第41話 上手くいくこと、そうでないこと
「最初はどうなるかと思いましたが、何とか上手くいきそうですね」
「心配ならタイムアウトくらい取ってください。こっちはもっと不安だったんですよ」
「これも経験ですよ」
ガチガチに緊張しているのはすぐにわかったが、あえて動かなかった。どう立て直せるかを見たかったのだ。まさかあんな風に解決するとは思わなかったが。
「最近思ったんですけど、行き当たりばったりなところがありません」
じっとりとした目で見つめてくる。ここまで振り回されていれば疑いたくもなる。
「臨機応変と言ってくださいよ。うちのチームは可能性とかいうやつに賭けなきゃいけません。爆死するとわかるような超大穴だとしてもね」
「地雷原を歩いているようなものじゃないですか」
大胆なのか、繊細なのかわからなくなっている。全てが計算づくでありながら、とんでもない博打を打っているようにも見えるだろう。
「でも良い影響は出ています。あいつが動くとチームに元気が出る」
とにかく明るく真っ直ぐなのでやるべきことに手を抜かない。どんなに下手でも全力を尽くす。しつこくボールに飛びつく。シュートは入らないが、その熱いプレーがチームに元気を与えるのだ。
オフェンスの速度も上がるので、自然と相手も翔子に気が向いてしまう。するとさくらや芽衣のマークの意識が逸れ、二人が攻めやすくなるのだ。
「小野寺さんは」
「緊張してても仕事を与えれば意外とやれる奴です。臆病だからこそやるべきことに縋っていますから。後はあいつらを使う楽しさを感じてくれれば」
三人がボールを要求しており、ヒーヒー言いながらパスを回している。例えで言ったが本当に猛獣が餌を求めているように見える。
「あっ、シュートチャンスです。打ってください」
流れの中でスポットライトが当たるように完全なノーマークができる。秋穂がボールを持っているが、ディフェンスは誰もいない。目の前ががら空きだった。
「えっ、どうして!」
ところが当たり前のようにパスを回してしまった。これには味方はもちろん相手も驚いたようである。
「中々上手くはいかないですね。臆病だからこそ自分が打つなんて考えられないのか」
ノーマークのレイアップとかならまだしも、こういうセットオフェンスの状態で打つことはない。メンバーに怒られたり、迷惑を掛けたくないという思いからきている。
「このがちゃがちゃした勢いとノリの中に混ぜれば、あるいは解消できるかもと思ったんですがね」
こればかりは少しずつ慣れさせていくしかない。すぐに直る問題じゃないからだ。欠点が見えるだけよしとする。
「あの子は出てきそうにないですね」
果林はベンチに座っている。戸倉も動く気配はなかった。
「次のクォーターで来るはずです。先輩は一年と二年をはっきり分けて、この試合に臨んでいる。それは練習の意味合いもあるけど、迷いがあるからなんです」
小清水が首を傾げる。いまいち理解できていない。
「平田二中は三年生が都大会にいきます。だけど他のチームよりも圧倒的に優れている訳じゃない。先輩が今の三年をしっかり鍛えてきた証拠です。お世辞にも選手の素材が良いとは言えませんから」
何度か試合は観たが純粋な選手の実力だけなら、上位チームの中で一番不利だった。競えるようにしただけでもたいしたものである。かなり努力をしたことが垣間見える。
「そのために今の二年生を見きれていない。ある程度は指導できているけど、先輩的には満足いくものじゃないはずだ」
どうしても三年生を優先する。上の代に掛かりきりになれば、下の育成が遅れる。時間は限られているのだから。
「そうこうするうちに新しい一年が入ってきた。はっきり言って素材だけなら上級生よりも良い。一年中心で鍛えれば、都でも上を狙えるレベルだと思いますよ」
二年生だって何もできないなんてレベルじゃない。一定の基準は超えている。それでもインパクトや可能性は一年側にある。全てが計画通りにはいかないものだが、本当に狙うなら充分やる価値はあるのだ。
「でもそれは」
「そう。今の二年生を捨てることになる。だけどそれも正しいんです。誰を使うか、どうチームを作るかは監督が決めることだから。保護者から色々と言われるでしょうけど、覚悟があるならやればいい」
二年を差し置いて一年しか試合に出ない。部員にとっては悔しいだろうし、保護者からすれば辛い光景である。強豪校ならともかく普通の区立中学なのだ。受け入れがたいものである。
「先輩はそれをよしとしない。一年と二年の融合したチームを作りたいと思っている。だけどどんな風に作るかまでは見えていない。だからこういう形にした」
一年と二年をあえてクォーターごとに分ける。どんなにピンチで、どんなにチャンスであろうとも交代は同じ学年だけにする。とことん徹底していた。
戸倉の言っていたことは本当だった。この試合は想像していた以上に重要だった。これが終わればまた三年に付きっきりになる。ますます新チーム作りが遅れるのだから。
「先輩くらい知識と経験がある人でもこういうことに直面する。努力が報われるとは限らない。力を尽くしても上手く指導できないし、勝てる保証もない。一つがようやく解決しても、新たな難問にぶち当たる。順風満帆にはいきませんよ。だから……」
言葉が途切れ、小清水をじっと見つめる。顔は嫌でも硬くなってしまう。声にしなくても想いは伝わっているだろう。
わざわざこんな苦労することはない。自分は経験者であり、戸倉がいたからこそ知識を積むことはできたが、未経験者が一から覚え、指導していくのはあまりにも大変だ。
教師が己の時間を削ってまで、部活動に精を出す必要などない。授業が本分であり、あくまで課外活動である。
生徒がいくら望んでもこれが現実。決めるのは顧問なのだ。自分の生活を犠牲にすることなどない。やりたくないならやらなくていいのだ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。私が決めたことですから。やれるだけやってみる、でしょう」
大きく首を振ると力強く言い切る。綺麗な二つの瞳が家久を映し出した。普段は穏やかで優しい彼女が見せた強い意志。簡単なことでは翻らない。
「・・・・・・大変ですよ」
目尻を緩ませ、苦みを含んだ笑みを漏らす。これぐらいしか言えなかった。止めることも、諫めることもできるが最後に決めるのは小清水なのだ。自分にしてやれるのは、教わってきたことを教えることくらいである。
会話はブザーで断ち切られる。八点リードされているが大健闘といえる。
「よくやったぞ。ずっと寝ていたままならどうしたものかと思ったが、あれだけ動ければ上出来だ。次もいけるか?」
「やれるっスよ。まだまだ暴れたりないです」
「あなたは危ない橋しか渡れないんですか。少しはフォローするこっちの身も考えてくださいよ」
二人ともすっかり固さは取れている。スタミナも問題なさそうだ。
「芽衣は交代だ。冬美に出てもらうぞ」
一方で芽衣のキレは途中からかなり落ちていた。少し無理をさせてしまった。まだ全クォーターをこなせるだけの体力はない。この辺りは夏の課題とする。尤も彼女がいなかったら点差はさらに離れていただろう。
「出番が終わった訳じゃない。気持ちは切らすなよ」
本人は不承不承という感じである。ずっと出ていたかったのだろうが、自分のことはわかっているはずだ。
「とりあえずメインガードは冬美に戻す。だけど積極的にパスを出すのは忘れるな」
「は、はい。もちろんです」
秋穂の肩がびくりと上がる。楽をさせないように釘は刺しておく必要がある。
「次はあいつらがくるぞ。やることは同じだ。積極的なオフェンスにしつこいディフェンス。とことんぶつかってこい。あの子のマークは……お前がやってみろ」
ここは翔子にやらせることにした。まだまだ荷は重いが、どんどん経験させて刺激を与えたい。
「任されました。あの子にも勝ってみせます」
「その意気だ。翔子が抜かれたらすぐにカバーしてやれよ」
監督になって初の試合はラストクォーターを迎える。泣いても笑ってもこれが最後だ。
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