第42話 できないなりにやれることを


「あなたも一年生でしょ。パワー全開二重丸だね。こっちまで元気になるよ」

 果林にいきなり話し掛けられ、翔子は戸惑いながらも返答する。

「どうも。風見翔子です」

「よろしく翔子ちゃん。芽衣ちゃんも一年生だし、この代は面白くなりそうだ」

 初対面だが昔からの友人のような態度。かなりフレンドリーなのかもしれない。

「あいつには負けない。あなたにも負けないよ」

「うん。正々堂々と勝負だ」

 手を出してがっちりと握手をする。空気とペースに自然と巻き込まれる。飄々としているというか、打っても響かないというか何とも不思議な選手だ。


「おい、果林。もう始まっているぞ」

「まずい。急がなきゃ」

 戸倉に言われ、ボールをもらいにいく。翔子も慌ててマークについた。ボールを持つとまた違う雰囲気だ。ゆったりとして柔らかい。大きな白い雲を連想する。

 膝が伸びたと思ったら、ボールが手元から離れていた。

 あっと声を上げる間もない。シュートは綺麗に決まる。打ったと思えないくらい自然な体重移動。無駄な動作や仕草が削ぎ落とされていた。


 翔子もすぐオフェンスに移る。ゴールに向かってダッシュした。

「うわっ。速い、速い。こりゃ大変だ」

 果林より前でパスを受ける。スピードを落とさず、押し切ろうとする。ボールを持とうとしたが、横から伸びてきた手に弾かれた。

 完全に振り切ったと思い、すっかり油断していた。速度はあるが正確性のないドリブルだ。翔子のスピードに負けなければ、カットを狙うのは難しくないだろう。


「レッツゴー」

 奪った果林がゴールへ進む。翔子は全力で腕を振り、脚を千切れんばかりに前に出した。目に映る背中に手が届きそうになる。正面に回り込むことはできないがボールはカットできる。


(今度は私の番だ!)

 ドリブルのリズムに合わせて手を伸ばしたが、虚しく空を切った。フロントチェンジでかわされたのだ。後ろに目がついているのかと思うくらい正確である。

 果林がシュートモーションに移行する。

「させるか!」

 カバーに入ったさくらが大きくジャンプする。空中でブロックしようとしたのだが、ボールは飛んでいなかった。

 果林は足を軽く踏み出し、中へ切り込む。ステップインという技である。重力が掛かっていないと思うくらい柔らかい足取りだ。


「ブイ、ブイ。これで終わりにする。もう諦める?」

 わかりやすくピースサインを向けてくるが、相手をバカにする意思はない。果林がそんな気持ちなど持たないことは何となくわかる。

「まさか。すぐにやり返す」

「そうこなくちゃ。いくよ」

 試合中だということも忘れて、お互いに笑い合う。実力差は歴然としている。芽衣も果林も同じ一年とは思えないくらい上手い。

 とても悔しいはずなのに翔子は不思議な高揚感に包まれていた。勝ち目などないかもしれないのに重苦しい敗北感は湧かない。むしろ凄い相手と戦えてワクワクしてくる。燃える心が肉体を動かしてくれるのだ。


 強い決意と共に何度もコートを駆け抜ける。ひたすらにボールを追いかけるのだ。

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