第39話 訪れる出番


「よくないですね」

「わかっています。翔子、秋穂。二人ともいってもらうぞ。ガードは冬美の代わりにお前がやれ」

 指名された二人は対照的だった。一方は太陽のように輝く笑みを浮かべ、もう片方は死刑宣告された囚人のような顔している。

「やったぁ! ついに私の出番がきた。任せてくださいっス」

「わわわ、どどど。どうしよう。どうするんだ」

 翔子は全身で喜びを露にするが、秋穂は小刻みに震えている。こんなところもまるで違う。


「いきなりすぎませんか? この状況で三橋さんを交代するのも危険では」

 小清水から見ても、この状況で二人を出すのは無謀に映ったのだ。順番に交代させ、余裕を持たせるという方法も確かにある。

「大きな変化が欲しいですからね。何度も言いますけどこれは練習試合。どんどん試してみたい。どのみちあの二人は出そうと思っていましたから」

 もちろん家久もわかっている。光るものはあるが未熟なことは変わらない。だが普通にやっても流れは変わらないのだ。むしろこの状況でどれだけプレーできるかを図るのも良い機会である。

「何もできなかったら自信を失くしてしまいますよ」

「失くす自信なんてないですよ。流れを綺麗に持ってこられないなら、ぐちゃぐちゃにしてみます。冬美もそれでいいか? 不満なら遠慮なくぶちまけてもいいぞ」

「先生が決めたなら別に言うことはありません。そもそも戦術によってメンバーを代えると言ったのは先生でしょう」

 特に文句を言わず、冷静に振る舞っている。


「まずは深呼吸しなさい。コートに立ったらしっかりと周りを見ること。やることは変わらないわ。不安なら声を出せば楽になる。失敗なんてしてもいいと先生も言っているわ」

 秋穂の背中に手を当てながらアドバイスする。緊張を解そうとしているのだ。部長として褒められる振る舞いだ。

「悪いがお前には最後までいってもらうぞ。体力は大丈夫か」

「当然だろ。任せな」

 さくらは勇ましくボトルに口をつけ、力強く答える。ポジションの都合上、今の段階で彼女に代わる人間はいない。ファウルの数も二つなのでまだ大丈夫である。

「あんまり飲みすぎるなよ。腹が冷えるぞ。お前が一年を助けてやってくれ」

 スタミナや闘争心は部員の中でもかなりある。ミスも多いがこういう部分はとても頼りになった。

「全力でやってこい。上手くやろうなんて考えるな。オフェンスもディフェンスも走りまくれ」

「何時間でも、何試合でも走ってきます」

「その意気だ。存分に暴れてこい」


 秋穂を呼び寄せ、他のメンバーに聞こえないように耳打ちする。

「前にも言っただろ。お前があの猛獣たちに餌をやるんだ。檻に入って食われるのを待つんじゃない。檻の中で支配するんだよ。餌を持っているのはお前なんだからな」

「自信がないですよ。本当に私にできますかね」

「それは俺にもわからん。だが困難なミッションほど達成感はあるぞ。味わえるかはお前次第だな」

 多少は気が紛れたみたいだ。怯える一般人から餌を持った飼育員になる。ここから支配できるかは秋穂に掛かっている。今の段階でやれそうな一年生はこの三人である。確かめるのにいい機会である。

 相手も再びメンバーを代えてくる。数人は違うが一クォーターの面子が中心である。つまり全員が二年生だ。疑問がこれで確信に変わる。


 二人はオフィシャル席に向かい、登録を済ませた。三クォーターが始まろうとしていた。

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