がきてからだった。


 彼が顧問になってバスケ部は変わった。単純に練習時間が増えたというだけじゃなく、質も高くなっている。専門的なアドバイスもたくさん受けていた。

 目に見えてわかるほどチームが強くなった訳ではなく、まだまだ未熟な部分はいくつもあるが、少なくても春の頃よりは練習に身が入っていた。締めつけるような厳しい環境ではないのに、部員の集中力は増している。部員の意識が徐々に変化しているのだ。


 その中で自分だけが変わっていない気がする。


 パスを受けてから秋穂に戻す。ディフェンスの人数は足りている。無理な攻めはできない。リスクを考えて、冷静な対応をしただけだ。

 小さな電流が流れる。首筋に針で刺したようなチリリとした痛みが広がった。

プレーの最中にこんなものを感じるようになったのは、あの男がきてからだ。全部あの男のせいなのだ。


(じゃあどうしろって言うのよ)

 またあの目だ。元凶である男は足を組んでつまらなさそうにしている。眠たそうな冷めた視線。今にも欠伸をしそうだ。緊迫した試合の中で嘘のように興味を示さない。


 そんな表情をするのは、自分がボールを持っているときだけだ。


(不満があるなら怒ればいいでしょう。やって欲しいことがあるならいくらでも言えばいいでしょう。何も言わないくせに。何も指示しないくせに)

 全体練習の中で色々と言われることはあるが、他の部員のように個人的なアドバイスは受けたことがなかった。

 かといって露骨に無視されている訳でもない。だからこそ余計にモヤモヤする。


「だから……なんだ」


 何より許せないのは、彼は自分の抱えているものを理解した上で、あえて知らない振りをしているのだ。そうでなければ、こちらの神経を逆撫でするようなことばかり言ってはこない。解決法どころか積極的にモヤモヤを大きくしていくのだ。


 再びパスを受ける。一瞬だけ家久の顔を見る。他人を小馬鹿にしたような目。口に出さなくても煽るような声が聞こえてくる。


 頭の中で何かがキレる。導火線に火が点き、抑えきれない何かが吹き上がってくる。必死に蓋をしていたものが、肉体の底から湧き上がる。


「だから私は……あんたが嫌いなんだ!」


 目の前が真っ赤に染まり、声が枯れんばかりに叫んだ。衝動のままにただ突き進む。爆発するほど激しい怒りをぶつけるために。

 狭いスペースを強引にぶち開ける。己の身体をハンマーにして邪魔する壁を突き破っていく。いくら相手の肉体がぶつかろうが構わない。


 投げたボールはリングに嫌われたが、自らリバウンドを取った。壁がぶつかってくるが引かずに押し込む。

 審判の笛が鳴り、カウントワンスローが申告される。思わず拳を握りしめ、腹から声を出した。


 コートの中で叫んだのは初めてのことだった。

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